第21話 達也は夏希が出てくる夢を見て大変なことになってしまうが、それを朝露の魔法少女に相談してしまう

 退魔師のランクアップ試験を終えた達也は、その日眠るまではとても幸せな気持ちでいた。

 夕食はお寿司の出前をとろうといことになり、その出前のおかげで夕食を作らなくてもよくなった夏希は達也を構いまくった。

 頑張ったね凄いね等の言葉でほめちぎるのはもちろん、撫で撫でしたりもした。すでに試験場で達也のことを褒めていた夏希だったが、まだ褒め足りないのだった。

 一方の達也はたっぷりと夏希に褒められ、久しぶりのお寿司を堪能して楽しい時間を過ごした。

 時間が過ぎて自分のアパートに帰ってきたが、いつもよりがらんとしている気がする。少し前までひとりでもなんともなかった達也だが、自分だけしかいない部屋でとても寂しい気持ちになった。

 気を紛らわせるために日課の呪符作りをしたが、集中ができなかったため早めに切り上げて寝る事にした。寝て起きれば夏希に会える明日になるからだ。そして達也は眠りに落ち、夢を見る。



 寝る前にした作業のせいか、夢の中でも達也は呪符の作成をしていた。指先の感覚を鈍らせないために、一日に最低でも10枚は作らなくてはいけない。速くしかし丁寧に筆を進める。


「達也くん、遊びに来たよ。」


 振り向くと夏希が居た。夢の中にいる達也は、そういえば遊ぶ約束をしていたんだと申し訳ない気持ちになった。


「夏希お姉ちゃんごめんなさい。後3枚の呪符を作らないといけないんです。約束を忘れていた僕が悪いんですけど、もう少しだけ待っててもらえませんか?」


「うん、わかったよ。待ってる間にお茶でも入れるね。」


 夢の中の夏希はそう言って台所に向かう。達也は今までにないくらい速く、しかしながら失敗しないように慎重に呪符を仕上げていった。最後の1枚に取りかかった時、夏希がお茶を持って戻ってきた。

ニコニコと笑顔の夏希が、お茶の準備をしながら達也のことを見守ってくれている。


「できた!」


 呪符を完成させたその時、達也は夢の中の夏希に抱きしめられた。


「お疲れ様、達也くん。真剣に作業してるの、カッコよかったよ。」


「ありがとうございます。でも僕は真剣に取り組むくらいしか取り柄がないので…」


 達也の夢の中の夏希は、抱きしめた達也の頭を撫でながら語りかけた。


「真剣に取り組むのって素敵なことだと思う。達也くんは謙虚で可愛いなー。達也くんがホントの弟だったらよかったのに。」


 達也はそう言われた瞬間に、弟では嫌だと思った。そして思わず夏希の背中に手を回して抱きしめて、思ったことをそのまま口に出してしまう。


「……僕は弟じゃ嫌です。夏希お姉ちゃんともっと仲良くなりたいけど、弟じゃ嫌です。」


「弟が嫌なら、どうなりたいの?」


「それは……」


 夢の中の夏希の問いに答えようとした達也だったが、夏希に抱きついたままなのがいけなかった。

過去に夏希に抱きしめられたことがあったため、感触をリアルに想像できて少年の身体への刺激が強すぎたのである。

達也は自分の下半身から、何か出たのを感じて目を覚ました。最初おねしょをしてしまったのかと思った。しかし何か違う、ぬるぬるしている。

まだ外は暗いがユニットバスでサッと身体を洗って着替えて、ようやくなにが起こったか考える余裕ができた。


 達也は自分が病気になってしまったのかもしれないので、誰かに相談したいと思った。

 だが修行中の自分は両親に電話をかけることも許されない。夏希の夢を見てこうなったため、夏希に相談しにくいし心配をかけたくない。

達也は1年前に転校してきてから学校で孤立して、友達もいないし先生にも距離を置かれている。

悩んだ達也は比較的に交流があり、連絡先を交換している水面ひかりにメッセージを送って相談する事にした。


*ご無沙汰しています、富川達也です。水面さんに相談のっていただきたいことがあるんですが、聞いていただけませんか?


*えっ、達也くん?

ご無沙汰してます。達也くんから何かを相談されるなんて思ってもみませんでした。

私にできることなら相談にのりますけど、夏希ちゃんには話してないんですか?


*夏希お姉ちゃんには相談しにくくて。僕は病気かもしれないんです。


*熱や咳などの症状があるのですか?


*熱や咳などは無いのですが、変なものが出たんです。


*変なもの?

メッセージだけだと状況がよくわかりませんね。今日の放課後にそちらに行きますので、どこかでお話ししましょう。


 こうして水面ひかりと約束をした達也は、不安を抱えながらも学校へ向かった。



 そして放課後になり、達也とひかりは喫茶店で会う事になった。


「えっ、もう一度言ってください。私の性癖が生み出した幻聴かな?」


達也からの説明を聞いたひかりの返答がこれだった。達也は性癖って何だろうと思いながら、自分に起きた事を再度説明する。


「幻聴じゃなかった。夢の内容は微笑ましいですが、夏希ちゃんの夢を見て精通したということですね。安心してください、病気ではありません。達也くんが少し大人になったという事です。」


 ひかりはそう言って達也の身体に起こった変化を説明しはじめた。達也は黙って聞いていたが、自分の変化が夏希を汚しているように感じた。


「優しくしてもらってるのに、僕は夏希お姉ちゃんをいやらしい目で見ているんですね……。僕は最低だ。」


「それは違いますよ達也くん。これは普通の事です。」


「でも僕には夏希お姉ちゃんの側にいる資格はありません。」


 ひかりは、潔癖な達也を微笑ましく思った。しかし、自分の性癖を曲げる事はできない。男同士が結ばれる物語や、女になった男が女の幸せを手に入れる物語が好きなのだ。心を腐女子にして達也に告げる。


「達也くん、申し訳ありませんが夏希ちゃんから離れる事は許しません。もし離れた場合は今回の事を夏希ちゃんに報告します。」


「そんな……やめてください、夏希お姉ちゃんに嫌われたくない!」


「安心してください、私も達也くんに意地悪したいわけではありません。達也くんが夏希ちゃんと一緒にいるなら何も言いませんし、今以上の関係になれるように頑張ってほしいだけです。」


「……僕に何を求めてるんですか。」


 ひかりは紅茶を口にして、警戒した声の達也に微笑んでみせた。


「達也くんには夏希ちゃんと恋人とか夫婦になってもらいたいです。夏希ちゃんが女の幸せを手に入れることが私の望みですから。大丈夫、サポートしますから安心してください。」


「ええっ?」


 ひかりの突飛な発言の意図がわからず、達也は困惑した。


「達也くんがどうしても夏希ちゃんと離れたいなら仕方ありません。夏希ちゃんは現状は学校でひとりぼっちのようですから、寂しいと思います。達也くんが離れていけばさらに孤独になる。魔法少女の血筋を取り入れたいイケメン退魔師の知り合いが沢山いるので、達也くんの代わりに夏希ちゃんに紹介する事にします。

でも達也くんはそれでいいんですか?

夏希ちゃんが誰か別の人と一緒にいる事になっても。寂しい時にイケメン退魔師が側にいたら、夏希ちゃんももしかしたら恋に落ちちゃうかも?」


「それは……嫌です……。」


 結局のところ達也には選択肢はなかった。ひかりの提案に頷くしかなかったのである。

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