第20話 夏希は達也の退魔師のランク上げ試験に同行し、新たな魔法少女と出会う

  新たに呪符の材料を入手した達也は、はっきりと手応えを感じていた。まず筆と墨と水が良くなったことで、呪符に込められる力そのものが強くなった。さらに呪符にいい紙を使った事で、他の力を乗せるための容量が格段に増えた。

複数の退魔師の力を少しずつ持つ達也が、能力を発揮できる下地ができたのである。


「夏希お姉ちゃん、僕は上のランクで通用するなら近いうちに退魔師のランクを上げたいと思っています。今の僕の力が妖獣に通用するか試したいんです。一緒に来てもらえませんか。」


「うん、いつでも行けるよ。」


 夏希は了承し、妖魔出現予報アプリで単独で予報されている妖獣をふたりで検索していく。

まず1体だけの妖獣との戦いを予約して討伐に向かい、問題なく達也だけで勝利した。後日、複数体の妖獣を相手にしても達也は勝利を収めた。

達也は努力を重ねて退魔師のランクアップに手の届く実力を身につけていたのである。


「達也くんやったね。後は試験に備えるだけだね!」


 夏希はハイタッチの体勢で達也を待った。達也が合わせてパァンと軽快な音が響き、どちらともなく笑顔になる。


「ありがとうございます。絶対受かってみせます。」


 Eランク退魔師の達也が退魔師のDランク昇格には、5体以上の妖獣を相手にする必要がある。

達也は試験を申請し、試験の条件が揃う日を待つことになった。

 何日かして試験の場所と日時の指定の連絡が入り、試験は次の日曜日の10時に行われるとのことだった。付き添いは1名まで許可されており、試験の時間の20分前には到着して人払いの術を使用するよう指示がある。調べてみると市バスで20分ほどで行ける場所である。


「達也くん、近くまでバスが出てるみたい。地図だと近くにファストフードのお店があるから、1時間半前には着くようにして朝ごはん食べていこう。」


「はい、準備しておきます!」


「じゃあ、今日はもう帰ろう。」


 そう言って夏希は達也に向かって手を差し出した。おずおずと伸ばされた達也の手をしっかりと握り、夏希は帰るために歩き出した。

 達也は両親から突き離すように厳しく育てられたため、母とさえ手を繋いだ記憶が無い。夏希が手を繋いでくれるのが嬉しくて、そっと握り返した。




 そして日曜日になり、ファストフード店で朝食を済ませた夏希と達也は試験場へ向かう。余裕をもって30分前に待ち合わせ場所に到着した夏希達を3人の人物が出迎えた。

ひとりは夏希がお世話になっている宮園梅子、後のふたりは夏希と同じ年齢くらいの見慣れない少女達である。夏希の会釈に梅子も軽く手を振って返してくれる。

少女達のひとりは赤いドレスを身に纏い、黒髪を肩で切り揃えた凛々しい美少女だった。

もうひとりは金髪碧眼で、絶世の美少女と言ってもおかしくないほど整った顔立ちをしている。しかしどこか作り物のようにも思える違和感がある。衣装はウェットスーツのように首から下を覆うボディスーツにタクティカルベストや関節を保護するプロテクターを着け、対妖魔の訓練を積んだ兵士なのではないかと思わせる姿である。

 達也は先に到着していた3人に駆け寄った。


「はじめまして、富川達也です。試験官の方々ですか?」


「はじめまして、宮園梅子です。本日の試験官は私が担当します。あちらのふたりは同じく試験の参加者ですよ。人払いは彼女達がやってくれています。」


 梅子が達也に説明する。達也は慌てて確認する。


「えっ、……もしかして競争ということですか?」


「いいえ、違います。ごめんなさい、説明不足でしたね。今日の相手は妖獣が30体出る予定です。そのうち5体を倒せば合格です。」


「そうなんですね。安心しました。」


 競争ではないのなら、同じ受験者に挨拶をしておこうと達也は思った。それと同時に退魔師の基本に従って、お互いの邪魔にならないように自分の戦い方を伝えるために少女達のもとへ向かう。


「こんにちは、僕は富川達也といいます。呪符を飛ばして使います。出来るだけ邪魔にならないように気をつけますのでよろしくお願いします。」


「あたしは火山の魔法少女の黒岩 萌莉(くろいわ もえり)。よろしく。とはいえあたしは付き添いだから、攻撃する事は無いと思うけど。火山の力が街中では使いにくいのもあるしね。」


 挨拶をした達也に、赤いドレスの少女が頷きながら言葉を返す。

 続いて金髪碧眼の少女も挨拶を返す。


「私はソフィア・コルバーン、です。武器の魔法少女という事になっています。今回の武器は剣を使います。富川さんの射線を塞がないように立ち回るようにするようにという事ですね。」


 ソフィアは流暢な日本語で無表情に自己紹介を終える。武器の魔法少女という事になっています、とはいったいどういう事だろうかと夏希と達也は思った。しかし試験が目前という事もあり詳しくは聞かなかった。

 そして最後に夏希が自分も挨拶をしておくべきだと思い、口を開く。


「雷雨の魔法少女の竜ヶ崎夏希です。達也くんの付き添いで来ています。何か起こった場合は魔法の雷を放って戦います。」


 夏希が自己紹介を終えて、その場の誰もが最低限お互いの邪魔にならない動きを想定していた。

 そうしているうちに妖獣達の出現時間が近づいてきた。各自戦闘体勢をととのえる。

 だが上のランクの妖魔と違い、妖獣までの妖魔は無個性で変わり映えがしない。そのため既に複数の妖獣を相手にしてきた達也と、そして武器の魔法少女のソフィアにかなうほどではなかった。

 達也は呪符を壁のように使ったり器用な立ち回りを見せ、全く危なげがなかった。

 ソフィアは剣に光をまとわせて、無駄のない動きで妖獣達を斬り伏せていった。

 ふたりとも試験に合格したのである。


「おめでとう、コルバーンさんと富川さんはこれでDランク退魔師よ。新しいライセンス証は明日以降に取りに来てね。」


 梅子から伝えられた言葉に、達也は込み上げてくるものを抑えられなかった。喜びだけではなく今まで抱いていた不安や悔しさ、修行だけの日々の寂しさなどが次々と頭に浮かびあがる。涙が次から次へと溢れてくる。自分が選んだ人生を歩む事は諦めていたつもりだったが、もしかすると諦めなくてもいいのかもしれない。

 そんな涙を流す達也を、夏希はそっと抱きしめて撫でて労った。


「やったね、達也くん。頑張ってきたもんね。よしよし、カッコよかったよ。」


 そこへ火山の魔法少女からおずおずと声がかかる。


「ごめん、いろいろあるんだろうけどさ、人払いを解除して帰っても大丈夫かな?」


「ああっ、ごめんなさい2分だけ待ってください。2分間でこの子を褒めまくるので。うーんでもやっぱり解除してもらって掛け直すのが筋ですよね、気にせず解除してください。」


「いやまあ2分くらいなら待つよ。」


 そして2分の間に達也を褒めまくった夏希は、達也から身体を離すと待ってくれていた他の参加者達に頭を下げた。


「黒岩さん、コルバーンさん、梅子さん、お待たせして申し訳ありませんでした。」


「ん、まあ少しだけだったし大丈夫よ。あたしはここからひとりで帰るから。お疲れ様。」


 火山の魔法少女はそう言って人払いと変身を解除する。梅子は武器の魔法少女と連れ立って帰るようだ。


「夏希ちゃん、私はコルバーンさんを送って行くのでこれで失礼するわ。気をつけて帰ってね。」


「梅子さん、ありがとうございます。梅子さんもお気をつけて。」


 そんな風に皆を見送った夏希は、達也の手をとると帰り道を歩き出した。

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