【閉ざされた子供部屋】悩んでいる人間は大体『過去』と『未来』に囚われている
「行ってくるね! ユカリン!」
「あぁ気をつけて」
笑顔の彼が大学へ行ってしまう。
部屋には私だけ。
「はぁ……」
寂しくないと言えば嘘だが、一人でいると安心する。これも真実だ。
私――
「さて、そろそろ寝るか」
昼夜逆転の生活。
酷い生活パターンだ。この話を誰かにすると、決まって『職業病ですよね~』と言われてしまう。まぁ確かに小説を書いていると朝になっている。あながち間違いでも無いかも知れない。
眠気で思考に霧がかかる。それでも思考が止まらない。これも職業病なのだろうか。私は自分の部屋に行こうと二重扉を開けて中に入る。
「っ…………はぁ~」
大きく息を吸い込み、吐き出す。
私の部屋はいわゆる防音室で、色々と敏感な私が安心できるのは彼に抱きしめられている時とこの部屋にいる時だけ……おっと、多少の惚気話には目を瞑ってもらいたいな。かくいう私も初めての彼氏に舞い上がっているんだ。
いや、流石に言い過ぎかもしれない。むしろ『安心できる』という部分は嘘だ。
「今日も頑張ったな、私」
疲れ切った私は若干の安心と共に布団の中へ。
直後、私の耳にいつぞやの声が響いた。
【キヒヒッ! 彼の笑顔、素敵だよねぇ?】
「ッ!?」
私は布団からガバッと身を起こして周囲を確認する。
当然誰もいない。音もしない。影も形も無いダレカに私はいつも悩まされている。
違う。影も形もあるにはある。ダレカが誰かも分かっている。ただ因果関係に終止符を打てないのだ。こればっかりは時間のかかる問題。私とワタシの問題だ。
「ぁ……はぁ、はぁ……頼む、許してくれ」
眠気と興奮で心拍数が体を蝕んでいる。脳の中がグチャグチャになる。
懇願するしかない。私は許されたい、誰よりも私自身に。
【彼は君思いだ。あのまま子供部屋を隠していては彼も可哀想だろう?】
「やめて、それがどういうことか分かってるでしょう?」
【もちろんだとも。ただその疑問に対して彼が何もしないと思うのかい?】
「えぇ、彼は何もしない。何もできない。このまま――――」
私の言葉は、誰でもない私によって遮られた。
「【嘘だ】」
「違う、絶対に彼は私を調べる。私の為ならば彼は努力する。私の不安を解消しようと勉強してくれる……」
「【偽装しよう? またボクタチを偽って……キヒヒッ、楽しいねぇ】」
ただひたすら怖かった。
思い出される幼子の手。自分に伸びた自分の手。幼い心身に刻まれた無数の傷と、それでも微笑む自分の柔らかくて傷まみれの手が……手が!
直視できない。絶対にできない。
それでも彼女は笑ってる。笑ってはいるが、目はダメだ。確信がある。あの目はきっと笑っていない。見たことも見ることもないその瞳は、絶対に私を見ている。監視している。
【どうするの紫? 君がどう努力しようとも彼の笑顔は――】
悪魔の言葉を、今度は私が遮った。
「うるさい!」
私は叫んだ。足で床を踏みつけ腕を振り、とにかく叫んで頭を自分の騒音で満たしてやった。
反響しない防音室。
私の行動を表すように、私の言葉は何も返ってこない。虚無だ。無駄だ。滑稽だ。
「…………それは、理解されたい。けれど怖い。私は……何も考えない彼が好きなんだ」
涙が溢れた。
「言葉にも行動にも裏の無い彼が好きだ。私が恐れるような存在でない彼が好きなんだ……よ!?」
自分の言葉に、誰よりも自分で戦慄した。
あぁそうか。私は彼が好きなのではなく、自分より格下でなすすべの無い奴隷のようなペットを癒しや慰めに利用しているんだ。
「あ、あぁ……」
【キッ、キヒヒヒッ! キャハハハハハ!】
悪魔の囁きが遠くで聞こえる。
人間が感じる不安の大半は、過去の失敗や後悔か、未来に対する悲観的な予想からくるらしい。だからこそ私は『今』を大切にしたかった。これだけは本心だ。
【自分を殺す? それとも彼?】
「不安の種は……潰しておか……ない……と…………」
私は気絶するように眠った。
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