第33話 晩餐


 私はアズトール伯爵の次女だ。

 でもお母様は正妻ではない。いわゆる側室だった。

 お父様は早くに亡くなった正妻様をとても大切にしていたと聞いている。だから周囲がどれほど進めても後妻を迎えることはなかったし、私を産んだお母様を正妻として扱うこともなかった。


 私が物心ついた時には街外れの小さな家に住んでいて、私は父親がいない子供なのだと思っていた。

 そういう子供はたくさんいたから、特に疑うこともなかった。

 いつも泥だらけになりながら走り回り、近くの森でこっそり魔獣と遊び、怪我をした時は近所の薬師に叱られた。時々フードを被った体格にいい男の人たちがくることもあったけど、自分の出自のことなんて考えたこともなかった。


 でも、近所の薬師親子は領主の一族で、少しもじっとしていない私の治癒のために住んでいたと知ったのは、お母様が亡くなって領主の屋敷に引き取られた後だ。

 自分が領主の娘で、フードを被った男の一人が父親だったなんて、想像したこともなかった。

 でも戸惑う私にオクタヴィアお姉様は優しかった。

 根気強く色々なことを教えてくれた。


 私が王都で楽しんで生活できているのは、お姉様のおかげだ。

 でも、お父様のことはまだよくわからない。

 感情の見えない紫色の目は、とても冷たくて怖かった。私を見るたびにため息をつくのが怖かった。お姉様や周囲がどれだけ言っても、王都に連れて行こうとしなかったのだから、きっと私のことを疎ましく思っているんだと思っていた。



 ……でも。

 私が食べているのを見ているお父様は、あまり怖いとは思えない。ただ、あまりにもじっと見ているから、ちょっと緊張して食べにくい。

 まあ、普通に食べるけどね。


 この豚肉、美味しいなぁ……。塊肉を野菜と一緒に煮て、それを薄く切って食べるんだけど、ちょっと香りの強い野菜を刻んだソースを使うのが王都風。領地では単純に塩と辛子だけで食べていたからびっくりしたけど、この不思議な野菜ソースも悪くない。

 いや正直に言うと、すごく美味しい。王都に来てよかった!


「……オクタヴィア。もっと肉を切り分けてやれ。それでは足りないのではないか?」

「大丈夫ですわよ。リリーは一つのものをたくさん食べるより、色々なものを少しずつ食べていくのです」

「では、もう一皿魚料理を増やそう。そうだ、リグの実も出させよう。あれなら量を食べずとも体に良いだろう」

「リグの実は、そんなに一度に食べるものでは……」

「出先で良いものがあったから、たくさん入手している。だが、生のリグの実確かに好き嫌いがある味だったな。よし、では試しに少しだけ出してもらおうか。好みにあうようだったら、明日から食事に取り入れて……」

「お父様。落ち着いてくださいませ。今更そんな追加を頼むと、料理人たちが困るだけですよ」


 半分腰を上げていたお父様は、オクタヴィアお姉様の冷ややかな声で動きを止めた。

 私が驚きながらお父様とお姉様を見ていると、お父様はチラリと私に目をやり、こほんと咳払いをして座り直した。そのまま、目をそらして葡萄酒を飲んでいる。


 ……えっと。

 もしかして、料理人たちに直接指示を出しに行こうとしていた、のですか? お父様ってこんな人だったかなぁ?

 いや、そう言えば滅多に一緒に食事を取れなかっただけで、何かと私に食べさせようとしていた気がする。特に百合根料理の時は、だいたいこんな感じだったかもしれない。


「大丈夫よ。お父様はリリーがきちんと成長してるのが嬉しくて、少しばかり浮かれているだけだから」

「……私、あまり成長していないような気がしますけど」

「昔に比べれば背も伸びているわよ。そうしてドレスを着ていると、とても可愛い女の子になっているもの」


 そうかな。

 そうだったらいいな。

 ここ一年で、普通の十二、三歳くらいまでには成長しているとは思っているけど、まだまだ成長が年齢に追いついていない。でも、二年ぶりのお父様には成長がよくわかるのかもしれない。

 ……あれ? お父様は、私の成長を喜んでくれているの?

 どう反応すればいいか迷っていると、男性給仕が新たなお皿を運んできた。


「あら、リグの実が来たのね。料理人たちが気を効かせたみたい。……リリー、これも少しだけでいいから食べてみて? 人によっては甘いと感じるから、その魚料理を食べ終えてからの方がいいかしら」


 お姉様のすすめに従って、私は食事の最後にそのリグの実とやらを食べてみた。

 一見すると、リグの実はアセビに似ている。

 ただし表面は真っ白で、そこに特殊なナイフを入れると鮮やかな紅色の果肉が現れる。

 中央に大きな種があるのは、プラムに似ている。真っ白な皮はクルミの殻のように硬く、大理石のような光沢がある。果肉はフォークが軽く埋もれるほど柔らかいい。


 香りはなんとも甘ったるい。味はもはや甘いというより蕩ける感じだ。

 でもこの香り、なんだか覚えがあるような……いや、それよりこの色と形は、普通ではないよね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る