第4話

 夢を見て生きて居るのです。

 昨日も、今日も、明日にも。



 ****



 そんな日々が続いて、ある日の事。


「もし宜しければ、なんですけど。今度、何処かに遊びに行きませんか?」


 まさしくおずおずといった様子で、そんな事を尋ねてきた。


「あら、唐突」


「……すいません。でも、」


「いいよ。どうせ暇だし」


 相変わらず喜怒哀楽の分かり易い娘だ。手の平を胸の前でぱちっと合わせて、わぁ、と小さく声を漏らす。


「有難うございます! では、何処に行きましょうか? 私は詳しくないので出来れば葵さんが決めて頂けると助かります! 私は次の土曜からなら何時でも大丈夫で……」


 どうも、興奮すると早口になる癖があるらしい。顔を真っ赤にして半ば手で覆って、


「……すみません。取り乱して」


「いいのいいの。とても喜んでもらえたみたいで。恥ずかしいけど」


 会ってすぐの頃はこんなに表に感情を出さなかったように思うから、それも嬉しいなと気づいた。





 とそんなやり取りがあって、私たちは今遊園地にいる。

 あの堤防から歩いて十分位の駅、そこから電車一本で行く事のできる、近所と言っても差し支えない場所だ。近所といっても特段小さい訳ではない。勿論全国規模のテーマパークと比べると引けを取るけど、県で一、二番目には有名で夏休みの今にはとんでもない数の人がいる。


 水無瀬さんは電車にも乗り慣れていないようで、駅にいる時からまるでもう遊園地に着いたかのようなはしゃぎ様だった。

 そのまま入場ゲートを潜った今でも、当然興奮冷めやらぬといった様子で、


「見て下さい! 大きな兎さんがいます!」


 とか、


「あれが、ジェットコースター……ですね? 実際に見上げると、首が痛いくらいです!」


 とか。普段の哀愁に満ちた様子は何処へやら、年相応な少女のよう(と私が言うのも変だけれど)。


 私はといえば水無瀬さんに振り回されたり、その反応を見るのが楽しかったもので、遊園地自体を楽しめたかと言えばちょっと怪しい。それでもじゅうぶんに満足なのは、やはり遊園地よりも魅力的なこの娘がずっと隣に居たからなんだろう。


 結局水無瀬さんは帰りの電車に乗るまではしゃぎっぱなしで、電車では流石に静かにしていたけど、帰ってくるまでテンションは上がりっぱなしのように見えた。


 駅を出て、朝にも歩いた道を反対に進んでいく。途中からのよく見覚えのある場所は、私が昨日まで毎日一人で歩いていた道。

 最早見慣れた石段を越えて、堤防へ。

 夕陽が少し眩しくて、掲げた手の影に眼を隠す。

 あのベンチが見えてきて、鋭く息を吐く声が聞こえた。



「葵さん」


 丁度ベンチの前。後ろから声を掛けられて振り返るや、射殺すような眼光に穿かれた。


「少し、お話を聞いて下さいませんか」



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