第35話 奴隷契約の真髄

「アリシアさま……」

「まだ無駄口を叩くか、死ね」


 王が無情にも奴隷に死を宣告する。

 奴隷の頭は膨れ上がり破裂──しない。


「アリシアちゃんいったい……」

「死のダメージをその場から癒しています。もう奴隷たちが死ぬことはありません」


「俺たちは自由……なのか」

「はい。何にも縛られません」


 歓喜の声をあげるでもなく、泣き崩れる奴隷たち。

 彼らの奴隷生活はそれほどまでに苦しかったのだろう。


「もう、あんたを守るものは何もない。覚悟するんだな」

「……お日様でた。……絶対に殺す。お母さんのために」


「そこの娘。母を亡くしたか?」


 白々しく王がネアを指差し問いかける。


「……お前が作った決まりで……お母さんはつれていかれた……だから殺す」


「ほう──生きておるぞ。お前の母は」


 心の隙間をスルリとすり抜け、悪魔がささやいた言葉はネアの弱い部分に突き刺さる。

 


「……嘘……」

「母親の奴隷は特別でな。ある場所に保管してある。最近死者が出たと言う話もない。──だが娘のお前がワシに逆らうのなら再会はできんだろうなぁ」


 状況の整理ができていないのだろう、ネアは口をパクパクさせている。


「どこまで外道なんだ! ネアちゃん! 嘘っぱちだ!」

「ダメだレイル」


 ネアにとって母の命より重いものはない。

 可能性がある以上、捨てきれない。


「……ごめんね」


「はっはっは! 奴隷なぞスキルがなくても簡単に作れるわ。さあ奴隷、そいつらを殺せ! さもなくば母が死ぬぞ!」


 ネアに止めろとは誰も言えない。

 その言葉は母親を諦めろ。復讐の火を燃やせ。

 それらと同じ意味をもってしまう。


「ネア……」


 大粒の涙を浮かべネアが俺に向き直る。

 両手には攻撃用の植物。


「……ごめんね。……ごめんね────お母さん」


 ネアの手から大木が溢れだし玉座ごと王を包み込む。


「……転次郎くんたちを裏切ったら……きっとお母さんは怒る……わたし、もうひとりじゃないんだ。お母さんと同じくらい大切な……家族がいるの!」


 植物は一気に収縮し包んだものを圧迫する。

 バキッボキッ

 玉座が潰される音。通常人間が耐えられる力ではない。


「億劫だが、ワシ自ら動かねばならんようだのう」


 ジャングルと化した玉座の間に王の声が冷たく響く。

 そう。王は未だ全力で戦う素振りを見せていない。

 全て、他人任せ。他力本願だった。


「簡単には終わってくれないか」


 ネアが作り出した大木をチーズのように割きながら、王はいそいそと現れる。

 恐ろしいほどのパワー。生身の人間ができる芸当ではない。身体能力向上系のスキルをあわせ持っているのか?

 少ない情報からスキルを推測するが分からない。

 二つ以上のスキルを持つことはあり得るのか。それとも──


「母のもとへ送ってやろう」


 その一言のあと、王はネアの目の前にいた。

 王の腕はネアの腹部を貫通している。

 ネアは吐血し、王の腕が赤く色づいていく。

 異様な光景にアリシアのストレスが限界に達した。


「ネアちゃんが……ネアちゃんが……いやぁぁぁあ!」

「うるさい役立たずが」


 ネアの目の前にいたはずの王はアリシアの背後でつぶやく。

 王の腕がアリシアをえぐる瞬間。

 俺の短剣が王の心臓をとらえた。


「ワシの速度に反応するか、面白い」


 王は床に倒れこむ。

 勝利の余韻に浸るまもなく、全員がネアに駆け寄る。


「ネアちゃん! ネアちゃん!」

「しっかりしろ!」

「……だめ……う…しろ」


 アリシアはスキルで治療を行う。

 ネアに呼び掛けるが、弱々しく背後を指差す。

 その行動から勝利などしていないことに気づく。


「心臓がひとつつぶれたわ」

「まじかよ、あんた一体なにものなんだ」


「冥土の土産に教えてやろう。ワシのスキル奴隷契約は奴隷にありとあらゆることを強いる。例えば──スキルの譲渡とかの」


 レイルに絶望の表情が貼り付く。


「奴隷どもから全てを奪えるのだ。王のワシに相応しいスキルだとは思わんか?」


 絶句。一体何人ぶんのスキルを保有しているんだ?


「身体能力向上を掛け合わせたパワーなら人間なぞ豆腐のように潰せる」


「あんちゃん、こりゃもうダメだ」

「らしくないな、レイル」

「これが俺様らしさだよ。そんじゃな」


 レイルはネアとアリシアを抱えて逃げ出した。


「はっはっは、打つ手なしとふんで裏切りよったか!」

「俺が言い出したことに命までは張らせられない」


 全力床を蹴り、一瞬で王の懐へ入る。

 陣形で強化した力を込めて王の脇腹に一撃を叩き込む。ウルフィル程度の魔物なら仕止められる威力。

 一撃を受けたはずの王は霧散する。


「どこを狙っておる」


 後ろから耳元に王がささやく。

 行き場を失った拳に引っ張られるように体勢を崩してしまう。

 王が大きな隙を見逃すわけもなく、無造作に握った拳で俺のみぞおちをえぐる。


「ふぐぅううっ」

「頑丈だのう。弾けとんで仕舞いとはならんか」


 痛い。強化しているはずの身体に、ハンマーで殴られたような痛みが骨を伝って全身を突き抜けていく。

 だが、この瞬間は反撃のチャンスだ。

 身をよじり王に向き直る。俺にダメージを与えた目の前の王は本物。


「くらえぇぇえええ!」


 今度こそ王の腹部をとらえた。豪華なローブの感触が語りかける。この王は本物だと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る