第2話



 平原は遠くまで続く土の大地に、所々草むらが生えている。

 草むらの中には薬草が生えてる事もあるのだが、実の所これは罠に近い。

 土に開いた穴は注意深く観察すれば見落とす危険は然程ないが、草むらでは穴ネズミが潜んでいても極端に発見し難くなるのだ。

 そして草むらで奇襲を受け、足に傷を負えば、町に引き返す前に突撃兎に殺される危険性が非常に高い。

 故にまあ草むらの薬草は、当初の目標である穴ネズミによるレベル上げと、突撃兎を倒して角を得た後のお楽しみだった。


 始まりの平原に入って直ぐに、僕は穴ネズミが潜む穴を見付ける。

 けれども其処から然程距離の無い場所で、突撃兎がのんびりと日に当たって寝ているのも見えた。

 額の角以外には魔物としての特徴のない大型の兎が、陽光に微睡む姿は実に可愛らしい。

 しかしもし、近くで穴ネズミとの戦闘を始めたら、恐らく突撃兎は目を覚まして僕を貫き殺しに来るだろう。

 残念だが別の穴を探した方が良さそうだ。


 僕はゆっくりと、静かに地を踏みながらその場を後にする。

 次の穴を探す間に、眠り鳥も見掛けたが、石を拾って投げたら目を覚まして飛び去った。

 石を投げた途端に目を覚まして逃げていたし、それこそ投石のスキルでも得なければ命中させる事は難しそうだ。

 だがそれは想定済み、否、そうであると事前知識で知っていたから、別に悔しいと思う必要は欠片も無い。


 さてそれから数分ほど歩くと、僕は地にぽっかりと開いた穴に気付く。

 今回は近くに別の魔物も居なかった。

 僕は腰を落として慎重に、地に振動を与えない様に慌てず、ゆっくり、そっと近寄る。

 でも穴の縁まではいかない。

 穴から五歩程の地点で止まり、立ち上がると、思い切りドンと地面を踏み付けた。


 多分とても驚いたのだろう。

 僕が地面を踏み付けた途端、飛び出した穴ネズミが、その自慢の前歯を振り回して穴の周囲を攻撃する。

 けれどもそこには誰もおらず、手応えの無さに不思議そうな顔を、或いは困惑顔をする穴ネズミの頭に、僕は全力で即席ブラックジャックを振う。



 グシャリと、鈍く、荒く、気持ちの悪い、何かを潰した感触が音と共に伝わった。


 どこ位そうしていただろう?

 僕は自分が殺した穴ネズミの骸を、ずっと眺めていた。

 魔物である以上は人を襲う脅威である事に違いはないが、それでもこの始まりの平原に出現する魔物はどれも容姿が可愛らしい。

 故に頭を潰された穴ネズミの骸は、余計に凄惨な状態に見えたのだ。


 はぁ、と、大きく大きく溜息を吐く。

 始めて魔物を殺した衝撃は、徐々に収まりつつあった。

 こればかりは実際に経験してみないと、知識と想像だけじゃ処理出来ない。


 次からはこれ程に大きな衝撃は受けないだろうし、そのうち何も感じなくなるだろう。

 でも今だけは、もう少し落ち着くのを待つべきだ。


 

 だから、少しばかり雑談を記そうか。

 平原の敵に関して知識があり、僕の行動に迷いがないのは、全て異端者の活動記録の御蔭である。

 より正確に言えば僕以前の、四十八人分の活動記録だ。


 この異端者の活動記録は、異なる世界から齎されたらしい。

 その機能は大きく三つ。

 一つ目は、その助けを必要とする思想を持つ者、つまりは異端者の前に現れる。

 二つ目は、異端者の経験を活動記録として記す事が出来き、異端者の活動記録は何者にも破壊されない。

 三つ目は、異端者が志半ばで倒れた時、その魂を異端者の活動記録に封じて保護し、次の異端者の下へ向かう。


 この三つだ。

 つまり誰かがこの世界を脱出すれば、異端者の活動記録に保護された魂も共に逃げ延び解放される。

 ……かも知れない。


 実際にこの異端者の活動記録の機能を百パーセント信用してるかと言えば、僕は否と答えるだろう。

 もちろん内容にまでは、疑いは持ってはいない。

 何故ならその内容は、僕の同類が戦った証だからだ。

 一応裏付けは取って確かめるけど、それでも基本的に内容は疑わない。

 たとえ間違いがあったとしても、その時の異端者はそう感じ、そうであると思って記したのだろう。


 だがこの世界の神が信じられないからって、他所の世界の何かなら信じて縋れるかと言えば、また話は別なのだ。

 でもそれでも、僕等異端者は、この活動記録以外に希望はなかった。

 仮にこれが異世界の何かが仕掛けた罠だとしても、突き進み、そこに辿り着くまでは、疑いながらも頼らざる得ない。



 だから僕は、たった一匹の魔物を倒した程度で、立ち止まっていてはいけないのである。

 ……と、さて、気も取り直せたし、穴ネズミ狩りを再開しよう。

 本来なら倒した魔物は解体して素材を取るが、今は剥ぎ取り用のナイフすらないのでそれも不可能だ。

 ただ僕の攻撃で折れた長い前歯だけを貰い、次の穴を探す為にその場を後にした。

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