第6話


 初めての狩りの翌朝。

 僕は宿の食堂で朝食を取り、頼んで置いた昼食用の弁当を受け取ってから弱者の町を出た。

 得た肉の売却と、衣服の替えの購入は、どちらも昨日の間に済ませてる。

 向かう先は昨日と同じく、北の始まりの平原だ。

 弱者の町の周囲には他にもフィールドがあり、南は原初の森、東は選別の湿地帯となっているが、今の段階ではどちらのフィールドにも用事はない。

 ちなみに西は海に面して大きな港になっており、世界中の様々な品と一緒に、15歳になったレベル1達が連れて来られる。


 まあさて置き、今日の僕の目標は草むらに踏み込み、生えている薬草を採取する事と、レベルを5まで上げる事だった。

 ついでに突撃兎を倒して防具と槍の予備を得、眠り鳥を狙って野営用具を購入する資金も稼ぎたい。

 眠り鳥は始まりの平原に出現する魔物の中では、直ぐに逃げてしまう為に最も倒しにくいとされ、肉の取引価格が一番高いのだ。

 後尾羽が矢の材料にもなるから、今後の事を考えて少しばかり集めておく必要がある。


 草むらでも敵自体は変わらない為、恐らく昨日よりも危険は少なくなるだろうが、油断だけはしない様にしよう。

 異端者の活動記録にも、少し慣れた時に油断して起きる失敗は、数多く記されていたのだから。


 始まりの平原に、そして草むらに向かう道中、僕は注意深く辺りを伺ったが、神官戦士とパワーレベリングをする連中は見当たらなかった。

 昨日の狩りの疲れが残っていて、もっと遅い時間から狩り始めるのか、或いは既に次のフィールドである続きの草原へと踏み込んだのか。

 ……昨日見掛けた神官戦士は、兎に角レベルを上げさせようとしていたから、恐らく後者なのだろう。

 続きの草原は毒持ちの蛇や狼等の魔物が出る為、危険度は始まりの平原よりも遥かに上だ。

 僕が其処へ行くには毒の対策と、しっかりと全身を防具で包む事が必須である。


 別に慌てる必要はない。

 彼等は彼等、僕は僕。

 今日やるべき事を確りやろう。




 そうして踏み込んだ草むらは、低い草は足首程の、高い草は膝に届く位の、種々様々な草が密集した場所だった。

 ここで恐れるべき、そして慣れておくべきは、敵からの奇襲攻撃だ。

 土の地面と違い、草の地面は穴ネズミの潜む穴が巧妙に隠されている。

 だから穴ネズミからの攻撃は基本的に不意を打つ奇襲となるだろう。

 しかし今の僕は足にはしっかりとした防具を装備しているから、多少の攻撃では足が傷付く事はない。

 不意を打たれたとしても慌てず、的確に対処出来る様に、奇襲自体に慣れる必要があった。


 だが背の高い草には、時折突撃兎が潜んでいる事もある。

 穴ネズミからの奇襲と違い、突撃兎の奇襲は喰らえば拙い。

 腹や胸の防具はまだ作っておらず、突撃兎の角は容易に僕の身体を貫くだろう。

 一撃で死んだりはしないだろうが、二撃以上喰らえば命の保証がないのは、昨日の狩りと全く同じだ。

 草の揺れや、魔物の気配を捉え、突撃兎は奇襲を受ける前に見付けねばならなかった。



 草むらに入り込んでからおよそ五分ほど経った頃、踏み出した足に不意に衝撃が走る。

 穴ネズミの奇襲を受けたのだ。

 驚きに心臓が跳ねあがりそうになるが、漏れ出そうな声は何とか槍の柄を握り締めて押さえ込む。

 焦ってはならない。

 動揺したまま、焦ったままに行う行動は、敵の攻撃よりも寧ろ危険な事さえあるのだ。


 僕は自分の足を突きさしてしまわないように狙いを定め、再び僕の足に噛み付こうとしている穴ネズミに対して槍を突き下ろす。

 ブラックジャックで攻撃した時とはまた全然違う、肉を武器が貫く感触。

 兎角槍の威力の程は、昨日の苦労に見合った物で、一撃で穴ネズミを仕留めていた。

 ……否、ブラックジャックでも一撃だったから比較し難いが、多分間違いなく兎角槍の方が威力は上だろう。

 多分突撃兎を相手にした時に、兎角槍はその真価を発揮してくれる筈だ。


 適正レベルが足りない為、兎角槍は今の僕には少し扱いづらいが、武器全般取り扱いのスキルを習得している為、自由自在とまでは行かずとも充分に戦闘には使用出来る。

 それに奇襲への対応も、合格点とは行かないまでも、そこまで悪い物では無かった様に思う。

 もちろん理想は敵からの攻撃の気配を感じると同時に斬って捨てるのが理想だが、今の僕にそんな境地は望むべくもない。

 動揺を抑え込み、適切に敵を処理出来たのだから、後はその精度を上げて行くだけだ。


 さぁ次である。

 出来れば次は、突撃兎と戦いたい。



 それから幾匹かの穴ネズミや、見付けた突撃兎を狩り、レベルアップの処理を終えた直後の事だった。

 ザワリと目の前の草が揺れた瞬間、中から突撃兎が飛び出して来る。

 敵の姿が視認出来なかった状態から受ける、突撃兎の唯一の攻撃である突進、突撃。

 しかし姿が視認出来なかったとはいえ、そこに突撃兎が居る予兆は感じ取れていたから。

 故に僕は既に槍を構え、けれども突きはせず、空中を突撃して来る兎に対してただ穂先を合わせる。


 次の瞬間、ずぶりと突撃兎の身体を、兎角槍が貫通した。


 溜めから行われる突撃兎の力強い突進が仇になった形だろう。

 でもこんなに冷静に突撃兎の攻撃に対処出来たのには理由があるのだ。

 そう、先程のレベルアップである。



STR:3

INT:1→2

DEX:2+1

VIT:2/2

MND:1/1→2/2


他スキル

武器錬成1レベル 防具錬成1レベル インベントリ1レベル

気配察知1レベル(new) 気配遮断1レベル(new)



 これが4レベルになって得たステータスポイントとスキルポイントを割り振った結果だ。

 気配遮断こそ間に合わなかったが、気配察知で突撃兎の存在は感じ取れたし、上げたMND、精神力は動揺を抑え、INTの上昇は僕に窮地への集中力を与えてくれた。

 だからこそ僕は、先程の様に冷静に突撃兎の奇襲攻撃にも対処が出来たのである。

 まあステータスポイントが増えた恩恵はレベルが上がれば上がるほど感じ取り難くなるのだが、元が弱い今は劇的な変化を齎す。


 何にせよ、突撃兎の奇襲攻撃にも対応出来るようになった事で、いよいよ薬草の採取に移れる様になった。

 この始まり平原の草むらで採取できる薬草は、葉に薬効があるタイプと根に薬効があるタイプの二種類だ。

 どちらも回復ポーションの材料になるらしいので、それなりの値段で売れる他、両者を磨り潰して混ぜ合わせてから布に塗れば、それを巻き付けるだけで傷の回復が早くなる。

 そしてこの後者の磨り潰した物を塗り付けた湿布包帯は、次のフィールドである、続きの草原に出現する蛇の毒に対する応急処置に使えるらしい。

 もちろんそんな物に頼らずに済むのが、つまりは蛇に噛まれないのが一番だが、万一毒にやられた場合の備えは、怠るべきじゃないだろう。



 気配察知と気配遮断を併用すれば、始まりの平原の魔物が相手なら、確実に先手が取れた。

 僕は魔物が居れば先に魔物を排除してから、ゆっくりと薬草を採取する。

 別に特別な薬草じゃないので、採取自体も難しくはない。

 葉が必要なら茎から丁寧に葉を毟り、根が必要なら槍で回りの土を少し掘り起こして柔らかくしてから引っこ抜くだけだ。


 売る為の採取でもないので、そんなに量も必要無いし、インベントリスキルの御蔭で嵩張る事もなく採取に励める。

 およそ小一時間程で、僕が必要とするであろう量の数倍の薬草を確保出来た。

 何故そんなに集めたのかと言えば、漸く採取にまでこぎつけた事が嬉しくて、ちょっと止め時を見失っただけだ。

 まあ今はインベントリに余裕もあるし、別に薬草はあって困る物じゃ無い。

 でもそろそろ、草むらでの活動は終わりにしよう。


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