エンゼルランプの花は落つ
狛咲らき
あたしだけのヒーロー
弱い人を助けて、悪を倒す。みんなの希望の象徴。
——だから、あたしは、そんなあなたが大好きだけど大嫌いなの。
100万人にひとりが超能力を持って生まれる世界で、人々は
彼らのほとんどが街一つを簡単に消し炭にできるほどの力を有しており、防御面も戦車を始めとした現代兵器ではまるで歯が立たない化け物であったからだ。
しかしそんな彼らに対抗する勢力として、ヒーローの存在があった。
ヴィランと同じく超能力者で人数としてはヴィランよりも圧倒的に少ないものの、ヴィランに唯一対抗できる戦力として、人々から大きな期待を背負っていたのだった。
——だがそんなヒーローのひとりが、ある日忽然と姿を消してしまった。
『エンゼル・ランプ』。実力も実績も他のヒーローを圧倒し、誰よりも人を助けるために尽力していた最高のヒーローであった。
彼の失踪は世界中を震撼させ、連日のように報道され、日夜マスコミが彼の所属していた事務所に押し寄せた。
そして第1位の空席という異常事態を逃すまいとヴィランや一般人の犯罪も爆発的に増加、世界は突如として暗黒の時期を迎えることになったのだった。
しかし人々は絶望と悲愴の中でも尚諦めずに、エンゼル・ランプの帰還を待ち続けた。テレビはもちろん、SNSなどを用いて彼の目撃情報を募った。
けれども彼の失踪から数日、数週間経っても、彼に繋がる情報は何も得られないままであった。
——故に、少年が引き籠りの姉の部屋に好奇心で入った時、その光景があまりにも信じ難かたいものであったということは言うまでもない。
「何、やってんだよ、ねーちゃん……」
薄暗い部屋で座っていた姉が振り返った。
「あっ、あー……バレちゃったかー。まぁこれだけバレなかったんだから、むしろよくやったって感じかもね」
ははは、と笑う姉に、少年の背筋はゾッと寒くなった。
椅子に座る姉の奥には、彼女と対話するように同じく座った——否、座らされていた、最高のヒーローであり、目下全世界で捜索中のエンゼル・ランプその姿があった。
「それ、アレだよね? 等身大の人形だよね? ねーちゃん、ファンだもんな、エンゼル・ランプ……」
「違うよ?」
「えっ」
「あっ、違うっていうのは人形じゃないってことね。あたしはずーっと、エンゼル様最推しだもん」
「……じゃあ」
「そ。エンゼル様御本人。マジでかっこいいよね。いつまでも見てられるっていうかさ」
「ね、ねーちゃん、それ本気で言ってる?」
がくりと首を落として無言で座るヒーローに恍惚とした眼差しを浮かべる姉。その異様な光景に少年の心を恐怖が襲う。
「こ、ここにいるわけねーじゃん……ナンバーワンヒーローだよ? 何、ドッキリか何かだったりするの?」
「あんたを驚かせて何が面白いのよ。普通にあたしがエンゼル様を催眠しただけよ。ほらあたしって、超能力者じゃん?」
またもやははは、と姉は笑った。少年にはその笑みが歪で気味悪く思えた。
確かに姉は超能力者だ。
両親も彼女が生まれた時はヴィランになったらどうしようと頭を悩ませていたそうだが、実際に発現した力は非常に貧弱と言わざるを得なかった。
超能力者によって持っている能力は様々だ。
身体能力の強化という生物としての延長線上のものから、自然現象を操るといった神の領域に片足を踏み込んだものまで確認されている。そのいずれも世界の脅威となり得るのだが、姉の得たソレはそうではなかった。
“30秒間互いに目を逸らさず見つめ続けると対象を催眠状態にできる”
たったそれだけの能力だったのだ。
目を逸らさずとも、どちらかが瞬きした瞬間に失敗する残念能力。
それが判明した瞬間両親はほっと胸を撫でおろしたものの、姉としてはその後の悲惨な人生を辿ることを決定付けられる原因となってしまった。
姉が学生であった頃、町では深刻なヒーロー不足に悩まされ、ヴィランが横行する危険地域となっていた。そのため小中高すべての学校で唯一超能力を持つ彼女は忌避の対象か、あるいは日頃の不安を晴らす道具にされてしまったのだ。
毎日どこかしらに傷をつけて帰る最悪な日々。家族にはそれを隠して家では元気に笑って過ごしていたのだが、高校1年の秋を境に遂に部屋から出ることをやめてしまった。
両親はあまりの変わりように慌てふためいていたものの、その日の前日に彼女が仄かに男の臭いを纏わせ帰ってきたことを少年は知っていた。
それを知っているからこそ、少年は彼女のことが怖くて仕方なかった。
「ね、ねーちゃんの力は知ってる……けど、そんなことできるわけ……第一、ねーちゃん家から出ないじゃん……」
「別に出たくなったら出るわよ、今まで嫌だったから出なかっただけで……知ってる?1年くらい前から二月に1回、エンゼル様この町にパトロールに来てたのよ」
姉は自慢げに話し始めた。
「よほどこの町の治安が悪かったんだろうね。だからその時にヴィランに襲われた振りして近づいて、助けてもらったついでにずっとあたしの目を見て、ってお願いしたの。エンゼル様って
「ねーちゃん……」
「計画してた時はもっといろいろ考えてたんだけどね、実際にエンゼル様のお姿を見ると頭真っ白になっちゃって。でもなんとかなってよかったー」
「ねーちゃん」
「もうこれで安心、エンゼル様はずっとあたしと一緒。あんたが知らない間もずっとエンゼル様とお話ししてたんだよ、たとえば——」
「警察っ!」
「——」
「警察、呼ぶね……」
震える声で少年は言った。
声だけじゃない、手も、足も、全身が尋常じゃなく震えてしまっている。
今まで引き籠っていても優しく笑ってくれた姉が、自分のよく知っている姉が、今や見る影もない。
それがショックだったから、悲しくて仕方がなかったから。
「——それ、本気で言ってる?」
だから、これ以上大好きな姉に似た何かと話したくなかった。いつもの姉に戻ってきてほしかった。
「ほ、本気だよっ!」
「………………そう」
ただ、それだけだったのに。
少年は携帯に110と打って姉に見せ、電話を掛けた。
「……もしもし……はい、事件です。あの、その、う、うちの姉が——」
突然、少年の胸の周りが熱くなった。
その部分に目をやる前に、少年は目の前に男が立っていることに気が付いた。
憧れ、嫉妬し、けれどもしかしたらこの人なら姉を外に出してくれるかもしれない、と少年が淡い期待を寄せていた男は右腕を伸ばしており、その先には——。
「ごめんね。もうこれ以上、あたしは嫌な目に遭いたくないの」
「……ねぇ、ちゃ——」
こうして少年は、世界最高のヒーローに心臓を殴り潰され命を落とした。
「——やっぱり、すごい。全然目で追えなかった。流石エンゼル様」
五月蠅く鳴る血塗れの携帯を切った少女は男の腕に抱きついた。
男は無言で立ち尽くし、少女を振り払おうとはしない。
正直言って、その効力は想像以上だったが、これで確かなものとなった。
「エンゼル様は、私のものだ」
世界に絶望し、何度も自殺を考えたあの学生時代。
そんな時ふとSNSで見た、ヴィランから幾人もの被害者を助ける男の姿に、少女は一目惚れしてしまった。
——自分と同じ超能力者なのに、こんなにもたくさんの人を助けられるのか。
ヒーローの存在は知っていたけれども、テレビのやらせっぽい特集とかフィクションみたいな本とかでしか知らなかったから、どこの誰ともしれない一般人が撮影した”リアルな”ヒーローの姿に心打たれたのだ。
だから少女は待った。待ち続けた。いつか自分を救ってくれるヒーローが、あの映像に映っていた男が現れる日を。
だがその日なんて来なかった。ヴィランの犯罪は増え続け、学校は腐ったまま。
こんなにも悲しくて、こんなにも泣きそうなのに、どうして?
簡単な話だった。ヒーローは全知全能ではないからだ。
どれだけ助けてと叫んでも、他の声に掻き消されてヒーローには聞こえない。どれだけ救いの手を求めても、ヒーローの両手は常に一杯なのだ。
みんなの希望の象徴だから、少女は見捨てられたのだ。
でも、今は違う。
「はぁ、エンゼル様。私のエンゼル様」
甘えるような声で、少女は男に言った。
「ずっと私を守ってくれる?」
男は頷いた。
「私が嫌な目に遭わないようにしてくれる?」
男は頷いた。
「この世界から……私を救ってくれる?」
男は頷いた。
「エンゼル様っ!」
夢見ていた光景が現実のものとなっている。
もう外に出ても、傷が増えることも新たに火傷痕が付くことも、襲われることもないんだ。
「エンゼル様、好き……大好き!」
無言を貫く男。その表情も感情が読めなかったが、少女には彼が微笑んでいるように見えた。
数十分後、少女の自宅に警察が到着した。
鍵が開いていたということもあり、緊急事態として闖入、2階の奥の部屋の前で少年の遺体を発見した。
通話内容に少女の声も入っていたため、彼女の捜索も行われたが既にこの場を去っているようだった。
後日家庭内を調査してみたところ、風呂場で洗い流そうとしたとみられる少年の血痕が見つかり、それと同時にエンゼル・ランプの髪の毛も採取された。
これにより少女と世界最高のヒーローは、ヴィランとして世界中で指名手配されることとなったのだが、彼女達の姿が目撃されることは1度としてなかった。
世界は暗黒に染まった。
エンゼルランプの花は落つ 狛咲らき @Komasaki_Laki
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