第32話 裏切り者
「誰もいない」
月明かりに照らされる廊下を抜け王の寝室を目指す。
「次の角を右に曲がれば寝室です」
アリシアに言われるがまま、右の通路を確認しようと顔を出した瞬間───壁が破裂し、胴回りほどの腕が飛び出してきた。
「ほっほっほ、仕留め損ないましたか。必ず来ると思ってましたよ。転次郎殿」
「ほんとに裏切ったんだな。けどよ、あんたじゃ役者不足だ。パパト」
レイルが挑発する。
「愚かですねぇ。わたくしは勝つ必要がないのですよ」
ひとりでも足止めして俺のスキルを弱体化させようって腹だろう。
戦うだけで俺たちの損が確定する。
時間もかけていられない。
「いやー傑作でしたよ。ボヘミアの馬鹿どもは。滅びるとも知らず、せっせせっせと家をつくり食料を蓄え。襲撃日の表情ったら腹がよじれそうでしたよ。ほっほっほ」
「クズめ。俺様が相手してやる」
へらへらした目付きはつり上がり。目の前の裏切り者を睨み付ける。
罠だ。挑発にのるなレイル。そう言いかけた俺にアリシアは話しかける。
「転次郎さん落ち着いて。唇が無くなりますよ」
歯がめり込んだ唇から血が垂れる。
俺までやつのペースにのまれてどうする。
ここはレイルに任せて先に行くしか────
突如、後方から飛び出した影がパパトに斬りかかる。
スキルで膨れ上がったであろうパパトの腕に傷をつけたのは──最高の騎士だった。
「うぐぅっ──きさまぁ!」
「待たせたな。やっと追い付いたぜ」
「ナディン!」
「ここは僕に任せてくれ。一度は主とした男だ、けじめをつけたい」
「──死ぬなよ」
短い言葉を交わし俺たちは先へと進む。
──────────
「パパト。なぜ裏切った?」
「どちらにつけば利益を産むか、考えればすぐにわかるでしょう? 転次郎殿たちと出会った時点で、この状況は見えていました。わたくしはクク国の貴族となるのです!」
胴回りほどの腕がさらに膨れ上がる。
狭い通路では避けようがない。
「死にぞこないはとっとと退場しなさい!」
「僕はここだよ」
誰もいない通路を巨人の腕が通る。
パパトが振り向くと正面にいたはずのナディンが背後にたっている。
「いつの間に回り込んだのですか」
「違うよ、僕のスキルさ。みんなには注目をあびるって説明したけど、正確には気配を操るんだ」
パパトは周りに何人ものナディンが見えはじめる。
腕を振り回すがナディンの身体をすり抜けた。
「パパトが見ているのは、自分の想像が作り出した幻影さ」
「主人に対して口の聞き方がなっていませんね」
「裏切り者の騎士になるつもりはない」
「わたくしから見れば裏切られたのはわたくしです。折角、手駒にして差し上げたのに、今や刃を向けられているのですからねぇ!」
立場が逆転していることに、パパトは気づいていない。転次郎たちを逃がせた時点で、勝つ必要がないのはナディンになった。
「あなたはなぜ裏切ったのですか? ナディン殿」
「強いものに搾取される弱いものを、もっと強いものが守る。僕はそんな騎士でありたいだけだ」
トローシャにやられた傷が開くため、ナディンはまともに剣を振るうこともできない。
最初の一撃は全快したと思わせることが狙いだ。
出来るだけナディンは時間を稼ぐつもりで会話をする。
「どうせ近くにはいるんでしょう? ならば、一帯を破壊し尽くして差し上げます」
右腕だけやけに発達したパパトが、右腕に合うサイズまで大きくなる。天井に頭がつくと、のれんをくぐるように天井を押し退ける。両腕を振り上げ────力一杯振りおろす。
肉の塊を押し付けられた城の床は、壁を巻き込み崩れ去る。
通路の隅に隠れていたナディンは足場が崩壊し下階へ落ちる。
「うぐっ……キズが」
ナディンの横腹に血が滲む
「まだまだあ!」
両腕を振り回し手当たり次第に破壊を行う。
徐々にナディンが潜む場所へ近付くパパト。
「こんなところにいましたか」
あまりの近さに気配を隠しきれていない。
「死になさい」
「ナディン様を守れ!」
「うおおおぉぉぉ!!!」
突如現れた数十人がパパトに飛びかかる。──ボヘミアの民だ。
「おのれ下民風情が!」
スキルで強化した身体も、多人数に押さえつけられると自由を奪われる。
「ナディン様無事ですか?」
「どうして……ここに」
「ナディン様が国を出るところを娘が見ていたのです」
「そうか……だが危険だ。殺されるぞ」
「トローシャが来たとき、死を目前にしても我々を守ってくれたあなたが言える立場ですか?」
「それもそうか……ありがとう」
助けに来た男に説き伏せられる。
「わたくしは! わたくしは貴族にぃ!」
スキルの条件が満たせないのかパパトの身体は縮む。
安心したナディンはゆっくりと意識を手放した。
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