人手不足のブラック企業が社員として猫を働かせるとこうなる

ささやか

にゃんだふる

 株式会社真黒商事の社長室は品のない成金趣味であり、高級リクライニングチェアに座るでっぷりとした中年男が苦々しい顔で葉巻を吸っていた。彼こそが真黒商事の下呂社長である。

 傷一つないマホガニー製の机をはさんだ向かいには針金細工のように痩せた男が立っている。五味専務だ。彼は揉み手をしながら下呂社長に報告する。

「また今月も新人が三人辞めたでやんす。どうしましょ、社長」

「全く最近の若者は軟弱でいかんな。二十四時間不眠不休で会社のために働く気概を持っていないやつが多すぎる。会社に貢献できてはじめて一人前になれるってのにどいつもこいつも人間以下の畜生だな!」

「おっしゃるとおりでやんす」

 長時間労働が当たり前の真黒商事では、もはや日付が変わってからが本番と言ってよい。サービス残業は会社がさせるものではなく、能力のない劣った社員が挽回のためにさせて頂くものであった。

 労働基準法など微塵も順守しなかった。社内ルール、すなわち下呂社長の考えこそが当然に優先されるべきルールであるため、これにそぐわない労働基準法を考慮するなどありえなかった。その結果、見事に奴隷と化した社員を別としても、真黒商事では大量離職が常態化していた。

 業績は辛うじて維持しているが、真黒商事にとって社員不足は憂慮すべき問題であった。

「ああ、全く能無し共が給料分働いていれば私達が悩むこともなかったのに。猫の手も借りたい気分でやんす」

「ふむ、それだな」

「と、おっしゃいますと?」

 五味専務はどれだよと言わなかった自分を内心で褒め称えた。

「社員が足りないなら猫を使えばいいじゃないか。畜生以下の能無しよりは役に立つだろう」

「なるほど。流石社長! 素晴らしいお考えでやんす!」

 こうして下呂社長の思いつきにより、真黒商事では社員として野良猫が大量採用された。

 ああ、もしかしたら読者諸君はこう思うかもしれない。猫に仕事ができるわけないだろ、と。しかし猫がいかに聡明な存在であるかについて今一度考えてみてほしい。人間が行う労働くらい猫にも可能であることは自明のことだ。失敗した場合だって、猫が可愛らしくごめんにゃさいをすれば、誰だってデレデレと蕩け顔で仕方がないなあと許すこと請け合いだ。

 

 野良猫たちはよく働いた。無為に空費していた時間を労働にあてがえば、残飯よりも確実に美味しいご飯にありつけるのだ。おまけに会社に泊まり放題なので雨風に晒されることもない。また、猫にとって労働はこれまでにない新鮮な体験であることが、野良猫の労働意欲を刺激した。

 こうした猫の大活躍により真黒商事の業績は上方修正された。

「流石社長、御見それいたしたでやんす! 一生ついてくでやんす!」

「フハハハハハ、そうだろう、そうだろう」

 社長室で五味専務がごりごりとごまをすると、下呂社長は高らかに笑った。

「業績も上がって、なおかつ人間と比べて野良猫共への人件費は格段に安く済むから、我が社はウハウハでやんす。それと、猫を雇っていることについていくつか取材がきてるでやんす」

「それはいいな、我が社のアピールにもなる。取材はどんどん受けようじゃないか」

 こうして何社かのマスメディアによって、真黒商事はいとも珍しき野良猫を雇う会社として世に紹介され、概ね美談として受けとめられた。真黒商事の業績はますます上がっていった。

 真黒商事をニュースで知ったいくつかのクリーンな会社は同じように野良猫を雇い、なおかつ真黒商事より猫を厚遇した。野良猫ネットワークをなめてはいけない。インターネットにも勝るとも劣らない情報伝達能力を持っているのだ。真黒商事で雇われている野良猫たちは自分たちがいかにこき使われているかを知った。元々気ままな性分を持つ猫にとって長時間労働を苦痛であった上、真黒商事の過酷な労働に猫たちはすっかり飽き飽きした。そこで、真黒商事の猫たちは経営陣に対して待遇改善を求める声を上げた。

 五味専務からそれを聞いた下呂社長は大きな舌打ちをして葉巻に火をつける。今や真黒商事の社員の過半数が猫であった。

「野良猫なぞどこぞで野垂死にするところを我が社が救ってやってるのだ。感謝こそされすれ文句を言うとはお門違いも甚だしい。声の大きい猫を適当に何匹か選んで外に放り投げてやれ。クビだクビ、クビにしろ」

「おっしゃるとおりでやんす、畜生は畜生らしくおとなしくこき使われていればいいのでやんす」

 五味専務が部下に命じ、適当な猫をクビにした。

 これに激怒した猫たちは労働組合を結成し、以前真黒商事を取材をしたマスコミに情報をリークした。そして大々的に記者会見を開き、自分たちの置かれた劣悪な待遇を涙ながらに訴え、さらには労働委員会に労働争議のあっせんを申し立てた。

 マスメディアはくるっと手のひら返しで真黒商事を糾弾し、世論もこれに同調した。実際、真黒商事はとんでもないブラック企業であったので、これらの非難は概ね正当であった。

 こういった後押しにより、真黒商事に雇われていた猫たちは真黒商事をけちょんけちょんにやつけていった。そうして真黒商事の業績が瞬く間に悪化したところで、猫たちは一斉に退職した。悪名が知れ渡った真黒商事が新たな社員を雇うことなどできなかった。人間も猫も。真黒商事が倒産するまでにさほど時間はかからなかった。

 真黒商事を退職した猫たちは、各社に再就職してノウハウを学んだ後、新たに猫の猫による猫のための会社を設立し、充実した猫ライフを送った。にゃんだふる。

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