第3話

 それから私たちは毎日のようにあのベンチで会って、私は水無瀬さんの事を沢山知った。


 水無瀬さんはスマホどころか携帯電話も持っていなくて、だから音楽とかゲームとかはあまり分からない。だけどその分前も言っていたように本を沢山読んでいて、映画になってる最近のものから教科書に載っているようなものまで、私の読んだことのある本の話は大概できた。あらすじを聞いただけで何となく難しそうだなと思うような本もあって、けれど楽しそうに話すものだから読んでみようかなって気になった。


 水無瀬さんは物知りだ。空に浮かぶあの雲の名前も、ベンチの脚元に生えていた小さな花の花言葉も。私が分からなかった学校の課題なんて、国語も数学もみんなそらで解いてしまった。

 暇だったからなんて言っていたけど、きっとよく勉強しているんだろう。喋り方も相まって、どこかのお姫様みたいな印象だ。


 水無瀬さんは、時々私のよく分からない事を言う。

 聞いても、何でもありませんとぎこちなくはぐらかされる。


 水無瀬さんは、可愛らしいピンクの傘を持っている。


 水無瀬さんはたまに眼鏡をしてくるけれど、別に目が悪い訳ではなくてただのファッションで伊達眼鏡だ。


 水無瀬さんは多分学校に行っていない。わたしが前の街で通っていた学校の話をする時、水無瀬さんは普段のように興味津々に聞いてくれているように見えるけど、その瞳の輝きと陰りは単にまだ知らない私の事を知るだけのそれではなくて、もっと深い未知とか哀愁とかそういうものだ。


 水無瀬さんは毎日欠かさずここに来る。なんでも、ここから空を見て何か考え事をするのがルーティーンになっているそうだ。それなら私はお邪魔なんじゃないかとも思ったけど、慌てて否定されたからちょっと申し訳なくなった。


 水無瀬さんは、私に隠し事をしている。でも嘘をつくのが上手じゃないから、私でも分かるくらいの違和感がある。

 多分、あんまりこっちから話題に出す事でもないだろうと思うから、気付かないふりをしている。

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