第8話
アルス・ノート。
見た目は深窓の令嬢のような儚さであり、その真紅の髪は太陽の光を浴びてキラキラと光っている。
だが彼女の正体を知ってしまえば、その評価は一転する。
彼女の代名詞は素手で殴りあったら世界最強。
彼女の体はダイヤモンドよりも硬く、その髪は敵の返り血を浴びたように赫いと称される。
彼女の使える魔法はただ一つ。
魔法を習った子供なら誰でも使えるような身体強化の魔法。
彼女は生まれつき体が弱く、体内の魔法の属性が一切なかった。
だが彼女は諦めなかった。
自身に与えられたその魔法をひたすらに鍛える。
そして天は二物を与えないためか、彼女は他の魔法が使えない代わり、他の追随を許さないほどの魔力を持っていた。
その結果
「私と闘いたいってこと?」
「違うな、お前は俺様に一方的にボコボコにされるんだよ」
「へぇ〜」
バトルジャンキーである彼女は、まるで獲物を見つけたかのように妖艶に舌舐めずりをする。
「それじゃあ」
彼女の華奢な体では到底登れなそうな岩からフワリと降りる。
「やろっか?」
そして彼女は踏み込む。
その初速はジェット機並みの速さであり、俺如きでは到底視認することは不可能。
そして凄まじい風圧を感じた時、すでにアルスは俺の目の前に立っていた。
え!!顔近!!かわよ!!え?かわよ(大事なことだから2回言う男)。
そしてアルスは何の変哲もないパンチを放つ。
だがその拳は、風圧によって地面が抉り取られるほどの威力である。
おいおい俺死んだわ。
本編ではこのまま手加減してくれたアルスによって寸止めで止められたことで、アクトは怪我なく気絶することになる。
未だにプレイヤーの間では、アクトがアルスに挑んだことはアクト史上最もアホな出来事として知られている。
じゃあ今回もやられちゃうの?と思ったそこのあなた!!
俺は前回のことで学んだことがある。
桜は真が救ってくれると余裕ぶっこいていたため、結果的に彼女を危険な目に合わせてしまった。
そのため、俺は桜を呪いから助けるのではなく、先に敵を消し炭にしてしまえばよかったと考えるようになった。
そのために、今回はいきなりだが原作からズレた行動をする。
「わお」
アルスの拳が俺の目の前で止まる。
それは彼女が寸止めしたのではなく
「これって闇魔法?」
「……」
例の黒いモヤモヤによって止められる。
ちなみに俺が黙っているのは、原作にない行動をするとボロがかなり出てしまうからである。
「なるほど、君が自信満々だった理由が分かるよ」
この世界の魔法は科学と密接している。
例えば火の魔法を使えば周りの酸素が減るし、水の魔法を使えば水素が減る。
つまり魔法は一応この世界の物理法則の範疇の出来事しか起きず、それが不可思議な要素によって生み出されている。
だが闇魔法と光魔法に関しては例外である。
それらは概念的であり、科学によって解明できることが少ない。
そのため、より研究の進んでいる火の魔法や水の魔法に比べたら闇魔法は世間一般的には雑魚魔法である。
だが相手が物理となると話が変わってくる。
どれだけ強力な火を放ったところで彼女の拳によって掻き消えるし、津波のような水の濁流を彼女にぶつけたところで、彼女はひとかきで泳ぎ切る。
だがそんな彼女でも概念となっては話が変わる。
怒りの感情を殴って消すことなんてできないし(ヤンキー漫画なら話は別)、死を蹴りで無くすことも不可能である(ヤンキー漫画なら別)。
そのため、闇魔法という不安定で不明瞭なものを彼女は壊すことができない。
普通なら
「ふん!!」
「ア、アクトよ!!この人間、なんか我の魔法壊しそうなんだけど!!」
「当然だろルシフェル。彼女は可愛くて最強で可愛いんだぞ?」
「何で可愛いと2回言ったんだ?それと余裕そうだけど、我結構きついんだけど?」
パキパキ
黒いモヤモヤなのにヒビが入る。
アルスは最強である。
どれくらい最強かというと、ゲームに登場する物理無効のゴーストを素手で倒すくらい最強である。
まぁさすがに苦戦はするんだけど。
「このままだと我ら死ぬんじゃないか?」
どんどんヒビが広がっていく。
「死ぬかもなぁ」
「何を呑気にーー」
「まぁ見とけ」
パリン
ついにルシフェルの魔法が破られる。
「これで終わーー」
それと同時に彼女は苦しそうに胸を抑える。
「本当に、君LOVEは皮肉なことしかしないなぁ」
魔法でどれだけ取り繕ろうとも、彼女が病弱であることには変わりない。
闘うことが好きなのに闘えない。
最強じゃなくてもいいから他の魔法を使いたくても使えない。
彼女は最強である故に学園に入ることができても、身体強化しか使えない彼女が勉強したところで意味はなく、実戦訓練も彼女の体質的に参加できない(参加しても1分ともたない)。
そのため、特待生として扱われる彼女はいつも一人で裏庭で静かに、孤独に毎日を過ごしている。
与えられた代償にしては大きすぎないいか?神様?
そんな彼女と一緒にいられる人間なんて、同じ最強くらいしかいないだろう。
結果的に俺がアルスをボコボコにしたような絵面ができる。
原作とはまるで逆な状態で奴は
「アク……ト」
真は現れる。
◇◆◇◆
真が現れたのには理由はある。
そう、ご都合主義だ。
「まさか、あのアルスさんを……」
彼女は学園どころか世界的に有名だ。
知らない人間なんて原作のアクトくらいだろう。
そんな彼女に膝をつかせる男がいる。
「どうして……」
混乱のためか言葉に詰まる真。
そんな真には悪いが、お前には彼女の王子様になってもらう必要がある。
俺は重くて仕方がない、無駄にカッコいい剣を取り出し、アルスに斬りつける。
「な!!」
咄嗟に俺の剣を食い止める真。
「どうして!!」
すまんな真。
何が何だか分からないと思うが、お前に教えられることはないんだ。
「ちっ」
俺は舌打ちを鳴らし、そのまま二人に背を向ける。
「待て!!」
「うっ!!」
「あ!!大丈夫ですか!?」
そして俺はそのまま裏庭を去った。
これで原作とは違うが、良い形で二人が出会えたことだろう。
本番はあのイベントで決着をつける。
◇◆◇◆
このままアルスを助けるのか?と思われるだろうが、それはもう少し先の予定である。
まずは真にアルスの好感度を上げてもらう必要がある。
そのため、俺にはある程度の暇が生まれた。
そこで俺は部屋を改造するべく町に繰り出したのだが、それがいけなかった。
「また会いましたね」
「……(まずいまずいまずいまずい)」
俺の前に立つ人物はフードを被り、魅惑の声で喋りかけてくる
「アクトさん」
聖女エリカがいた。
「この前はせっかく道案内したのにあんなに酷い態度をされて、私あの後ホントにプンプンだったんですよ!!」
「……(何その表現かあいい!!)」
だが一転、急に真面目な顔になる。
「だけど冷静になって考えたことがあるんですよ」
「……(何だろう?)」
「あなたの評判をお聞きする時、一見ただ私欲を満たしているだけの人と考えていました」
まぁアクトの様子を見てればみんながみんなそう思うに決まってるよね、本当のところは
「ですが、私は違う可能性もあると考えました」
「……」
まるで心の中を見透かされたように
「あなたは、誰かに見て欲しかったのではありませんか?」
「ひぇ」
あまりに的を得た発言に変な声が出てしまう。
「その反応は合っている、ということでよろしいでしょうか?」
何だか嫌な予感がするので首をブンブンと横に振る。
「首が痛いんですか?」
いや急に察し悪いな!!でも好き!!
「先程の考えが正解の場合、少し気になることができたんですよね」
まるで犯人を見つけ出す探偵のように歩みを寄せるエリカ。
「注目を集めたいあなたが、どうして私の正体をバラさないんですか?」
「ふぇぇぇ」
だって君俺並みに邪神教から狙われてる人間ですやん。
ここで喋ったら彼女は今以上に不自由になってしまう。
だがここでいくら嘘を重ねても、俺の言葉は何も通じない。
「どうして今までのあなたと、今私が話しているあなたが違うように感じるのか考えたんです」
「……(春なのに止まらない汗)」
「アクトさんの隣にいるのは誰でしょうか?」
俺は逃げた。
それはもう全速力で逃げた。
そんな中、去り際に彼女は言う。
「あなたのお家の近くで怪しい人を見かけました。どうかお気をつけて下さい」
俺は嫌な予想を立てながら家へと帰った。
◇◆◇◆
「お、お帰りなさいませアクト様」
「おい」
「は、はい!!」
「リアは帰って来たのか?」
「い、いえ、いつも学園が終わると真っ先にご帰宅されるのですが、今日はまだ……」
最悪な予感が的中する。
「クソが!!」
俺はそのまま家を飛び出した。
救済√2
リア グレイス
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