第8話
宿で朝食を取り、宿の主人に礼を言って今日も弁当を貰った。
これから暫くは弱者の町に戻る予定はないので、この宿に泊まる事はもう無いかも知れない。
始まりの平原を抜け、続きの草原に至れば、行き帰りだけでもかなりの時間を使ってしまう。
であるならば草原を抜け切り、次の町である選択の三叉町に行ってしまうか、それが不可能なら平原に戻って野営するのが無難だ。
購入した野営道具の中には魔物避けの薬も含まれているので、場所を選べばフィールドでも夜を明かす位は出来る。
当然ながら宿で寝泊まりした場合に比べて体力の回復は望めないが、夜に動き回る事に比べれば余程マシだろう。
いざ弱者の町を出ようとしたら、門の付近で何やら揉めていた。
「どうするのよ! このままじゃ私達次の町にも行けないわ。それならあんな神官にでもついて行った方がマシじゃない」
「君があんなスパルタな神官には付いてけないって言ったんじゃないか。次のレベリンググループは一週間後に出発するから、そこに混ぜて貰おうよ」
「それまでどうやって生活するのよ。家から持って来たお金は装備に使っちゃったし、私は野宿なんて嫌よ!」
……どうやらこの前見掛けた神官戦士のパワーレベリングから落ちこぼれた連中がどうするかで揉めている様だ。
パワーレベリングから落ちこぼれるってどういう事態だと思わなくもないが、まああの神官戦士は殊の外酷かったので仕方ないかも知れない。
せめてVITに割り振れば、基礎体力が増えるので長時間の狩りにも耐えられるのだが、あの神官戦士は少しでも死に易い状態のままレベルを上げて欲しいとの本音が透けて見えていた。
引率経験の豊富な神官戦士の場合は、そんな素振りを見せない筈だが、恐らく件の神官戦士は成り立てだったのだろう。
立派な装備があるのだから、門を出て穴ネズミなり突撃兎なりを狩れば宿代位は稼げるだろうに、そういった発想は言い争う二人には無い様だ。
僕はそれを情けないと感じるが、でも同時に無理もないと思う。
彼等は自分で戦う事を選んだ訳じゃなく、世界のルールでそう決められているから、ただレベルを上げる為に何も考えずここに連れて来られたのだろうから。
しかしいずれにせよ、僕には関係のない話である。
声を掛けられても面倒なので、僕は気配を遮断して、言い争う二人に気付かれ無い様に門を出た。
さて僕はこれから始まりの平原を抜け、続きの草原へと踏み込むが、平原を抜けるには多少の時間が必要な為、少し雑談を記そうと思う。
もしかしたら異端者の活動記録を1からじゃなく、新しい方から読む人だって居るかも知れないのだし。
……教会は国をも超える世界最大の組織であり、異端者にとっては大きな敵だ。
それは単に教会が神の手先であるからというだけでなく、過去に異端者と教会が大きな争いを起こした事が大きく関係していた。
この世界から脱出する道は幾つかあるとされているが、僕はレベルを100にする道が一番可能性が高いと思ってそれを目指している。
でも僕以前の異端者の全てがそれを目指したという訳でなく、特に脱出条件が明確でなく、文献や遺跡を調べて脱出方法を見つけ出そうとしていた時期は、様々な試みが行われたらしい。
その試みの一つに、教会を崩壊させようという物があったのだ。
第二十八代異端者である、ヴァグラム・センシは豪胆な男だった。
彼の頃には既に幾つかの脱出方法は確定情報として判明していたが、ヴァグラムはそれ等の方法を選ばずに、出来得る限り神に痛手を与える方法はないかと頭を捻る。
その結果考えついた方法が、そう、教会という組織の崩壊。
教会は神の手先として、世界中のレベル1を弱者の町に集めたり、レベルアップを推奨して、神の食卓を豊かにしようとする組織だ。
時には孤児を集めては30程のレベルまで育て、それから殺すなんて真似もしていたらしい。
神の好物である人間が一番偉く、次にドワーフ、エルフ、ダークエルフと続き、神が食さない獣人には人としての権利がないと定めたのも教会である。
人間は獣人に何をしても許されるというのが、教会の見解だった。
故にこの世界の奴隷は獣人が圧倒的に多く、時折エルフやダークエルフも混じるが、人間が奴隷になる事は決してない。
だからこそ、そんな強大な組織であり、神の為に働く教会が、崩壊してしまえば神は何らかの手を打たざる得なくなるだろう。
そしてその時、神がこの世界に直接介入をする瞬間、それこそがこの世界から逃れ得る最大の好機だと、ヴァグラムはそう考えたのだ。
教会の崩壊を目標と定めたヴァグラムは、被差別者である獣人を率い、今の神よりも旧い、戦いに敗れて封じられた旧神を祀る教義まで定めて新たな宗教を立ち上げ、教会と真っ向から戦った。
その結果は、まあ今の世でも教会が変わらぬ事と、其処から更に十一代も異端者が代替わりしてる所から察せられるだろう。
しかし一時は崩壊寸前にまで追い込まれ、天使族の介入により何とか勝利した教会は、ヴァグラムの後継者になり得る異端者の出現をとても警戒している。
成り立ての神官戦士なら兎も角、ベテランの神官戦士の中には異端者の存在を知り、疑いを持って探してる者も居るらしい。
といった辺りで、続きの草原に到着だ。
ヴァグラムだけでなく、他にも色んな異端者がこの世界に爪跡を残しているけれど、それはまたおいおい記そう。
いや、初代から順番に活動記録を読めばわかるのだけれど、一応念の為である。
それはさて置き、この続きの草原に出現する魔物は3種類。
草原狼ことグラスウルフと、毒を持つ緑蛇、最後に暴れ馬のワイルドホースだ。
始まりの平原では魔物の危険度には明確に違いがあったけれども、この続きの草原ではどの魔物の危険度も大体等しい。
攻撃性が高く、狩りのプロである狼は、単体でも厄介なのに数匹の群れを作っている場合が多く、一度遭遇してしまえば逃げる事は難しいだろう。
緑蛇は戦闘能力という点では他の二種に劣るが、やはり毒が厄介な上に、草原に溶け込む体色を活かし、隠れ潜んでの奇襲を得意としている。
単体での戦闘能力は体格に優れるワイルドホースが最も高く、特に耐久度と後ろ脚での蹴りの威力に優れているという。
とこの様に、二つ目のフィールドとは思えない程に危険の高い魔物達なので、実際にこの続きの平原は通り過ぎる者が圧倒的に多い。
選択の三叉町は5レベルあれば入れる為、始まりの平原で5レベルまで上げた後は、複数でグループを組んで続きの平原を踏破するのがセオリーなのだ。
何故複数でグループを組むのかと言えば、グラスウルフの習性として、自分の群れより数の多い相手は襲わないからである。
しかし僕はソロだし、そもそもこの程度の敵から逃げを選択していては到底100レベルには辿り着けないだろうから、真っ向から挑戦する心算で此処に居た。
まあ準備は確りと行ったから、多分大丈夫だろう。
それにもし今更後悔しても、もう既に遅いのだ。
何故なら僕の周りには、既に二匹のグラスウルフが、僕を逃がすまいと取り囲んでいるから。
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