第1話

 どうやら俺はアクトに転生してしまったようだ。



「お!!あれはゲーム本編が始まってからちょうど30日してから立つ店か」



 そこにはゲームで馴染みとなった武器屋が存在した。



「すげーな。未だに夢心地な気分だ」



 やはり、憧れのゲームの世界に入れた事実に感慨深いものを感じる。



「とりあえず入るか」



 店に訪れる。



「ナイフ一つ下さい」



 ポケットに入っていた財布からお金を出す。



 買ったナイフを片手に、そのまま近くの路地裏に行き



「うっし。死ぬか」



 ナイフを胸に突き刺



「さらない……」



 心臓を貫くはずのナイフが謎の黒いモヤモヤに食い止められる。



「人間!?お前は急に何をしてるんだ!!」

「誰だぁ?テメェー」



 おそらく俺の自殺を止めたであろう人物に、スラム育ちのゴロツキのような声を出してしまう。



「へ?我が誰かって?コ、コホン。ふっふっふ、聞いて驚け。我の名はルシフェル!!かの悪名高き邪神である!!」



 俺の目の前にはすごいドヤ顔の白髪の少女が立っていた。



 無い胸を張り、両手を腰にあて、あたかも自身が世界で一番偉いとばかりに堂々としている。



 その姿はまさしく、とても微笑ましい子供の姿であった。



「お嬢ちゃん。邪神なんて名前を名乗るなんてダメだよ。お母さん達と逸れちゃったのかな?一緒に探してあげるから、今後は危ない場所に来たらダメだからね」

「な!!う、嘘じゃないぞ!!我は本物なんだぞ!!」

「うんうん。そうだねー、すごいねー」

「ホントだってばー!!お前をこの世界に連れて来たのだって我なのに!!」

「何!?」



 何故そのことを!?



 その事実を知るのはこの世で俺と……



「本物の邪神ルシフェル……なのか」

「お!!やっと信じたか。そう!!我こそは最強にして最悪。闇の力を自在に操る伝説の邪神、ルシフェルだ!!」



 某ライダーのような決めポーズは邪神というより、子供番組を見る幼児のようであった。



「なんか雰囲気違くない?」

「へ?い、いや、それはその〜」



 曖昧な態度をとる邪神。



 すると、ルシフェルのポケットから一枚の紙が落ちる。



「ん?何だこれ?」

「え?あ!!み、みちゃらめぇ〜〜」



 そこに書かれていたのは、俺が転生する時の邪神の台詞であった。



(こいつ!!あの時カンペ用意してやがった!!)



「だ、だってー、最初で威厳を見せれるかが大事なんだもーん」



 恥ずかしそうに顔を隠すルシフェル。



 え?何かこいつめっちゃ可愛くね?



 その姿や言動からは世界を滅ぼそうとした存在と同一人物とは感じられない。



「そ、そんなことはどんでもいいんだ人間。どうしていきなり自殺などしたんだ!!」



 ん?



 何を当然のことを聞いてるんだ?



「そりゃお前、俺ことアクトがいなくなっちまえばこの世界のヒロイン達が救われるんだ」



 そのためなら腕の一本やこの命くらい安いものさ。



「いや安くないからな!!腕の一本すら全然安くないからな!!」



 ちっ!!



 邪神のくせにそれっぽいこと言いやがって。



「邪神なら俺が死んだところで嬉々とした態度をとれよ」

「だ、だって〜、我だって契約者が死ぬと困るし、目の前で死なれたら目覚め悪いんだもん」

「いやもうお前邪神やめちまえよ」



 邪神の邪の字を取っ払った方が合いそうな奴だが、そうなってくるとある一つの疑問が浮かぶ。



「なぁ、お前って何で人類を皆殺しにしようとしたんだ?」



 原神『君LOVE』において、邪神教によって復活したルシフェルは、奴らの願いである「人類の抹殺」を遂行しようとする。



 だが、こいつのこの様子からは人類どころか一人の人間の死すら見逃さなかった。



 原作との違いに違和感を覚えてしまう。



「ほぇ?我はこれが初めての復活だから人間と会ったのもこれが初めてだぞ?」



 どういうことだ?



「お前って君LOVEの世界から来たんだよな?」

「君LOVEとは何ぞ?我はそんなダサい場所から来た覚えはないぞ」

「君LOVEを知らないだと?」



 頭の中で様々な疑問が浮かぶ。



「もしお前が契約者に人を殺せと言われたら、お前はどうする?」

「我は邪神だ。人間が自分の意志で心臓を止められないように、我がどれだけ嫌でも神として契約を執行するぞ」



 ふむ。



「お前はどうやって俺の世界に来たんだ?」

「それは我も分からん。我が気付いた時には強い負の感情に導かれ、いつの間にかお前がいた」



 なるほど。



 なんとなくだが、状況を理解できた。



 邪神が俺を向こうの世界から君LOVEへと転生させたため、俺はてっきり邪神が君LOVEの世界を理解していると考えていたが、どうやら違うようだ。



 だが



「結論は変わらん。俺は死ぬだけだ」



 持ってるナイフで胸をグサーと



「できない……」

「お、おまえー!!全く油断も隙もないな!!」

「た、頼む。死なせてくれー。死なせてくれないならお前を殺すー」

「ひぇぇ、怖いよー。邪神だけどこいつの方が邪神っぽくて怖いよぉぉぉぉ」



 こうして幾度となく自殺を試み、それを邪神によって止められるという字面だけ見たら意味の分からない攻防は日が沈むまで行われた。



「ぜぇぜぇ。へへ、やるじゃんルッシー」

「ハァハァ。そっちもな人間」



 俺達の間には微かな友情が生まれていた。



「と見せかけてオラァ!!」

「させるかーーーーー」



 くそが!!



「なんで止めるんだ!!依代ならこれからも出るだろ!!俺が死んでももう数年でも待てばまた出てくるって」

「いやいや、我が生まれたのは数年前でこれが初めての復活だぞ!!何年も待つのは結構辛いんだぞ!!」

「この世界初めてなのに復活とか矛盾してんじゃん。バカなの?死ぬの?死なせてよー!!」

「あ!!バカって言った。バカって言った方がバカなんですー。あーあ、我怒っちゃた、もう絶対死なせてやんなーい」

「こんのクソガキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



 クソ!!!!!!!



 バカと言われだけでキレるとは、なんて心が狭いんだ。



少しばかりの休戦を約束し、二人で腰を下ろして休む。



「そもそも人間。お前が死んだところでヒロイン?とは誰か知らんが、そいつらは助からんぞ」

「は?」



 急にどうしたんだ?



「我とお前は契約で繋がっているからな、ほんの少しだけだが考えが分かる。自身が死ねば邪神教?とやらに狙われないと思ってるだろうが、そう上手くいかんぞ」



 …………何?



「どういうことだ」

「お前は邪神の復活に必要なのが何か知ってるか?」

「依代と強い負の感情だろ?」

「ふむ。あながち間違いでもない。少し付け加えると強い負の感情とそれを収める器を持つ依代だぞ」

「器?」

「どんなに強い負の感情があったところで、それが小さな器であれば力が溢れる。それを受け止める器があってこそ、我を復活させる力となる」



 なるほど確かに。



 人間の感情なんて千差万別だろうが、その量が大きくかけ離れているなんてことは中々納得できない。



そのため、アクトが依代に選ばれたのは強い負の感情とその器の大きさにあったわけか。



「確かにこれは初耳だが、結局俺が死んじまえば終わりじゃないのか?」

「いや、お前は勘違いしている。強い負の感情を生み出す人間は本人である必要はない。真に必要なのは器、その器に入れるものは他からでもいい」

「!!」



 それってつまり……



「お前の死体が器になり、そこに負の感情を入れ込むだけで」



 我は復活する。



「そしてその負の感情を集めるために」

「お前の言ってるヒロインも酷い目にあうかもな」

「で、でも待て!!原作だとアクトが死んだ後、お前は復活しなかったぞ!!」

「原作?は知らないが、器を破壊する方法は一つだけある」



 まさか!!



 最終決戦において、主人公と選ばれたヒロイン以外で必ず登場する



「聖女による極魔法」



 その瞬間、一人のヒロインが頭をよぎる。



 極魔法



 それはキャラクターごとに設定されている最も強力な魔法であり、それぞれストーリーの終盤での覚醒により身につけることができる。



「つまり俺がここで死んでしまえば、俺ことアクトの器が依代となりお前が二度目の復活を果たし、邪神教によって世界が滅びるってわけか」

「いや、そもまた否だ。神も万能ではなく、人間と同じように一種の種族であり、世界の一部に過ぎない。だから、抑止力的なものが働いて世界を滅ぼせないようになってる」



 原作の知識から考えると、その抑止力はおそらく主人公で間違いないだろう。



「こうなってくると、やっぱり聖女を覚醒させるしかないか」

「え?いや待ってくれ。我はまったりこの世界を見て周りたいだけなんだぞ。なんで滅ぼされる前提なの?」



 だが聖女の覚醒は物語の終盤も終盤。



 さらにそのためには一定数のレベルと強い正の感情が必要である。



 そのためには



「俺がラスボスを演じ、原作通りに主人公とヒロインを強くする」



 運良く俺は君LOVEの知識がある。



 原作通りに行動すれば聖女覚醒に持っていくことができるだろう。



 その途中でヒロインが幸せになるようにちょっと改変するが、まぁ問題もないだろう。



「クックック。完璧だ。我ながら自身の頭の良さに脱帽ものだよ」

「いや完璧じゃないぞ!!それ我滅んじゃってるから!!我も一緒に救ってよぉぉぉぉ」



 このチビ(一応神です)いちいちうるさいなぁ。



 ん?



「そもそも邪神いるじゃん。お前の力で邪神教滅ぼせないの?」

「へ?」



 突然の質問にキョトンとした顔をするルシフェル。



 少し考える素振りを見せた後、少し申し訳無さそうに



「む、無理。我の力の源は負の力で、お前を転生させる時に多くの負の感情を前借りして使ったから、我の今の力はそこらの一般魔法使程度しかない」

「え?使えな」



 邪神のくせに一般並とは……



「あ、憐れんだ目で見るなぁぁ。我だってホントは凄いのにー」



 こうなってくると、やはり聖女覚醒ルートしかないな。



 心に一つの覚悟を決めると同時に、隣の一瞥する。



 そこには綺麗な顔をクシャクシャにしながら泣いている女の子。



 その姿は世界を滅ぼそうとした邪神ではなく、一人の少女にしか見えなかった。



「ほらもう泣き止め」

「でも、でも。せっかく復活できたのに、我まだ滅びたくないよー」

「まぁなんだ。邪神教は確かにアクトを依代の第一候補にしてはいたが、他にも候補は多くいた。その中に復活にたる器がいたら俺がお前を復活させてやる」

「ふぇぇ。この人間、堂々と邪神教とやらと同じことしようとしてるー」



 失敬な!!



 俺は世界なんて滅ぼそうとしてないぞ!!



「でもそれで、お前は満足なのか?人間」



 さっき泣いてたせいかまだ目元が赤いままだが、その顔には心配そうな表情が手にとるように分かる。



「優しいな」



 マジでなんで邪神やってるんだろ。



「大丈夫だ。俺の願いはヒロインの幸せ。そのために死ねるなんて俺の最高の死に方だ」



 それって



「まさに『HAPPY END」にピッタリだろ」



 ゲームとは違う、みんな幸せになれる道。



「そのついでに一人の少女を救うくらい朝飯前だ」



 俺の言葉に少し考えるような顔をした後、彼女は何かを決心した目で見つめ返す。



「うむ。我も一つの夢を叶えたんだ。我もお前と同じように目標を立てた。それを成すため、そしてお前の目的のため、これからよろしく頼むぞ、人間。いや、アクト」

「その呼ばれ方は慣れんが、まぁよろしくだルシフェル」



 こうして俺と邪神による物語が始まった。



 だがこの時の俺は知るはずもなかった。



 ヒロインを助けることは原作が大きく変わってしまうこと。



 この世界がゲームではなく、リアルになってしまったこと。



 そして、邪神というイレギュラーと



『関わりすぎてはいけなかったこと』



「ふっ俺達の戦いはこれからだな」

「それだとHAPPYを待たずにENDしてしまうぞ?」


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