あなたの笑顔を見れるなら

天猫 鳴

巨大なヒーロー

(しまった!)


 公園のごろつきに目をつけられて私は困っていた。


「おいッ、ここで何してんだ? ああッ?」


 顔に傷のある強面こわもてのオジサンが野太い声で吠えたててくる。


「何してんのかって聞いてんだよ」

「ご、ごめんなさい」

「ごめんなさいじゃわかんないなぁ」


 じりじりと詰め寄られて、わたしもじりじりと後ずさる。


「ここを通りたきゃ、まず挨拶だろうが。ああッ!?」

「ごめんなさいッ」


 公園を利用する常連が遠巻きにこちらを見ていた。見てはいても誰も助けに入ろうとするものはいない。


(どうしよう。どうしたらいいんだろう)


 逃げ道を探して目が泳ぐ。


「何見てんだッ、をいッ!」

「ひゃっ! ごめんなさいッ」


 顔面の傷をこれ見よがしに近づけてオジサンが脅し続ける。



 その時だった。



「ボス、こらっ! ダメじゃないかッ!」


 大きな声が空から降ってきてオジサンがびくりと身を縮めた。


「・・・・・・あっ!」


 突然、体が浮き上がって視界がみるみる高くなっていった。


「え!? うわっ! どうしよう」


 慌ててじたばたもがいても、大きな何かがわたしを捕まえて離さない。


「喧嘩はめっ!」


 叱られたオジサンはすごすごと後ずさって、脱兎のごとく逃げていった。

 穏やかな静けさが広がる公園。他の常連さんが何事もなかったかのように日向ぼっこをし始める。


「仔猫ちゃん、大丈夫? 怪我してない?」


 優しい声が耳元で聞こえてどきりとした。

 見上げるとわたしに笑顔を向ける優しげな人間の顔があった。


 わたしの顔や首、足やお腹まで念入りに調べて、


「どこも怪我してないみたいだね、良かった」


 と言って、その人は笑った。


「お腹空いてる? 僕んちに来る?」


 声がとても優しくて、撫でてくれる手が暖かで、わたしはつい甘い声で「うん」と答えていた。彼にはそうは聞こえなかったみたいだったけど。


「お腹空いてるんだね。よしよし、猫ちゃん用のミルク買って帰ろう」




 いままで見たことのない高さで世界が流れていく。

 お腹は空いていたけれど珍しさが勝って、わたしは彼の手のひらの中にいながらキョロキョロと辺りを眺めていた。


「さぁ、着いたよ」


 彼の香りで満ちた空間。

 出会ってまだ時間も経たないのに、彼の香りがするだけで落ち着けた。


「そうだ、僕の名前まだ言ってなかったね」


 名前? その単語の意味がよくわからなくて首をかしげる。


「うっわ、可愛いーー」


 めちゃくちゃ撫でられて、楽しげな彼の笑い声に癒されてなんだか嬉しくなる。

 ミルクを飲んでいる間も彼はそばにいてくれた。


「美味しい? 美味しいねぇ」


 楽しげな彼の声を聞いているとわたしもなんだか楽しくなる。


「僕の名前は純喜っていうんだ。君の名前は何がいい?」


 なんでもいい。そう叫んだけど、彼は可愛いって言ってまた笑った。


「姫、姫にしよう。僕のお姫様」


 言葉の意味はわからないけど、なんだかくすぐったい。


(あなたは、わたしのヒーロー。ヒーロー純喜よ!)


 危険なところを助けてくれたわたしの大好きなヒーロー。




 あれからだいぶ経ったけれど、彼は毎日わたしを抱きしめて可愛いって言ってくれる。あなたの笑顔を見れるならずっとずっと長生きするよ。わたしだけのヒーローのために、いつまでもいつまでも。



 しっぽが3つに裂けたその後も・・・・・・。




□□ おわり □□




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あなたの笑顔を見れるなら 天猫 鳴 @amane_mei

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