第16話 夏希はひかりの家に行く

 8月に入ると母の由紀恵も退院して賑やかな生活が戻ってきた。

由紀恵は魔法少女の力は無くなったが、退魔師として別の力があるようで、ちょくちょく妖魔を退治しに出かけている。

 母が帰ってきてからは親子3人で豆乳と美容体操を続けているが、夏希としてはあまり効果が実感できていない。

しかし夏希も髪がある程度伸びて、美容院で可愛いショートボブに整えてもらい女の子らしくなった。

 そんな中、ひかりからSNSで連絡が入ってきた。


*こんにちは、夏希ちゃん。突然ですが3週間後の8月の最終の土曜日って空いてますか?


*こんにちはひかりちゃん。うん、空いてるよ。また遊びに連れて行ってくれるの?


*ええ。沙雪ちゃんや達也くんも誘ってみんなで花火大会に行きたいな、と思って。 


*辰江市主催の花火大会だね?いいね、みんなで行きたいね。


*達也くんを誘っておいてくださいね?

あと準備があるので近いうちに、夏希ちゃんひとりで私の家に来てください。

 

*準備?何かすることってあったっけ?行くのは大丈夫だよ。おじゃまするね。明日でも大丈夫?


*準備の内容は来てからのお楽しみですわ。ええ、明日でも大丈夫です。後で地図を送ります。駅まで迎えに行ったほうがいいですか?


*大丈夫だと思うけど、地図を見て無理そうなら連絡するね。


*了解です。ではまた明日。


*うん、また明日。


(準備って何をするんだろう。)


 ひかりとのメッセージのやり取りを終え、夕食を作り始める。今日はほうれん草のおひたしと肉じゃがとラム肉の蒸ししゃぶだ。

ヘルシーなラム肉はダイエットにもオススメだとか姉に言われて使ってみたが、幸いなことに達也にも家族にも好評で、夏希も美味しく食べることができたのでまた作ろうと思った。


 そして翌日になり、夏希は初めてひかりの家を訪れた。広い庭のある大きな家で、夏希が気後れしながらもインターホンを鳴らすとひかりが出迎えてくれた。


「夏希ちゃん、いらっしゃい。どうぞ上がって。」


「ひかりちゃん、こんにちは。おじゃまします。」


「その髪型可愛いですね。似合ってますよ。」


「ありがとう。初めて美容院に行ってきたの。」


「その可愛らしさを引き立てる贈り物があるんです。さ、こちらですわ。ここが私の部屋です。」


広い廊下を進み、途中のドアを開けると大きな部屋だった。


「大きな部屋だね。お金持ちってすごいなぁ。」


「本物のお嬢様の沙雪ちゃんにくらべたらささやかですけどね。差し上げたいのはこちらの右側の浴衣ですね。」


 ひかりが指し示した場所に2着の色鮮やかな浴衣があった。


「私は去年の浴衣で良かったんですけど、

お祖父様が毎年私に新しい浴衣をどうしても贈りたいと言われて。

去年の浴衣をタンスの肥やしにするのも忍びないし、夏希ちゃんに是非もらっていただきないな、と思い来ていただきました。」


「でも凄く高そうなんだけど……。」


「確かにこの浴衣は普通の物より高いですね。

普通の浴衣は1万円くらいですが、これは確か20万円くらいはするはずです。

でも新しい浴衣があるから着ないので、いくら高くても意味が無いのです。

今は意味がない浴衣が、これまで浴衣に縁のなかった女の子の可愛さを引き立てる。こんな素敵な事があるのでしょうか。あるんです。」


「えっ。あ、ありがとう。」


 光の溢れる熱意に御礼を言って受け入れるしかない夏希。


「ではさっそく着付けの練習をしましょう。」


「は、はい。よろしくお願いします、ひかり先生。」


 高級な浴衣をもらってしまった夏希は、そのまま夕方までひかり先生の着付け教室の生徒になったのだった。


「今日はありがとう、ひかりちゃん。」


「どういたしまして、夏希ちゃん。花火大会はその浴衣で行きましょうね。私も浴衣を着ますから。」


「うん。大勢の人の前だとまだ恥ずかしいけど、せっかくもらったから着て行くよ。」


 着付け教室が終わり、ありがたいことに浴衣を入れる用にキャリーケースまで用意してくれたひかりに手を振り、少女達は別れの挨拶を交わした。

電車を降りた夏希は途中でタツエスーパーに寄って夕食の材料を買い、エコバッグ片手にキャリーケースを引いて自宅に帰ってきた。

 今日はお刺身が安かったので盛り合わせを選び、オクラと夏野菜のナムルと豆腐とお揚げの味噌汁だけ作る事にした。

 キャスターをよく拭いてキャリーケースを持って家に入った夏希を姉の美咲が出迎える。


「おかえり、夏希。何その荷物。」


「ただいま、美咲お姉ちゃん。友達からお高い浴衣と一緒に貰ったの。」


「へえ。中身見てもいい?どれどれ、うわ可愛い浴衣。いいなぁ。お高いっていくらくらい?」


「確か20万円くらいするって言ってたよ。8月の最終の土曜日にある辰江市花火大会に着て行くけど、それまでだったら着てもいいよ。」


「おおぅ20万円かぁ。着るの怖いなぁ。」


「大丈夫だよ。もしくは服を一緒に買いに行く約束してたよね。退魔師ってかなりお金もらえるから、私の服を見てくれる時にお姉ちゃんの欲しい浴衣とか服も一緒に買おう。お金出すよ。」


「夏希が命懸けで稼いでるお金でしょ?全部自分で使いなさい。」


「あんまり使う場面ないしさ、お姉ちゃんに可愛い服を着て欲しいな。オシャレの参考にさせてもらえるし気にしなくてもいいよ。サイズ合うなら私も貸してもらったりできるかもだし。」


嬉しい事を言ってくれる妹の言葉に、買ってもらうかはさておき改めて服を買いに行く約束をした美咲だった。

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