余命一年

マドカ

余命一年

55年間、私はがむしゃらに働いてきた。



金持ちとは言えないまでも、自分の会社を持ち、それなりに人生を頑張って生き抜いてきたつもりだ。



学生の頃から勉学に励み、社会人になり誰よりも仕事をこなし、

手抜きをしなかった人生だという自負もある。





しかし




私の余命は




あと一年らしい






私の脳に腫瘍があることが判明した。

悪性でしかも進行しており、最早手術は出来ないレベルだという。



親友の脳外科医が沈痛な面持ちで私にそれを告げた時。



私は夢でも見ているのではないかと思った。



神よ、あなたは無慈悲すぎる。

まだ私は50代だ。

子も育ち、まだ見ぬ孫の教育もしたかった。



何よりも遺される妻はどうなるというのか。

金は大丈夫だろう、貯金はある。

しかし空虚な時間に耐えられるのだろうか。

息子は自立し、県外に居る。



いや、



これは綺麗事であり

私の単なる言い訳に過ぎない。



その時は確かにそう思った。

しかし、家に帰り自室に入り、

私が何よりも悲しかったのは。




やはり自分に残された時間の少なさだ。



まだまだ色んなことがしたかった。



我が社の支社も作ろうと決意した矢先。


それが落ち着けば愛人でも作ろうと思っていた。

何が悪い、成功者のロマンではないか。



あぁ、今の今まで絶えず

私は私の為だけの時間を作ってこなかった。



息子のことも、妻のことも。

今まで私なりに家族の為に出来る最大限のことはしたつもりだ。



1年、、、365日、、、

あくまでも余命、、、

少なく考えたら300日前後か、、、?



私が私らしい人生を生きる為に

限られた時間で何が出来る、、?




そうして私は半ば思考がまとまらずに家族に何も言わず寝た。




~1ヶ月後~



私は会社の経営から退いた。


あとは専務が上手くやるだろう。



仕事ばかりの人生だった。

愛着はあったが、執着するほど重要ではない。



仕事イコール金であれば、

金はもう充分だろう。



1ヶ月私なりに考えた。



心の充実。

日々何か意味がある人生を生きる。


残された時間はそう生きると決めた。



夜に寝て、朝起きる。

妻の手料理を食べ、庭に咲いた花を見る。



不思議と自分が死ぬことをやっと受け入れた途端、

何気ない日々が輝かしいことにようやく気づいた。



結婚し、子供を産み、

正直女性として魅力を感じなくなった我が妻であったが



少し甘めの味付けの手料理、

目尻に刻まれた皺、

洗い物でささくれがカサブタになり、シミになった跡。

苦労をかけた。



私の生活の基盤を支えてくれたのは妻だ。

何を私は愛人を作ろうとしていたのだろう。我が愚かさに辟易する。



私の日々は妻が支えてくれていたのだ。



朝起きて、日付が変わり頬をつねる。

それだけで生きていることに気づけるようになった。



晴れの日は晴天の彼方を見つめ、雲の形を眺める。

雨の日は葉に着いた水滴、パラパラと奏でる雨音。



皮肉なものだと感じる。



生きていることが当たり前だった時、

私は多くのことに気づけなかった。



失いそうになった時、人間はこんなにも多感な生き物になれるのか。

このまま緩やかに死を



受け入れよう



~六ヶ月後~




体調に目立った変化はないが



私は若い頃から病にかかったことがなく、痛みは大嫌いである。



いずれ訪れる痛みを和らげる為、

健康にいいことを基本的に意識して取り入れた。



タバコを辞め、酒を控え、

毎日1時間ほど歩く。



長湯をし、夜は控えめに食し、

なるべくストレスをためないようにした。



妻や息子と意識的に会話することを心がけた。



脳の腫瘍。



もの忘れや性格の変化、知らぬ知らぬの内に自分が変わってしまうことを

考えると怖い。



死ぬことよりもそっちの方が気がかりだ。



毎日、妻と息子とまともに話せる自分に安心する。

そろそろ家族に伝えなければいけない時期だろうか。



今までワンマンに生きてきた。

会社を手放した時も独断で決めた。



しかし私の妻も息子も

それを何も言わず受け入れてくれた。



私はとても恵まれていたのだ。

無慈悲な神からの啓示だったのだろうか。




このまま



どうかこのまま生きさせてくれと



感じるのは



私の



ワガママなのだろうか。




~二年後~




夫は今日も、健康的な1日を過ごしてる。



時々何か考え込んではいるけど

昔に比べて凄く人間らしくなったわ。



泥酔して攻撃してくることもなくなった。



あたしの料理にケチつけることもなくなった。



浮気も全然してないみたい。



息子とも今はとても良好な関係。

あんなに会話しなかった人だったのに。



浪費癖も無くなったし、あたしと

話す時はとても嬉しそうに話してくれる。



付き合った当時の彼がやっと帰ってきたわ。








夫の親友である、お医者さん。



彼に2年前、そこそこの金額を包んであたしは計画を実行に移した。






夫に



余命が1年と



伝えてほしいと。



もちろん最初は断られたわ。



でも所詮、医者も金には弱いのよ。



目の前でお金を積み上げていく途中に、彼の目が変わった。



あとはスムーズだった。



だってそれまでの夫が自分勝手すぎて

ひどかったんだもの。



誰も不幸になってないからいいじゃない。



夫は超が付くほど健康体。

あたしは愛が欲しかったの。




ねぇ、世の中には

必要な嘘もあると思わない?

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余命一年 マドカ @madoka_vo

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