第13話 夏希のために泣いてくれた達也

 葵と別れ話をした夏希は午後の授業に集中できなかった。


 葵との話を聞かれていたのか、

クラスメイトからは腫れ物を触るように

遠巻きにされていた。

授業が終わるとすぐ帰る事にし、フラフラになりながら歩いて帰ってきた。

今になって葵に送ったメールや会話を思い出してみると、もっと違う話し方があったのでは無いかと

後悔が湧いてくる。

しかしクヨクヨしても、既に終わった事なのでどうする事もできない。


(いつまでも落ち込んでいられないし、夕食でも用意しよう。)


脱ぎ散らかしていた制服をハンガーにかけて部屋着に着替え、エプロンを着ける。

冷蔵庫を見ると豚肉が残っていたので生姜焼きにするこにした。

肉をタレに漬け込んでいる間にレンジで蒸し野菜を作り、ワンパターンだがごまドレッシングをかける。残り少ないので新しいのを買うことにする。

友達の家に遊びに行っているお姉ちゃんの分は帰ってきてから焼いてあげる事にした。

使い魔のニョロナちゃんに生卵をあげて、

肉を焼き始めるとインターホンが鳴る。

時計を見ると、いつも達也がくる時間だった。


(夕食を作り始めるのが遅かったかな。まずは達也くんを迎えに出なきゃ。)


コンロの火を弱めて玄関を開ける。


「ごめん達也くん、まだ作ってる途中なんだ。上がって待っててくれる?」


「こんばんは、夏希さん。

……あの、大丈夫ですか?

凄く顔色が悪い気がします。」


「……うん、大丈夫。さ、上がって上がって。」


生姜焼きを皿に盛り付け、ごはんをよそう。

夏希は達也に顔をじっと見られているのを感じた。


「何か顔についてる?」


「やっぱり夏希さんの顔色が真っ青に見えます。

何かあったんですか?

僕じゃ力になれませんか?」


(これは一人で乗り越えなきゃいけない事だからなぁ。)


そう思いつつも心配してくれた少年に、せめて何があったのかを伝えるべきかなと夏希は思った。


「実は今日、彼女に振られたんだ。

彼女だった女の子にウソの説明をして、

それで綺麗に別れられるとか勝手に思ってたけど

実際には独りよがりだった。

俺って最低だなって自己嫌悪になっただけ。」


「そんな、夏希さんは悪くないじゃないですか。

僕、子供だから上手く慰められないけど、

夏希さんは優しい人、でっ、すっ、悪くなんか、ぐすっ、うわあああああああああん。」


「何も達也くんが泣かなくても……」


突然泣き出した達也にビックリする夏希。

達也の隣に駆け寄ると、夏希を見つめながら

夏希さんは悪くない、夏希さんは悪くない、と泣きながら繰り返す。

仲良しの少年が、自分の為に泣いてくれるのを

黙って見ていることができなくなった夏希は達也を抱きしめる。


「大丈夫だから、だいじょ、っうぶだからっ、うっ、くすっ、ううううぅっ」


 達也が自分のために泣いてくれている事に

夏希も泣けてきてしまい、

そのまま抱き合って10分くらい泣いていた。


 泣き終わった時、

夏希は胸のつかえが無くなったような、

非常にスッキリとした気持ちになっていた。


「ありがとう、達也くん。もう大丈夫だから。」


まだ泣いてる達也を抱きしめて頭を撫でながら

夏希は言った。

達也は抱きしめられている腕の中から見上げる。

夏希は憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔だった。

ほっとした瞬間、自分が夏希を抱きしめていた事に気がついた。

思っていたよりずっと華奢だった。

それに抱きしめられている自分の頭に、

まだ小さいながらも、2つの膨らみが当たっているのに気がついた達也は咄嗟に飛び退いた。


「わあっ、ごめんなさい。」


「いいよいいよ。洗濯するから。」


エプロンを汚した事に対する謝罪と思っている夏希に対して、

違いますおっぱいが当たっていた事への謝罪ですとは言い出せない達也はそっと視線を逸らした。


「本当に大丈夫ですか?」


「うん、私はもう大丈夫。」


「えっ、私って……」


夏希は自分の事を、俺と言っていたはずだ。


「うん、ちゃんと女の子にならなくちゃいけないからね。これからは私って言うことにしました。」


「そうなんですね。無理してないですか?」


「うん、大丈夫。

私には悲しい時に一緒に泣いてくれる男の子の友達がいるからね。明日からも頑張れるよ。」


ニコッと笑顔でそう言われた達也は恥ずかしくて、赤くなってうつむいた。


「さあ、冷めちゃったけど食べよう。」

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