第6話

 <side桜>



 チュンチュンチュン



 朝。



 どこかいつもと違った光と鳥の囀《さえず》りと共に目を覚ます。



「ん〜」



 寝ぼけた目で時計を確認すると



「ヤバい!!このままだと遅刻だ!!」



 急いで朝の身支度を終わらせる。



「メイクは……適当でいっか」



 別にオシャレは嫌いではない、むしろ好きな方である。



 でも少し嫌味垂らしく聞こえてしまうかもだが、私は結構可愛い人間だと思っている。



 だから



「これだけでもモテちゃうんだよな〜〜」



 誰もいない空間で、空虚な独り言が響く。



 そしてもう一度鏡の前に立ち



「うん。やっぱり綺麗」



 肩まで伸びたピンク色の髪は、まるで作られたみたいに細かく、滑らかで、枝毛一つない。



「まるでゲームみたい」



 あれ?



 枝毛なんてある人なんていないのに、どうしてそんな言葉があるんだろ?



「難しいことは分かんないや」



 それに



「今日は何かいいことありそうな予感」



 朝ごはんの食パンを咥え、家を後にした。



 ◇◆◇◆



 ん?



「おやおや」



 あそこに見えるのは



「幼馴染の真君ではないか」



 真と私はいわゆる幼馴染であり、昔からずっと変わらず仲良しのままである。



「フー……よし!!」



 少し勇気を振り絞り、走り出す。



「おはよう、真」



 振り向く。



 ただその仕草だけで胸が高鳴ってしまう。



「ああ、おはよう。桜」



 やっぱり好き……なのかな?



「今日も遅刻だと思って先に出ちゃったよ」

「いやいや、真が早起きなだけだって。今日は少し、ほんの少し遅れそうだったけど」

「僕は普通くらいだと思うけどね?」

「あーあ、昔は私が起こしに行ってたのにな」



 何気ない会話がすごく楽しい。



 前々から一緒にいると楽しかったが、近頃は特に話が盛り上がる気がする。



 昔の真はどこか頼りなくて、弱々しいイメージだったが、最近になりどこか勇ましくなり、不思議と私が欲しい言葉をくれるようになった。



 真が早起きし出したり、かっこよくなったり、どこか変わり始めたのは



 およそ30日前の



「あの光の後か……」

「ん?どうしたの?」

「何でもなーい」



 すると、どこからか視線を向けられてるのに気付く。



「げ!!」



 そこには私を見つめる男。



「朝から嫌なもの見ちゃった」

「嫌なもの?」

「ほら、あれ」



 私はこっそりとあの男を指す。



「ああ、彼は確か」

「そう、アクト様だよアクト様」



 彼は本当に嫌な人間である。



 クラスに来てはわざわざ文句やら罵声を浴びせてくるし、友達からも色んなの悪行を聞かされる。



 最近となっては邪神教なる者達にも狙われているらしい。



 その上、あれだけでかい態度をとっているくせに戦闘になるとへっぽこ。



 まるで小さな悪ガキがそのまま成長してしまったような人間である。



「今日もクラスで会うのが憂鬱だなぁ」



 嫌な気持ちになりながらも、何故か分からないがもう一度だけ彼の姿を見てみることにした。



「え?」



 ◇◆◇◆



 私は可愛いだけではなく、優秀なレディのため、世界でも有数のミーカール学園で堂々のAクラスに所属している。



 Aクラスは私にとっての自慢ではあるが、教室は廊下の一番奥のため、少し面倒だと思ってしまう。



「う〜ん」



 そんな長い廊下を歩きながら、今朝のことを思い出す。



 いつもはヘラヘラとした顔や、鬼のように怒り続ける姿しか見せない彼の、どこか真面目な姿。



「でも」



 だから何だって話である。



 彼がどんな姿だろうと彼のこれまでの悪事がなくなるわけではない。



 私の時間をアクトによって削られたことに少し憤りを覚える。



「NOTネガティブ!!今日はいい日のはずなんだから!!」



 切り替えよう。



 今からきっといいことがあるはず!!



 そして目の前に人が立っていることに気付く。



「うげ、いきなり見るのが君の顔かよ」



 いいことなんてなかったよ。



 私の勘って当たる方だと思ってたんだけどなぁ。



 きっと彼はこれから私にこれでもかと暴言を浴びせてくるのだろう。



 そう思っていたが、数秒、時が流れても彼は何も発しなかった。



「あ、あれ?いつもなら酷い罵詈雑言を浴びせてくるはずなんだけど……体調でも悪いの?」



 私の言葉にハッとした様子をするアクト。



 こんな姿は初めてみる。



「お、お前の姿があまりにも可愛、、ゴホン。可れn……イヤ、無様すぎて呆けてしまっただけだ」



 どこか言葉が途切れ途切れであり、挙動不審な様子だが、いつものように言葉の暴力を浴びせてくる。



 でもどこか、そこには邪気がないと感じた。



「あーはいはい。申し訳ありませんでしたねー。見窄らしい私めはさっさと退場しますよーと」



 いーや、騙されちゃダメだ。



 彼のこれまでのことを忘れるなかれ!!



 きっと何か企んでいるに違いない!!



 だから



 ◇◆◇◆



 教室に入ってから、アクトは早速とばかりにユーリ様と口論になる。



 ほら!!やっぱりいつも通りじゃん!!



 でもやはり



「感じないんだよなぁ」



 今までのアクトという人間の言葉に乗るトゲがなくなり、むしろ何か違うものが含まれている気がした。



「これは調査の一環だから」



 友達と話をしていても、彼のことが気になり集中できないでいる。



 ちょくちょく彼を盗み見る。



「え〜」



 彼は席に座ると突然外を見ながら奇妙な笑い声をあげる。



 もしかして彼は



「厨二病になったのかな?」



 今日の様子がおかしかった理由はそのためか!!



「スッキリしたぁ」


 

 点と点が繋がったような感覚になり、しっかりと納得することのできる理由だ。



 でも



 心がいう



 それは間違いであると。



「!!!!!!」



 突然彼が私の方を向く。



 慌てて視線を友達の方へと向ける。



 どうしよう!!



 見てるのバレちゃったかな!!



 動揺のためか、ついつい体を動かしてしまう。



 少し落ち着きを取り戻り、バレないように彼を見てみる。



 彼は今朝と同じような目をしていた。



 とても、とても熱い眼差し。



 その真意は分からない。



 もしかしたら全て私の勘違いなのかもしれない。



 だけど、その意味を知りたくなった。



 ドン



「きゃっ!」



 廊下の奥から強烈な炸裂音。



 その音の発生源に振り向くと、どこかのオカルト教団のような、全身黒尽くめの人が煙の中から出てくる。



「趣味悪〜」



 リーダーらしき男が自ら達を邪神教と名乗り、アクトを連れ出そうとしているらしい。



 別にあんな奴連れて行かれてもいいじゃんと思ったりもした。



 なぜなら、彼はまるで自分を守るように命令しておきながら、その旨連れて行かれることに抵抗がないように見える。



 多分、争いが見たいだけなのだろう。



 彼は邪神教の男と会話を交わす。



 そして



「そうだなぁ……あの女でいい」



 アクトが指し示したのは私だった。



 それからアクトとユーリ様が何かを喋っているが、頭には入ってこなかった。



 彼が私を選んだ理由が分からなかったから。



 だから



「どうして私なの?」



 聞いてしまった。



「気に入らねぇ」

「え?」



 彼は真に対して激しい嫉妬をしていた。



 その理由があまりに自分勝手で子供のようであり、私もついつい感情的になってしまう。



「嫉妬!!この俺様が嫉妬だと!!」



 彼が拳を握りしめる。



 殴られる!!



 自然と目を閉じてしまうが、拳は飛んでこず、肩を押されるだけとなった。



 するといつの間にかアクトの横に立っている男。



「それではアクト様の手土産として、あなたを誘拐させていただきますね」

「そう言われてホイホイついて行くように見える?」



 口ではそんな風に言った気がするが、正直私はこの男に勝てないだろうと分かっていた。



 私がどれだけ強かろうと、こいつは私の上をいく存在であると。



「クッ!!」



 やはりというか何というか、まるで決まっていたかのように私は勝てなかった。



「弱いですね」



 そして魔法により、私の意識はドンドン離れていく。



 最後に見たアクトの顔は



 ◇◆◇◆



 激しい音と共に目が覚める。



 どうやらまだ学園にいるようだ。



 ボンヤリとしていた視界が焦点を取り戻す。



「ま……こと?」



 あの時と同じような光を纏っている真。



「桜を……助ける!!」



 ああやっぱりカッコいい。



 まるで物語のヒーローみたいに私を助けに来たんだ。



 やっぱり私の気持ちは間違ってなかった。



 きっと真なら勝ってくれる。



 きっとアクトも歪んだ顔をしているに違いn



「……」



 彼は笑っていた。



 いつものように子供っぽい。



 だけどいつもと違う。



 まるで憧れのヒーローが目の前に現れたかのように。



 彼もまた、私と同じように真が勝つことを確信していた。



「分からない」



 何がしたいの?



 何を感じてるの?



 私の目の前には大好きな、愛しのヒーローがいるのに、私の中にはアクトのことでいっぱいになる。



 おかしな思考を振り切る。



 今は真、真のことだけを見なきゃダメなのに!!



 速く私を助けて。



 そしたらきっと、私の気持ちは真っ直ぐになるから。



 真と邪神教の男がぶつかる。



 かと思った矢先



「え?」



 私の心を代弁するかのように、アクトの口から溢れる言葉。



 先ほどまで自分が主役とばかりに輝いていた真の光が消える。



「うぐ!!」



 自重を失ったように真が倒れる。



 それと同時に先ほどまで絶対勝つと信じて疑わなかったはずが、今は不安で仕方なくなってしまう。



 まるで私の心が伝播したようにアクトの顔が歪む。



 そして何かを考えるような仕草をした後、突然、私の予想だにしない台詞を吐く。



「桜が……助からない……」

「え?」



 驚きを隠せなかった。



 それは私が助からない状況にあることではなく、彼が私を救おうとしていたことに。



 どうして救うつもりなら私を連れ出させようとするの?



 どうして私を助けようとするの?



 どうして普段から悪いことばかりするの?



 何故何故何故ーー



 疑問が尽きない。



「あれはーー」



 どうやらあまりに多くの情報が与えられたせいで、私は幻覚まで見えてきてしまったらしい。



「女の子?」



 アクトの隣にはいつの間にか少女が立っていた。



 その穢れを知らぬかのような純白の髪に、雪のような肌。



「キレイ」



 だけど、その姿と対称的に彼の周りにはドス黒いオーラが纏わりついている。



 そして、それは少女へと流れ込んでいく。



 カチャ



「!!」



 剣が擦れる音により我にかえる。



 邪神教の男が真の前に立ち、すぐにでもその首を刎ねようとしていた。



「ダメ!!!!!!!」



 助けなきゃ!!



 拘束された魔法を解こうとするも、全くもって打ち破れる気配がない。



「助けて……」



 誰でもいいから



「助けてよ」



 その瞬間



「既に契約はなされた」



 世界が闇に覆われる。



「アク……ト?」



 異様。



 欠けたような漆黒の翼。



 頭上には光を失ったというより反転させたかのような黒い輪っか。



 そしてそれらとは不釣り合いな神殿衣の服。



 そして彼の特徴的な紫の髪は、先の少女のような色へと変わる。



「!!!!」



 体が震え出す。



 本能が告げる。



 逃げろと。



 殺されると。



 だけど私の心は違った。



「心地いい」



 見た目は恐ろしいのに、その本質はどこか優しい。



 まるで何かを、誰かを表しているかのように。



「あ……あなた様は!!」



 邪神教の男が叫ぶ。



 刹那



 その男は壁に打ち付けられる。



 そして世界に光が戻った。


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