第2話

 お姉さんに拾われて、お姉さんの家で飼われることになった、ワケも分からず突然猫になってしまった俺。


 抱きかかえてくれるお姉さんのふくよかな居心地に、俺も大満足うっとり……。


 って、ぼーっとしてられない!


 だって、ここは夜道だ。

 お姉さんのような綺麗な女の人が独り歩いていたら、いつ不審者に狙われるか分からない!

 こんな時に夜行性の猫に生まれ変わってよかったと思う。夜道が人間の時より見易い……気がする。


 ……っていうか、ぼーっとできない理由もあるんだよなあ。


 お姉さんの香水がキツい。

 猫になってから嗅覚が良くなったらしく、ゴミ捨て場とか、人間だった頃よりも異臭がひどかった。

 お姉さんの香水も、イベントに構えた服装のオバちゃん並にキツく思えた。人間の時だったらきっとそこまで気にしなかっただろうけど。


 あとお姉さんの吐息が酒臭い。酔っぱらいの親父並に。

 お姉さんの服装からして、お姉さんは社会人なんだろう。社会に出ると大変だ、とは聞いていた。お姉さんもきっと大変なんだろうなあ。

 俺は猫になってよかった……のかもしれない。


 ということで気を紛らわせるついでに目を凝らし耳をたてて周囲を警戒する。


「あはは。ヒロく〜ん、この辺がそんなに珍しいんでちゅか〜。

 いいよ〜。お家に着くまでに存分に見なさ〜い」


 いや、そうじゃなくって気を配ってあげているんですが。

 それに何故、赤ちゃん言葉を使ってくるんですか。




 お姉さんの住むアパートは木造うん十年といった古い建物だった。


 ……いいのか? ここ、ペット禁止じゃあないだろうか。


 まあ俺が気を使えばいいのか。

 外で今日も明日もどうやって生きていこう、と怯えながら暮らすよりも、ここで他人に見つからないよう気を張りながら暮らしていた方が、まだマシかもしれない。



 お姉さんの部屋は2階建てのアパートの、その2階にあった。


 2−8号室。アパート2階の隅っこの部屋だ。

 ここなら隣は、下と隣に合わせて2つだけ。俺が声を出しても気づかれる確率は、少しだけ減っている。

 まして俺は元・人間で、声をたてるのを我慢する、とかそういうのには手慣れている。

 なんとかなるだろう。



 お姉さんがカチャカチャとドアの鍵を外す。そうしてドアを開くと、そこには新たな世界が広がっていた!


 ――そう、腐海が。


 お姉さん、あなたも汚部屋メーカーだったんですね。

 いわゆる残念美人とかいうヤツ。


「あはは。ごめんねぇ、散らかってて」


 そう言って足元に散らばるゴミを蹴散らしながらお姉さんは進んでいく。


 ん……臭い。俺は顔をしかめる。


「あれ、臭ちゃかったですかぁ。ごめんねぇ、隣の人も引っ越しちゃうくらいだもんねぇ」


 どうやら隣には誰も住んでいないようだ。


 …………。


 猫飼い発覚率が下がったけれど、それは素直に喜んでいいんだろうか。


「さて、と」


 お姉さんは俺を抱えたまま、どこかに連れて行こうとしているようだ。


 ……ま、ま、ま、まさかお風呂!?

 裸のお姉さんと(元から)全裸の俺が風呂場でご一緒!?

 猫になったとはいえ、俺は元・人間。お姉さんのような美人と一緒にお風呂で裸のお付き合いなんて、ドキドキするじゃありませんか!




 ベッドでした。お姉さんはただ寝たかっただけのようです。

 俺はベッドの脇に置かれ、お姉さんは中央でぐっすりと眠りについた。


 いや……お姉さんスーツのままだけれど、いいのか?

 明日が休日ならいいんだけれど、猫になってからというものカレンダーや時計を見ないから、日付や細かい時間が分からない。


 まあ、そっちは今の俺にはどうすることもできないから、そっとしておくしかない。


 ――そっちはそれでいいとして、こっちも問題だな。

 ベッドの上から部屋をぐるっと見渡す。


 部屋中ゴミだらけ。

 空き缶やら食べたものの包装がそこいらに投げ出してあった。


 これから、この家にお世話になるというのに、このままじゃあ、いけない。


 幸い(?)買い物袋もずさんに投げ捨ててあった。

 空き缶も中身が無いお陰で端っこをくわえて歩ける。


 俺は夜通しお姉さんの汚部屋の清掃活動を続けた……。




 ――結果。朝。


「ヒロく〜ん、おは……あ"ッ!?」


 お姉さんが変な声で驚いた。

 何ということでしょう、そこは見渡す限り広い空間!


 そう、俺はやってやったのだ。やり遂げたのだ、汚部屋のリフォームを。猫の身の程でありながら。


 その証拠に汚部屋の中央から現れたテーブルの上にグッタリとしている俺がいる。

 正直ツラい。

 でも何かをこの短時間で成し遂げてやったという満足感が半端ない!


「えっ、えっ、えっ? ……まさかヒロくん。ヒロくん、あなたがやってくれたの!?」


 グッタリしながらも、俺はお姉さんの驚きと嬉しさが混じったような声に満足していた。

 そしてヘロヘロながらお姉さんに向かってサムズアップ――出来なかった。猫だから。ただ腕を持ち上げただけになった。


「ヒロく〜ん。やっぱりキミは私のヒーローだよ! ありがとう、大好き!」


 『大好き』。その言葉、人間だった時に聞きたかったなあ。

 お姉さんの腕に抱かれながら、俺はそう思いつつ、静かに眠りに落ちていった……。

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