理解者になりたい

プニぷに

【閉ざされた子供部屋】過去から伸びる幼子の手

 僕こと、大城勇気おおしろゆうきは彼女と同棲している。

 彼女はすっごく頭がよくて、ミステリアスで、美人で、少し癖のある長い黒髪で、いつも俯いて何かを考えている。アホアホな大学生の僕にはもったいないくらいの人なんだ。


 名前は卯月紫うづきゆかり

 僕は本をそんなに読まないからあんまり知らないけど、彼女は結構有名な小説家らしい。今思い返すと、確かに彼女はいつも本を持ち歩いてる気がするし、よくメモを取ったりしている気がする。そういえば、一緒に喋るときも僕の知らない言葉を使ってきて混乱したりする……。

 まぁとりあえず、今僕はそんな素敵な人の家に住んでいるんだ。


「おはようユカリン!」

「あぁ、おはよう」


 僕達の朝はこんな感じ。

 まず僕が部屋から出てきて、リビングで彼女が出迎えてくれる。本当は寝るときも一緒がよかったんだけど、ユカリンは「色々あるから部屋は別々に」「あの部屋じゃないと眠れないんだ」って。

 まぁ女の子は色々あるってよく言うし、お仕事も大変そうだから。僕としては一緒がいいけど、いつもユカリンには助けてもらってるし、このくらいは全然いい。


「ユカリン! 今日の朝ご飯は何がいい?」

「ん、そうだな……君のオススメを頼む」

「オッケー! じゃあ今日もユカリンスペシャルにするね!」


 あ、ユカリンスペシャルっていうのは僕の得意料理のチャーハンに紫キャベツを足したヤツで、ユカリンはこの料理が好きなのか、週に四回はこのスペシャルメニューなんだ。


「ユカリンおいしい?」

「……悪くない」


 向かい合っての食事。

 ユカリンは食べ物とかに敏感だ。それに偏食というか、あんまり食べ物を食べない人で、一緒にファミレスに行っても「値段にしてはまぁそれなりに美味しい部類だ」とか「美味しくはないが、腹を満たすには丁度いい」とか、そういうツンデレなとこも僕は好き。

 だからユカリンの「悪くない」ってのはすっごくいい方なんだ。


「んふふ、ユカリンはカワイイね」

「そうか? 君は湯葉みたいに私を褒めるな」

「ユバ? 何それ。ユバーバなら知ってるよ?」


 また難しい言葉。

 出会った頃の彼女だったら絶対にため息を吐いて教えてくれたんだろうけど、今のユカリンはそんなことしない。今はお互いに彼氏彼女。愛し合っているからユカリンは普通に教えてくれる。ちょっとだけジト目になるのもカワイイポイントだ。


「湯葉は豆腐を作るときにできる物で……そうだな、君に分かるように言うとホットミルクを作ったときにできる薄い膜の親戚みたいな物だ」

「あ~! あの飲むとき邪魔なヤツね。あれをどうするの?」

「…………食べるんだ」

「へぇ~すごいね」

「…………そうだな。人間はすごいぞ、得体の知れない物を平然と口に入れるんだからな」

「ユカリンは物知りだね」

「……ま、君のそういうところが純粋に好きだからな」


 そう言われて僕は嬉しいよ。

 だって、あんまり褒めたりしないユカリンに褒められた。今のってすごくカップルっぽい。


「えへへ、ユカリンに褒められたぁ~」

「私はいつも君を評価していると思うが?」


 今日のユカリンはいつもよりご機嫌だ。

 だから僕は珍しく質問してみた。


「そういえばユカリンの子供部屋――」

「駄目だ」


 僕が全部言う前にそう言われた。


「絶対に、それだけは君でも許さない」

「え、でも掃除とか……だめ? ユカリンが小っちゃいときに使ってた部屋なんでしょ?」


 僕のお願いに、彼女は目を瞑って下を向く。

 この家には二つだけ入っちゃいけない部屋がある。

 

 一つはユカリンの部屋。

 こっちは別にいいんだ。だってユカリンの服とか本とかは全部リビングとかにあるから、むしろあの部屋にはなんにもない気がするし。それにあの部屋のドアは二重になってて、そんなに人を入れたくないなら、さすがの僕だって入ろうとは思わない。


 もう一つが彼女が使っていた子供部屋。

 こっちはすごく気になる。一度だけ僕はこっそり入ったんだけど、床にも机にもホコリがすごくて、触ったり歩いたりしたら跡がついちゃうくらいなんだ。だけど、小っちゃいときのユカリンが過ごしてたってだけでちょっとテンションが上がるし、なんというか、女の子の部屋というよりユカリンの部屋って感じがすごく良かったんだよね。

 ちなみに、後でユカリンにすごく怒られた。なんで分かったんだろう。


「……そうだな、確かにあの部屋は汚い」

「じゃあ僕が――」

「だが君があの部屋に入るのは許さない。どうしてもと言うなら、君があの部屋の物を一ミリ単位で元の場所に戻せるようになってからだ」

「分かった。じゃあ今度掃除するね!」


 とうとう許してもらった。

 そう思ったのに、何か違ったみたいだ。


 僕の言葉を聞いた途端。ユカリンが頭を抱え始めた。こういうときは大体僕が彼女の言いたいことを理解できてないんだ。


「はぁ……要するに他人ひとに自分の領域を弄られたくないんだ。だから、まぁ君が気になるのも分かるが私が掃除する。それで許してくれ」

「うん……」

「そんなに落ち込まないでくれ。そうだ、今度私の幼少期が映ったアルバムを見せようか?」

「ホント!? 絶対見る! 絶対だよ? 絶対、約束だからね!」

「あ、あぁ……約束だ」


 朝ご飯の後、僕は大学の準備をした。


「それじゃあユカリン! 行ってくるね!」

「行ってらっしゃい。車や人に気をつけて」


 玄関で挨拶をして僕は外に出た。

 その後、ユカリンは子供部屋に行ったらしい。掃除は……あんまりうまくいかなかったみたいだけど。





「……大丈夫。私だって大人だ、もう過去の事……怖くない。怖くない」


 そう自分に言い聞かせる。もちろん両手は祈りの形。

 ゆっくりと紫は閉ざされた子供部屋の扉を開け、俯いたままズルズルと掃除機を部屋に。ただただ怖かった。


「大丈夫。大丈夫……大丈、ッ!?」


 ゆっくりと。本当にゆっくりと紫は顔を上げた。もちろん、そこに映ったのは自分が幼少期に使っていた子供部屋だ。今だって鮮明に過去の出来事を思い出せる。勉強机から過去のあの日を、人形からあの日を。


 半ば強制的に記憶を掘り返させる品の数々。あの日の感情。


「は、ぁッ……ぁ、あぁ……」


 落ち着け落ち着けと紫は俯いて、自分の胸に強く両手を重ねて押し当てる。

 紛れもない恐怖が紫を襲っていた。これは自分に対する恐怖。過去から【ズズズ】っと伸びた幼子の手が、紫の首に触れる。柔らかくて優しい手だ。そんな手で今、間違いなく紫の喉をその指先で突き刺そうと、その首を握りしめようと、縋るように近づいてくる。


「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」


 謝るしかなかった。

 かつてはあんなに楽しく遊んでいた人形に。大切なはずの思い出に。家族の在り方に。ただただ紫は謝った。許されたくて謝った。


 けれど、紫には見えてしまう。ふわふわなウサギの人形が、こっちを恨めしそうに睨んでいるのだ。どうして遊ばない? どうして努力と時間を割いたワタシに触れようともしないのだ? どうして? どうして? どうして?


 聞こえる……幼い自分の声。

 おぞましい記憶。あの机に隠されたノートの言葉。両親の声と、忘れたい記憶。


「【キヒヒ、キヒヒヒッ!】」





 夕方、大学から僕は急いで家に帰る。すぐに早く、ユカリンのアルバムが見たかったから、僕は一生懸命走ったんだ。


「ユカリンただいまー!」

「おかえり」

「あれ? なんだか疲れてる?」

「少しだけ……な。掃除をしたから……」

「そう言えば子供部屋の掃除はどうなったの? ちゃんと一人で出来た?」

「……アハハ。なんというか、思い出に浸ってしまってな、あまり進まなかったよ」

「そっか~……それで! アルバムは?」


 そのときのユカリンの表情はちょっと不思議だった。


「アルバム……あれは今度と言っただろう? 部屋の掃除が終わったら、君に見せるよ」


 なんだかすごくビックリしたみたいで、なんというか怖がってたのかな。

 よくわからないけど、なんだか嫌みたい。


「分かったぁー」


 ユカリンってば掃除が苦手なのかも。

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