シン・バットレンジャー

幻典 尋貴

シン・バットレンジャー

 「困ったときは、バットレンジャーを呼びなさい」とは、母が子供の時から私に言っていた事だ。

当の本人は、二年前に亡くなってしまったが、この教えだけは何故か頭の中にずっと残っている。

 そもそも私は、バットレンジャーが何なのかを知らなかった。レンジャーと言うには特撮ヒーローか何かだろうと思っていたが、検索してもそれっぽいものは見つからない。出てくるのは東映のヒーローとpixivに上がったオリジナルイラストと、知らない街のイベントチラシのPDFだけだった。そのチラシも、ミステリ小説であればここにヒントが!と思ってよく調べてみたが、無意味だった。

 私は、少しがっかりした。子供の時から信じてきたヒーローが、実は母の想像上の物だったのだ。そりゃ落ち込みもする。

 小学生の頃、虐められて壁に追いやられた時も、ピンチになればバットレンジャーが来てくれると、勇気を振り絞れた。

高校生の頃、電車で痴漢を受けていた同級生の女子を救えたのも、バットレンジャーなら助けるはずだと思ったからだ。

 良い歳になって、何を言っているのだと思うかもしれないが、私にとってバットレンジャーは本当に大きな存在だったのだ。まぁ、思い返してみれば、存在を大きくしていたのは自分自身のようだが。

 そうか、母はバットレンジャーと言うヒーローの存在を伝えただけなのに、私が勝手に信じ続けて、さらに期待も大きくしていた訳だ。

 母はそんな私をどう思っていたのだろうか。自分で蒔いた種でありながら、もう手に負えないとでも思っていたのか。それとも、母としてはそれで良かったから何も言わなかったのか。

 結局、バットレンジャーって何だったんだ?


 そんなことを考えつつ、息子の寝顔を見ると、どうでも良くなっていく。毛の少ない頭を撫で、その大きさに見合わないパワーのようなものを感じる。

「この子は将来、良い子になるよ」と、今思った事そのままを小声で、隣に座る妻に伝える。

「そうね」とだけ小声で言うと、妻は息子の顔を見て微笑んだ。

私と同じように、息子の頭を撫でた後、そういえば、と私に振り返って聞く。

「そういえば、痴漢から私を助けてくれた時に言ってた、バットレンジャーって何なの?」

 八年も前のことを、僕と同じように思い出していたことに驚き、少し声が出る。

息子が起きていないことを確認してから、僕はとあるヒーローの話をする。


 ――いずれ、息子にも話すであろう、とても心強い味方の話を。

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