ヒーローは気づかない
束白心吏
ヒーローは気づかない
朝起きて、ご飯を食べて、ゲームして、飽きたら本を読んで、それも飽きたら昼寝をして、昼を食べて……こんな自堕落な生活を高校生が平日にやっていいのか、そう問われたらこの世の大半の高校生が否と首を横に振るだろう。
しかし私はそういう暮らしをしている。朝起きて、ご飯を食べて、ゲームして、飽きたら本を読んで、それも飽きたら昼寝をして、昼を食べて。午後からも似たような過ごし方をする。
今日もまた、ベッドの上でダラダラと提督として海域の敵艦を撃滅していると、コンコンと部屋の扉が叩かれる。
私は無視──正確にはイヤホンで耳を塞いで外の音が聞こえていないフリ──をしてゲームを続ける。
暫くすると耳障りな建付けの悪い扉が開かれ閉まる音がした。振り向きたい衝動を我慢して、私はゲームを続ける。
「──
「んー?」
まるで今気づいたかのように装って、私は肩の叩かれた方に振り向く。
そこにいるのは私の通う高校の制服を着た男子生徒。私のような引きこもりに放課後を使う数寄者。そして私の英雄さん。
私がこうして引きこもれる理由にして、引きこもる最大の要因。
「やっと気づいたね……愛李さん、もう4時過ぎだぞ」
「あれ、本当ですね」
知っていたけど、私は本当に今気づいたかのように、時計を見ながら答える。
私の英雄さんこと
「さあ、今日もやろうか」
そう言って、一色さんは部屋の真ん中のローテーブルに自分の勉強道具を広げる。
私も渋々、ベッドから下りて勉強道具を広げて、一色さんの横に座る。
「……相変わらず近い。もう少し男性の前という自覚を持った方がいいと思うがね」
「いいじゃないですか。私達の仲なのですから」
「私たちの仲というのは……放課後に勉強を見るくらいの仲ではないか?」
冗談ではなく、真面目に、本心からそう言ってるとわかるような真っ直ぐな瞳で一色さんは言う。本当に鈍感な人。
彼はわかっているのかしら。そもそも、ここにいることを許している時点で――
「では始めようか」
私の思考を遮るようにそう言って一色さんは教科書を開く。
相変わらずの堅物さ……それは一色さんが私の英雄になった日を思い出すような真っ直ぐさで、思わず口角が釣り上がるのを自覚した。
知っていますか? 貴方は私を、ひいては四ノ宮家を救った恩人なのですよ?
知っていますか? 私が貴方のことを、一人の男性として好いていることを。
知っていますか? 貴方のお母様方とも、もう接点があるのですよ?
知っていますか?
「……愛李さん、勉強に集中しなさい」
「ごめんなさい」
──外堀はもう埋め終わっている、ということを。
知らないでしょう、気づかないでしょう。だって貴方は鈍感だもの。
だから、貴方と二人っきりになりたいから引きこもってることも、今心臓を高鳴らしていることも、貴方が『愛李さん』と自然と呼べるようになったことにも、気づいていないでしょう。
そして私が──
「オレの顔に何かついてるか?」
「なにもついてませんよ」
「そうか。それにしても愛李さんは凄いな」
流れるように一色さんは私を褒める。
──本当に気づいていない。私が高校で習う部分は履修済みだということに。そして一人称が『私』だったのが、気を許して『オレ』になっていることに。
本当、私の、私だけのヒーローは鈍感で、愛おしい。
ヒーローは気づかない 束白心吏 @ShiYu050766
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