【閉ざされた子供部屋】人の想いは必ず誰かを傷つける

 大城勇気は僕の親友だ。


 そして彼は今、僕の隣で憂鬱そうにしている。

 理由はきっと外でシトシト降る六月特有の空模様でもなく、騒がしい連中をどこか遠くに見放して話す先生の授業でもなく、単純に彼と……彼の彼女の問題だろう。


「はぁ……」


 まぁ彼の場合、雨だろうと槍だろうとニコニコしている。だが今日は違う。

 彼はバカだが愚か者ってほど愚かでもない。授業だって分からないなりに真剣に聞いているし、ノートだって一生懸命書いている。そんな、いい意味でも悪い意味でも馬鹿正直な彼が今日はぐったりと授業を聞いている。


「……しろ君?」

「…………ん?」

「大城君、大丈夫?」


 僕は授業の終わりと同時に彼の意識を現実に戻す。


「へ? あぁ大丈夫だよサトチン」


 彼は僕をそう呼ぶ。僕のちゃんとした名前は佐藤優さとうすぐる

 大城君とは講義のペアワークで一緒になり、そこから仲良くなった。正直話せるような人が少ないこの大学で、こんなにいい人と出会えてラッキーだったと思う。


「もう講義もないんだし、悩み事なら聞くからさ。一旦外にでない?」

「外? 雨の中でお喋りか~、楽しそう!」

「え、いやゴメン。教室の外って意味だったんだ」

「あ〜そっか〜」


 間の抜けた返事。まぁいつも大城君はどこか抜けているけれど、今日は本当にダメそうだ。


「ユカリンさんと何かあったの?」

「うん、ちょっとね……」


 やっぱりな、と僕は思った。大城君がこういう時、まず間違いなく彼と、彼の彼女である『ユカリンさん』との間に何かあった。

 それだけであってほしい。

 心配なのは、いつもならすぐ何があったのかを教えてくれる大城君が言葉を濁したところ。状況は僕が思っているよりも悪いのかもしれない。


「珍しいね、大城君がそんなに悩むなんて……」


 なんて失礼な発言なんだろうと、漏れ出してしまった言葉に驚いた。


「そうかな?」


 困惑より先に謝罪だと理性が叫ぶ。

 けれど、僕は彼が放つ殺気にも似た真剣な声と眼差しに気圧されてしまった。


 普段の温厚で楽観的な彼からは想像できないくらい鋭い眼だ。ただどうしてだろう、彼は怒っているのではないのだと僕には分かる。いわば尊厳だとか志、信念や信条を貫くための抜刀……とでも言えばいいのか。

 本当の意味での『真剣』。抜き身の剣。彼の本質であり根幹。

 そういう風に僕には思える。


「僕が悩まないのはさ、悩むほどのことじゃないからで……その、そんなに難しいことじゃないんだよ」


 彼の言葉はたどたどしく、正直に言えば雰囲気しか分からない言葉だった。


「僕がユカリンに言われてムってなってサトチンに話すのは、自分が悪いって分かってるけど納得できない時で、自分では良いと思ったからなんだよ。でも……今回は違くてさ……」


「う、うん」


 急に黙る大城君。

 彼の言葉に頭をフル回転させていたら、突然彼が俯きだした。

 あんなに真剣だった顔にゆっくりと影が差していくのが分かる。


「最近ユカリンがおかしいんだ。なんというか、僕を避けてる。何かまた悪いことしたかなって聞いても『君が悪いんじゃない』って……どうしたらいいの?」


 ようやく、ようやく僕の聞きたかった言葉が聞けた。


「そっか。ちょっと待ってて、少し考えるから」


 単純に彼の言葉から推察するなら、ユカリンさんの中で何かが変わり、その結果大城君が『避けられている』と感じるような態度をとっているのだろう。僕の知る限り大城君とユカリンさんとの関係は一年とちょっとだ。関係が冷めたりといった変化は当然あると思う……けど、僕は直観的に違うと思った。

 きっと僕が彼の友達だから、そう思えた。


「よし! いい作戦を思いついたよ」

「作戦!? それっていい作戦?」

「もちろん」


 誰かが言った。

 『恋』とは、見て分かる通り下心である。ノートに書いた時『心』は手前にあり、自分に最も近い。故に恋とは『自分』を主とした心だと。


 対して『愛』は真心だ。書いた時『心』は相手側依存でも自分側支配でもなく中心にある。故に愛とは互いの共有された、分かち合いの心だと。


「今度、ユカリンさんの休みを聞いてきて」

「どうするの?」

「近くのファミレスで話し合おうって誘ってほしいんだ」

「了解です、サトチン隊長!」

「あ、でも大城君? 僕が言ったってユカリンさんに言っちゃだめだよ?」

「うん! 分かった!」


 最後に『想い』。

 相手の心を想像する行為。そう、所詮は自分の心。

 だから……人の想いは必ず誰かを傷つけるんだ。

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