第33話 暇潰し

 パパトの相手をナディンに任せて、俺たちは王の寝室へと入った。


 テニスコートほどの広さがある部屋。キングサイズのベッドに座り込む一人の女性が、嬉しそうに顔を歪めゆっくりと口を開く。


「待ってたワァ転次郎」

「あなたの言う通りでしたねサチェル」


 包帯で顔が隠れているが狂気じみた気配の持ち主は今までにひとりしか会ったことがない。

 サチェルさん、生きていたのか。


 サチェルさんに話しかけたのは俺が異世界に来たときに王の隣にいた魔法使い。厄介そうだな。


「あとは大魔法使いモンチアに任せなさい」

「ダメよ。転次郎は私ノ獲物」


 サチェルは魔法使いに睨みを利かせる。

 不快そうに鼻を鳴らし、手に持った棒を魔法使いはひと振りする。


 閉鎖された空間に突風が吹き荒れる。


「もういいわ。あなたの役目は終わったの。死になさい」


 吹き荒れるだけだった風はドリルのように形状を変化させ、サチェルの心臓に向かって走り出す。


「転次郎を殺すのは私ダケ。あとはみーんナ邪魔者」


 サチェルの胸に凶器と化した風が突き刺さる瞬間────風は霧散した。予想外の出来事に魔法使いは目を丸くする。



「サア! 雑魚は無視して私と戦うワヨ!」


「待て。ほんとうにこんな形で決着をつけていいのか? 俺はまだ王を相手にしないといけない。つまりサチェルさんとの戦いに本気を出せないんだ」


「な~るほどね~。つまりあんちゃんは事が済んでから全力で殺し合いたいってワケか~。今あんちゃんを狙われたら、俺様たちが妨害するから結局戦えないパターンだろうな~」


 状況を察したレイルがわざとらしいセリフを口にする。


「……魔法使いの相手してよ」

「ネアちゃん。それはなんでも──」


「え~邪魔したら殺すのに? でもそうネ。うん。今すぐ殺したいケド邪魔はされたくないシ。────暇潰しにおばちゃん殺しとこうカシラ」


 狂気的な目でサチェルは魔法使いを見つめる。

 生気を感じない目に魔法使いは一瞬たじろぐ。


「き、貴様らなど私の魔法で一掃してやるわ!」


「それじゃ、俺は王のところへ行くよ」

「ええ、王は玉座の間よ。」


 魔法使いが何やら唱えている。無視して王の元へ向かう。


──────────


 王の寝室には、魔法使いとサチェルの二人だけとなった。


「水よ我の願いを聞き届け彼の者の息吹を妨げよ!」


 魔法使いの棒から湧き出た水がサチェルの顔めがけて飛びかかる────がまたも霧散する。


「一体どうなっているの」

「あんたの魔法って結局はスキルなのネ」


「っ! まさか」


「私のスキルはスキルを無効にするの。だから殴り合いまショ。死ぬまで──ネッ!」


 一瞬で間合いを詰め、魔法使いの顔面に拳をおしつける。

 魔法使いはよろめき尻餅をつく。

 サチェルは黙って二回三回と拳を放つ。

 途中、口が裂けたように口角をあげるサチェル。


「ひっ」


 醜い表情に魔法使いは怯える。

 魔法使いのスキルは万能だった。世界唯一の魔法使いと称し、王に取り入り、貴族の地位を手に入れ、すべて順調。妬むものはスキルでねじ伏せ、国のナンバーツーにまでのしあがった。


 下民の知り合いがいては汚点になると、両親も旧友もぐちゃぐちゃに殺した。気に入らないやつも全員。


 生きる世界がちがう、人間としてのレベルがちがう。

 神に愛されている、支配者側の人間だと本気で信じている。


 魔法使いのすべて築き上げたスキルを無効化するサチェルの笑みは悪魔そのものに見えた。


「神に愛された私がこんなところで殺されてたまるもんですか」


 サチェルに当たらないように、風を手のひらから床に放つ。反動で浮き上がる魔法使い。


「便利ネェあなたのスキルは。」


「触れなければいいだけのこと。──影よ我が身を写し傀儡となれ」


 魔法使いの影が立上がり、五体の魔法使いとなってサチェルを囲む。


「お人形遊びカシラ? 私ももってるノヨ転次郎人形」


 ポケットからズタズタに切り刻まれた人形を取り出し、恍惚とした表情で眺めるサチェル。


「どこまでも馬鹿にしてくれるわね」


 六体の魔法使いが腰につけた小降りのナイフを抜く。同時にサチェルへと迫る。


「いらっしゃイ」


 五体の魔法使いは消え失せ。サチェルの正面にはナイフを刺した本体。


「ミィツケタ」


 魔法使いの腕を掴みナイフを奪う。

 サチェルの腹部からは血がにじみ。滴り落ちる。

 奪ったナイフを天高くかかげ、腕をつかんだ自らの手の甲に────突き刺した。


「これでもう逃げられないワァ」


 サチェルの拳は容赦なく魔法使いに浴びせられる。

 執拗に何度も──何度も。


「ごめん……なさい……許して」

「あら許すもなにモ、私はあなたに何も思ってないワヨ? あ~、早く転次郎を殺したいワァ」


 サチェルにとっては転次郎と戦うまでの時間潰しに過ぎない。

 ゴンゴンと音をたて殴り続ける。

 魔法使いが意識を失っても、音がやむことはなかった。

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