第4話 夏希が覚悟を決めて退魔師の力を受け継ぐと、何故か魔法少女になった

とある雨の日だった。母の由紀恵は夜になっても帰ってきておらず、夏希と達也と姉の美咲と3人で夕食を済ませ、達也をアパートまで送っていった。


「夏希さん、今日もありがとうございました。また明日よろしくお願いします!」


「ああ、また明日!」


笑顔で挨拶し手を振る。


「ただいま〜。」


夏希が家に着くと美咲が玄関で待ち構えていた。


「夏希、あんたも来て。母さんが大変なの。宮園さんから今電話で母さんが倒れたって連絡があって、辰江第一市民病院に入院してるの。すぐに行こう!」


「母さんが?いったいどうして?」


夏希が戸惑っていると、青ヘビのニョロナちゃんがスルスルと夏希の体を登ってきて左腕にグルグルッと巻きついた。


「ちょっとダメだってニョロナちゃん、病院には連れて行けないよ。うっ、剥がせない。」


「夏希、仕方がないからそのまま行こう。急ぐよ。」


2人はそれぞれの自転車に飛び乗ると、病院に向かうのだった。


「すいません、母が緊急入院したと聞いてきたんですが、病室を教えてください。私は竜ヶ崎です。」


美咲が受け付けで確認し、7階の特別病棟の個室だと教えてもらった。幸いニョロナちゃんのことは何も言われずに2人は病室へ急いだ。

ノックもそこそこに部屋に入る。ベッドで横になっている母の由紀恵と、その横にスーツ姿の女性、宮園梅子が座っている。梅子は40歳になると夏希達は聞いているが、長身で真っ直ぐな姿勢が美しく、年齢よりずっと若く見える。何度か会った事がある夏希と美咲は梅子に軽く会釈してから母にむきなおった。


「「母さん、大丈夫?」」


夏希と美咲が同時の質問に母が答える。


「ええ、大丈夫よ。すぐに退院できるわ。」


「待ちなさい、由紀恵。あなたそのままだと死ぬのよ。せめて夏希くんにちゃんと説明して選んでもらいなさい。」


死ぬってどういう事?と夏希と美咲の視線が由紀恵に突き刺さる。


「梅子さん、その話しはしないでくださいってお願いしたのに!夏希には可愛い彼女だっているのよ!」


由紀恵が梅子を責めるように声を荒げる。しかしその時梅子を庇う声が夏希の左腕から聞こえてきた。


「落ち着け由紀恵。ワシも梅子の言う事に賛成じゃ。それにお前が無理をしても意味がない。」


母とも梅子とも違う女性の声。それは確かにニョロナから聞こえてきた。


「「ニョロナちゃんがしゃべった!?」」


「ニョロナ、私が無理をしても意味がないってどういう事?」


夏希と美咲は驚きに固まった。由紀恵はニョロナの意図を問いただし、ニョロナはそれに答える。


「もしお前が死んだら、自動的に夏希が次の継承者になるってことさ。無駄死にになるぞ。お前が夏希のために無理をしているのはわかっているが、もう限界だ。」


「でもっ!」


「あの、俺のためってどういう事?」


由紀恵とニョロナが口論になりそうなところに夏希がおずおずと質問する。どう説明しようかと2人が一瞬押し黙り、代わり梅子が説明した。


「夏希くん、竜ヶ崎家の女性には特殊な退魔師の力を受け入れる器があって、退魔師の力を代々継承しているの。継承者によっても力を受け入れられる期間は違うのだけど、由紀恵の器は長期間の力の受け入れには耐えられなかった。早急に力の継承を行わないと由紀恵は死んでしまう。でも今回は姉の美咲ちゃんではなく、男のあなたが器を持ってしまっている。双子というのが関係しているのかしらね。そしてなぜ由紀恵が力を継承せずにいるのかというと、過去の竜ヶ崎の家系でも男性に力の器が出来たことがあったらしいのだけど、力を受け入れた男性は女性になってしまうの。それが夏希くんのためにしている痩せ我慢の内容。」


「ダメよ夏希。梅子さんの言った事は気にしなくていいからね。」


いろんな事を聞かされた夏希はすぐには決断できなかった。恋人の葵の顔が思い浮かぶ。

その時、夏希の服の裾を美咲が掴んだ。泣きそうな顔で夏希を見ている。


「夏希、お願いだから力を受け継いでくれないかな?アタシ、母さんが死ぬのはイヤだよ。」


姉の美咲の泣き声混じりの懇願にハッとする。そうだこれは2択なんかでは無い、と夏希は思った。

母を見捨てるなんてありえない。覚悟は決まり、母に語りかける。


「母さん、俺のことは心配しなくても大丈夫。美咲姉ちゃんにも父さんにももちろん俺にも母さんは必要な人だから何も気にする事なんかないんだ。俺の事を考えてくれてたのは嬉しいけど、母さんがいなくなった時の父さんと姉ちゃんの事も考えてあげて欲しい。それに母さんに万が一の事があったら俺が女性になるというなら、付き合い続けるのも葵に失礼だと思うし。どちらにせよ別れる事にするよ。だから俺に力を受け継がせて欲しい。」


母の手を握り、母の目を見て話す夏希。30分程もそうしていただろうか。母の由紀恵が俯き、涙が頬を伝う。


「ごめんね。夏希…ごめんね。」


由紀恵の涙がベッドのシーツにポタポタと落ちてシミを作る。夏希はじっと待ち続けた。

しばらくして由紀恵が顔を上げ、夏希を見つめる。


「これから夏希に力を継承するわ。手を通して力がそちらへ行くから、身構えずに受け入れてあげてねね。」


夏希はどこか激しさを感じる力の塊が自分に流れ込んでくるのを感じた。

これから男では無くなってしまう事に悲しさはあったが、母のために覚悟を決めている夏希は

感覚的に自分の中心に到達した力の塊に心の中で話しかける。


(これからよろしくな。)


その瞬間、塊から力が少し外に流れ出し、夏希が継承者として相応しい女性の身体に作り替えられてゆく。まだまだ中性的な容姿であるものの、身長が8cmほど縮んで小柄になり、体が丸みを帯びていく。痛みや苦しさはなかった。それに合わせて今着ていた衣服と置き換わって新たな衣服が形を整えて物質化していく。それは深い青色のワンピースだった。鎖骨と肩甲骨が見えるくらいには前後が開いている。腰は大きなリボンベルトで飾られ、ふわっとした膝上の丈の短いスカートにはフリルやリボンがあしらわれていて可愛いらしい。

しばらくの間、夏希は自分の姿が変わってしまった事に気付かなかった。


「もう終わったのか?」


声がもう女の子の声にしか聞こえないくらい変わっていることにまず違和感があった。だが変化はそれだけではなかった。ふと目を下に向けるとフリフリでヒラヒラに変わり果てた衣服と少し膨らんだ胸が見えた。

女性になるのは聞いていたので少し悲しさはあったが理解はできる。問題はフリフリでヒラヒラに見える服だ。

夏希は自分の姿を見るために病室にあった鏡の前に立った。


「あ、あれ?この格好はなんでなんだ?か、母さんあのさ、退魔師の仕事に行く時はいつも巫女服みたいなのを着てたよね?俺の格好って退魔師っていうか、巫女ですらなくて、なんか魔法少女みたいなんだけど…。」


ギギギッと錆びついた機械のように夏希が由紀恵の方を振り向いて疑問を投げかける。由紀恵は一瞬、ヤベッそういえば言ってなかったみたいな顔をした後に申し訳なさそうに返事をした。


「ごめんなさい、伝えてなかったわね…竜ヶ崎家に代々伝わってきたのは雷雨の魔法少女の力です。力を受け渡す前に言わずにごめんね?魔法少女の格好が嫌な場合は何年か訓練したらその衣装というか、実は衣装型の結界なんだけど、形を変えられるから安心して。」


「ほんとうに魔法少女なのか…。まあ力を受け継ぐって決めたのは母さんに無理をしてほしく無いからだし、そこを気にしても仕方ないか。ところで母さんは何故衣装の形を変えたの?」


由紀恵は少し遠い目をしてから答えた。


「夏希も20歳を過ぎれば分かるわ。20歳を過ぎても魔法少女の格好をしていることの恥ずかしさが。」


「そ、そうなのか。まあ確かに結構恥ずかしいな。スカートが短すぎるのにヒラヒラしてて頼りなさすぎる。それに鏡で見たけど俺にはあんまり似合わない衣装だな。俺の体も女の子っぽくはなってるんだけど、腕とか筋肉でゴツゴツしてる。まだまだ男っぽさがあるから今の俺ってなんだかオカマに見える。そういう意味でも恥ずかしいなコレ。」


可愛くなりたいわけではないが、覚悟を決めて男を辞めたのに魔法少女コスプレのオカマに見えるのは切ない。複雑な心境だった。そんな夏希に宮園梅子は声をかける。


「そこは大丈夫だと思うわ。髪が伸びればだいぶ違うし、女の子になったのだから筋肉だって落ちていくことになるから。無駄な脂肪がないみたいだから筋肉が落ちればほっそりとすると思うわ。美咲ちゃんと双子なんだもの。すぐに美咲ちゃんのように可愛くなれるわ。」


「そうだといいですね。オカマに見えなくなるくらいにはなりたい。明日から学校でオカマ呼ばわりされるのかな…」


「その事だけど夏希くん、いえ夏希ちゃんには明日から1週間は休んでもらう事になるわ。魔法少女としての業務の引き継ぎの手続きとか、健康診断もあるし先輩魔法少女から魔法の使い方の指導も受けてもらいます。夏希ちゃんからは何かサポートしてほしい事は無い?」


「手続きがあるんですね。そうですねサポートですか…。ちょっと家族にも聞かれるのは恥ずかしいこともあるんで、別の場所で相談に乗ってもらっていいですか?」


「ええ、わかったわ。由紀恵、美咲ちゃん、ちょっと席を外すわね。由紀恵はもう体の心配はないけど、しばらく弱った体の回復の為に入院も必要だから早めに休みなさいね。」


病室を出て病院内の自販機と椅子が設置された休憩スペースにやってきた夏希と梅子。梅子が聞き役にまわってくれる。


「どんな相談かしら?」


「俺、付き合っている彼女がいるんですけど、女の子になっちゃったからには別れるつもりです。でも彼女のことは凄く好きなので、出来れば嫌われるような別れ方はしたくないんです。魔法少女になった事も出来れば言いたくなくて…母さんと彼女を

天秤にかけて、彼女の事を軽く見たって事ですから。何か彼女に納得してもらえるような、そして現実にありそうな作り話って無いですかね。」


「…あなたは優しい子ね。彼女さんを傷つけたく無いのね。」


「…そんないい話じゃないですよ。自分が悪く思われたくないってしょうもない理由です。」


「わかったわ。何か考えておくわ。また明日、魔法少女の引き継ぎの時にでも話しましょう。」


「よろしくお願いします。」


こうして夏希の運命が大きく変わった1日が終わった。


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