第34話 不思議な実の正体


「……あっ、もしかしてこれは」

「気がついた? リグは異界の植物なの。正確に言えば、異界の空気が流れ込んでくる場所にだけ生えるのよ。栄養価が高くて味もいいから人気があるわ。ただし、魔獣の群れが棲むような危険な場所にしかないから、普通は滅多に手に入らないのよ」


 ふーん。なるほどね。

 人気があるけど場所が場所すぎて入手困難というと、ちょっと猿百合に似ているね。危険の度合いが違うけど。

 この強烈な甘さも慣れてくるといい感じだ。続けて食べていくと、リンゴやイチゴとは全く別種の風味を感じてきて、これもなかなか癖になる。


 お姉様が更に一切れをお皿に乗せてくれたので、それもありがたく食べた。

 最初にこの実を食べてみた人はすごいな。

 大理石のような真っ白な殻に、紅色の果肉だよ? 魔獣がウロウロするような危険な、異界との狭間の地域に自生する植物なんて、絶対に植物本体も異質だよ?

 そんなものを食べようと思うなんて、よっぽど追い詰められていたか、食に並々ならぬ情熱を持っていたかだ。異界由来の植物には、一瞬で死ぬ毒を持つものも、一ヶ月、半年、一年後にパタリと死ぬような毒を持つものも存在するのだ。


 そんなことを考えていて、ふと気付いた。

 私は、この香りを知っている。

 今日のように、そのまま生で食べたことは初めてだと思う。でも、この香りは知っている。アズトール領にいた頃は毎日のように食べていた。

 リグの実を、もっと違う形で……干したり粉末にしたものを、お菓子に混ぜていたはずだ。


 たぶん本当に微量ずつだから、すぐには思い出せなかった。

 でも、私は匂いと味覚には結構敏感なので、間違いないと思う。

 街中で食べたものには入っていなかったから、アズトール領の一般的な調味料ではないんだろうとは思っていた。だから王都のものだと思っていたんだけど、ここに来てからは出たことはないし、ローナ様のお屋敷でも出たことはない。

 アズトール領のどこかで取れるのかもしれないな。

 ゼンフィール侯爵家ではリグの実を使ったお菓子が出てきたから、きっと本当に贅沢な嗜好品なのだろう。



 それから、別の事実にも気がついた。

 このリグは危険な場所にしか生えないらしい。なのに、これを大量に手に入れて持ち帰ったお父様は、そういう場所に行ったのだろうか。

 パッと顔を揚げると、お父様はまだ顔を逸らしたまま葡萄酒を飲んでいた。

 その横顔はなんとなく和らいでいるように見える。口元に笑みがあるようにも見える。お父様の前にも薄く切ったリグの実があるから、おいしかったのかもしれない。


 私はお父様をこっそり、でもじっと観察した。

 怪我をしている様子はない。でも顔は少し日焼けしている気がする。まるで領地で害をなす魔獣の討伐に出かけた後のようだ。

 お父様は出張中としか聞いていなかった。

 でも、その出張というのが、実は危険地帯へ赴いての討伐のことだったの……?


「……リリーの想像は当たっているわ」


 お茶を注いでくれたお姉さまが、こっそりと私の耳元で囁いた。

 驚いて顔を上げたら、お姉様はうっとりするような笑顔を私に向けてくれた。


「今まであまり見せないようにしていたけれど、リリーも大人だったわね。きちんとお話をしてあげるわ。だから、もう少しだけ我慢して」


 お姉様はそう言って、私の頭をそっと撫でてくれた。

 ……今まで領地から出してもらえなかったけれど、それにも意味があったのかもしれない。私はお姉様とは違って魔力があまりにも少ないから。

 お姉様はお父様にもお茶を勧めに行った。でもお父様は、頑固に葡萄酒を飲み続けるだけだった。





 翌日、私は緊張しながら食堂の前にいた。

 この食堂で食事をするのは、領主の一族だけ。時には早朝から訪れた書記官たちが同席することもあるけど、基本はお姉様と私だけだった。


 でも今日からはお父様もいるはずだ。

 まだお父様のことはよくわからないから緊張している。

 覚悟を決めて来たはずなのに、この場に及んで怖気付いてしまう。扉の前で何度も深呼吸していると、扉が内側から開いた。


「あら、リリー。おはよう」

「お姉様! おはようございます!」


 出てきたのはオクタヴィアお姉様だった。

 今朝も大変にお美しい!

 でも食事がもう終わったなんて、今朝は随分と早いんですね。


「今日はお父様と王宮に行く予定なの。お父様は準備が忙しいから、食事はお部屋でとっているはずよ。だからね、リリー、今日は出掛けずにお留守番をしてくれる?」

「……わかりました」

「それでね。近いうちに色々なお話をしたいから、その前準備として、いくつか本を読んでもらいたいのよ。ロイカー師に任せているから、ちゃんと言うことを聞くのよ?」


 ロイカーおじさんなら、まあいいか。

 領地でも私のお守り役の一人だったから、私のこともよくわかってくれているし。

 お姉様と食事を一緒に取れなかったのは残念だけど、お話はできたし、お父様とも顔を合わせずにすみそうだし、と気楽に食堂に足を踏み入れた。

 でも待っていたのは、満面の笑顔のロイカーおじさんと、無造作に積まれた複数冊の本だった。

 ……まさか、アレを読めと言うのだろうか。あんなものを見せられたら食欲が……でも食べるけどね!

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