第19話 夏希は達也と呪符の材料を買いに行く

 達也と出掛ける約束をした土曜日の朝6時になり、目覚ましを止めた夏希は眠い目を擦りながらベッドから出た。

タイマーのおかげで熱々の炊き立てごはんに寿司酢を混ぜる。椎茸の煮物や錦糸卵などを用意して、ちらし寿司に仕上げていく。あとは三つ葉や鮭フレークとヅケにしたマグロを入れて完成だ。

お弁当に目処がついたので軽くシャワーを浴びて、着替えて化粧をしていく。思っていたよりもギリギリになったが、保冷のトートバッグにお弁当を詰めて夏希は準備を終えた。

 玄関で待っていると達也がやってきた。


「達也くんおはよう。」


「夏希お姉ちゃんおはようございます。今日の服装も……その、似合ってます。可愛いです。」


「ほんと?ありがとう。」


 夏希は青と白のストライプのシャツに、ハイウエストの白いミニスカートを合わせていた。スニーカーも青と白の2色で見た目に涼しげである。


「じゃあ駅に向かいましょう。夏希お姉ちゃん、もしよかったら……。」


 そう言って達也は夏希に左手を伸ばす。達也としてはお荷物をお持ちしましょうかというつもりだった。しかし夏希は男子に荷物を持ってもらったことなどなく、荷物は自分で持ったまま別の解釈をして手を伸ばして達也と繋ぐ。


「うん、行こう達也くん。」


 花火大会の時に手を繋いだ時はそこまで意識しなかった達也だが、明るいうちから手を繋ぐのは少し恥ずかしい。しかし夏希の勘違いを訂正せず、手も離さずに駅に向かった。

 ふたりは一緒に切符を買って電車に乗り込む。


「夏希お姉ちゃん、僕は通路側に座りたいです。」


「窓側じゃなくていいの?私が通路側でいいよ。」


「通路側がいいです。」


 2人掛けの座席に座る際に、通路側を希望する達也に夏希が窓側の席を譲ろうとする。しかし達也は譲らない。

 達也が通路側を希望するのには理由があった。ホームで電車を待っていた時に、何人かの男性が夏希をジロジロと見つめていたのに気づいた。

男性の脳は女性の数倍も異性に反応するという。

中学生で発育も普通くらいの夏希はまだ性的な目で見られる事は少ないのだが、辰江市に転校してから2年の間に女性と全く関わりが無かった達也にはわからない。通路側の座席に座って、できるだけ夏希が人目にふれないようにした。


「そういえば達也くんが買いに行く呪符の材料ってどんなものなの?」


「今回は紙ですね。呪符に他の異能力を追加で込めてから威力が上がっているんですが、ある一定の量を超えて込められなくなったので試しに良い紙を使ってみようかと思いました。」


「次の段階に進むための一歩を求めてってことだね。うんうん、努力が出来るのが格好いいよ。」


 達也は努力を褒められたのは初めてだった。

父や母から出来るようになった事を褒められたことはあるが、努力をしているだけでは意味がないと厳しく鍛えられた。

 結果だけを見るのではなく、努力を続ける事自体を認められるのが嬉しかった。


「ありがとうございます。絶対に強くなってみせますから。」


「うん、達也くんのこと応援するよ。」


 この呪符の材料についての話から会話が弾み、その後いろんな話をしているうちに目的の駅に到着する。山に囲まれた平地にある町で、夏希と達也は電車を降りて歩き出した。


「お店は駅の近くにあります。行きましょう。」


 達也に連れられて到着したのは、倉庫のような外観の看板も出ていない建物だった。扉を開けて入ると初老の店主が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。おや、達也くんじゃないか。

隣りの女の子はもしかして彼女さんかな?」


「亀村さんこんにちは。僕なんかに彼女が出来ることなんてないですよ。こちらの夏希お姉ちゃんには、夕食をご馳走になったり遊んでもらったりお世話になってるんです。」


「おや、そうなのかい?仲が良さそうだしお似合いだと思ったんだが。ところで今日は何をお探しかな?」


 店主に聞かれた達也は呪符に複数の力を込める事を試していると伝えて、いつも使っているのより良い紙が欲しいと伝えてみた。


「ふむ複数の力を込めるために良い紙がほしいとな。聞いたことがない方法だが、確かに試してみるのも面白そうだ。どれ、見繕ってこよう。」


 そう言って店主は何種類かの紙を持ってきた。


「紙の違いはまず原料。元となる樹木の樹齢が永くなると良い紙になる。達也くんがいつも使っているのは100枚で5000円の紙だが、持ってきたのは値段で言うと100枚で1万円から50万円の何種類かになる。」


「僕が試している方法だとどの紙がいいでしょうか。」


「効果が確約されているなら買える範囲で一番高い物をお勧めする。

しかしうまくいく保証もないし、いきなり全部切り替えるのは予算的に厳しいだろう?

今までの紙を併用しつつ、比較的手軽な2万円の紙で試してみてはどうだろうか。」


「そうですね……そうします。」


 そんなふうに達也と店主とで話が纏まりそうな時、夏希はふとした疑問を聞いてみた。


「すいません、素人の疑問なんですがいいですか?

呪符作りに使う他の道具も良い物に変えたら呪符が強くなったりしますか?」


「他の道具が強さに影響するか、という事か?

ふむ、紙に比べると重要視されない部分ではあるがいろいろ試すのも良いかもしれない。

筆や墨、それから水といったところだろうか。」


 夏希は大事な友達である達也の力になりたいと思い、分からないことは聞いてみることにした。


「水もですか。どんな水がいいですか?」


「純水を墨に使う高位の術師がいるとか、別の術師は魔力を含んだ水を使った墨を使って良かったとか聞いたことはある。純水のほうは置いてあるが、魔力を含んだ水はここには置いておらん。」


「魔力を含んだ水ですか。それなら私が出せるかもしれません。使えそうか見ていただけませんか?」


 夏希は今まで雷の力しか使っていなかったが、雷雨の魔法少女の自分なら雨も出せるかもしれないと思った。


「ではこのバケツに水を出してみてもらえるか?」


「ごめんなさい、上手くバケツにだけ入れられるか分かりません。濡れても大丈夫な広い場所はありませんか?」


 店主が差し出したバケツを見た夏希は、申し訳なさそうに返答した。店主はふむ、と考えると夏希達を裏庭へ案内した。

 夏希は雷雨の魔法少女の姿になる。


「なんと。お前さん魔法少女だったか!」


「夏希お姉ちゃんが魔法少女⁉︎」


店主だけではなく達也にも驚かれた。


「あれ、達也くんに言ってなかったっけ?

ごめん、秘密にしてたわけじゃないんだけど。えーっと、とりあえず水を出します。」


 夏希は雨雲を出すイメージで魔力を変換する。思い通りに小さな雲が出来て、雨が降り出す。雲からときおり小さく稲光が走るのが心配だったが、無事にバケツに水が貯まった。


「濃密な魔力そのものというべき水だな。雨の力は成長の力と言われているから、これを使ってみるのは面白そうだ。達也くん、使わせてもらいなさい。」


「え……夏希お姉ちゃん、いいんですか?」


「魔力があればいつでも出せるから大丈夫だよ。お試しで使ってみて。」


 そこへ店主が口を挟む。


「そいつは羨ましい話だな。ワシもこの雨水には興味がある。物々交換で悪いが少し良い筆と墨と、それに追加の紙を合わせて包むから譲ってくれないか?」


「見てもらうために出した水なのにいいんですか?」


「それだけの価値はあると思うぞ。」


 思いがけず余分に材料を手に入れられることになった夏希と達也は、店主にお礼を言うと帰路についた。

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