侯爵令嬢は男爵令嬢の秘密を知りたい
いくら私が、千華の時の様に人生を楽観視しがちで、自分は大変な目に遭う事は無いと思っていたとしても。
本来の自分はネガティブ思考に寄っている。普段は明るく楽観的に見せているだけ。
常日頃から、最悪の事態にならない様に慎重に物事をじっくり考えて、その上で行動することをモットーにしている。
何もない私だから、自分の出来る範疇で立ち回る。限られた物から考えられる最善を尽くす。
ええ、だからこれは
私の中では想定内といえる。
粗野な風貌の青年が、清楚な女性を担いだ状態で空中から着地した。
青年は黒を基調にした軽装に、腰には厳つい刃物を着けており、どこか山賊の様にも見える。…と、女性ことフェリチタは、冷静に考察していた。
「よし、ついたぜお嬢様」
「……急に空を飛ぶの止めてくれないかしら」
「うるせえ。あんたは黙ってろ」
口が悪いと思いつつも、久しぶりの砕けた物言いに少し前世の時の…懐かしさを覚えてしまう。
現在、私…フェリチタは現在進行形で誘拐されていた。
結構な時間を飛行魔法(?)で飛んでいたし、大分遠くへ連れていかれたのかしら。
粗野な青年に担がれるままに、ちらりと回りの様子を伺った。
周辺は木々に囲まれている。遠くの方には、小さな城のような建物があるのが見えた。
ふぅん、あそこが目的地……。
それは、いいのだけど……さっきから頭は下向きでぐらぐらするし、色々とヤバイ。あまり言いたくないが、物理的に吐きそうだった。
「あの、ちょっと。下ろしてくれませんか?……ううっ、気持ち悪……」
「何?……あー、飛行してたからか」
青年に、「令嬢ってのはか弱くて仕方ねぇな」とめんどくさそうにぼやかれつつも、近くの木の根本に下ろしてくれた。
「ごめんなさいね」
「ちっ、少し休んでろ」
といいつつ、私から少し距離を取った。
少しの間、沈黙が続いた。
「早く依頼主に引き渡したいってのに…」
「その人は殿下の愛人の一人なのよね」
「じゃねぇの?…はー、俺は女の方がいいけどよ」
「ふうん。あなたノンケなの」
異性の対象は人それぞれだから関係ないけれども、腐女子的にはつまんねと思ってしまう。
「それが普通じゃんか」
「動物的な本能はそうかもしれないわ」
心が違えば、また別なのだけど。
まあ、難しい問題をここで言っててもあれなので、私は早々に話を切ることにした。
青年が黙りこくってしまった。
……体調を整えている間に、先程までの流れをおさらいして、頭を整理しておきますか。
ーーどうして私が今、誘拐されかけているのか、それは少し前に遡る。
………
………………。
建物の影を挟んで向こう側に、黒いローブにフードを目深に被る人と、目を引くピンクブラウンの髪の女性が、立っている。
その姿から連想されるのは、噂されている『黒いローブの魔法使い』。
女性の方は見覚えがあった。私がソフィー様を連れ出す際に、パウロの隣で固まっていた男爵令嬢…マリアンヌだ。
「……!」
「彼女……」
フェリチタの前に立っている、殿下の騎士が訝しげな表情をしていた。
もしも、彼女があの黒フードの魔法使いに唆されているなら、助けに入らないと。
そう考えている私とは反対に、厳しい表情を向けていた。
「彼女が、何か?」
「はい。彼女には気になる噂があります。将来有望な貴族に取り入っては気のある素振りを見せて、次々と付き合う相手を変えていると…」
「……わぁ…」
可愛らしい顔をして、肉食系女子なのね。パウロ様、もしかしてカモにされたのかしら…?と、そんな考えが頭の中を過った。
話し込んでいたマリアンヌ達の側に、第三の人間がやって来た。
軽い身のこなしをした青年は、へらりと軽く笑いながら話しかけているようだ。
「ここだと、話が聞こえないわね」
「少し近づいてみましょう。……その前に」
騎士様が私では聞き取れない言葉を呟くと、私の体の色彩が一瞬薄くなった。
思わず青年を見ると、彼も若干色彩がぼやけているような気がする。
何かの魔法なのかしら?
「気配を消す術です。用心に越したことはありません」
「魔法は何でもありね」
気配を消す魔法は、私達自身が透明になっているわけではないらしい。
そう、壁になれる訳じゃないのね…けれど何かと情報収集に便利そう。才能があれば私も覚えたいわね。
私達は、彼らの近くにある生け垣の裏に身を潜めた。
黒いローブの人が、低い声で問いかける。
「そちらは順調かい?」
「ああ、あんたらの情報通りさ。これで依頼をこなせそうだ」
「それはよかったよ、上手くいくといいね」
「ああ。侯爵令嬢サマに恨みはねぇが、こっちも仕事なんでな」
しかし、分からねぇな。麗しの王子様ってやつは男なんだろう?同性でもよくなっちまうくらい、可憐な王子様なのかねぇ……。
と青年がぶつくさとぼやく。
ジルベルト王国の王家の血筋は金髪碧眼で、精巧な人形の様に整った顔をしている人々が多い。
国王陛下もダニエル殿下もそうだし、隠れ姫の素顔も美人さんだった。すると、災厄姫もおそらく美人なのだと思う。
「男性にも好かれるなんて……さすが麗しの王子様、好き!」
「うわっ、意味わからねー」
目を輝かせているマリアンヌに少し引き気味の青年に、黒いフードは苦笑をしながら口を挟んだ。
「ごめんね。アンは麗しの王子様とやらに夢をみているんだよ」
「王子様はアンの運命なの!」
「パウロとかいう、婚約者君の事はいいのかい?」
「パウロ様もわたしの大事な人だよ。王子様もパウロ様もチェーザレ様もエンリコ様も好き好き大好き!
わたしだけを見て、うーんと愛して欲しいの」
マリアンヌは遠くを見つめながら
「ダニエル様はアンの特別なの」と目を輝かせて話していた。
彼女、ただの可愛らしい方だと思っていたのだけど…ちょっと目がマジで据わっていて、ヤンデレじみてない…?
……フィーが引いている感情が伝わってくる。そうよね、生粋のお嬢様には、ちょっとキツイわよね。
ええ分かるわよ。私もリアルのヤンデレはちょっと距離を置きたいわ。
「そうだね。お前はマリアンヌ・アンジェラ・ロベルタ。
大丈夫だよ、ダニエル王子は必ずお前を好きになる。
王子の護衛騎士が、お前を見つけて王子の元に連れていく。王子の臣下達もお前に惹き付けられる。
そうして、お前は王子の心の呪縛を解き放つ。そういう運命なのだから」
黒いフードの低い声は優しいのに、どこかざらつく奇妙な響きをしていた。
私の心の奥底の彼女がざわめいている。
〈どうして、わたくしの時の話を〉と慟哭しているフィーの感情が私にも流れ込んできた。
つまり、あの娘がおじいちゃん神様の言っていた「マリア」で、あの黒フードはフィー達が経験した巻き戻り前の未来を知っていると言うこと……?
……というか、彼女の立ち回りとか…やり方はともかく乙女ゲーのハーレムエンドを目指すヒロインみたいよね。
……こんなこと考えるの、不謹慎かしら。
「うふふ。可哀想ねフェリチタ様。幸せなお姫様と言われている彼女が、この場所であなた方に拐われて、ひどい目に逢われるなんて」
「勝手なことを言うねぇ、お嬢さんよ」
「ええっ、違うの?」
…はあ。どうして自分の誘拐計画を盗み聞きする羽目になっているのかしら。
まあ……ねえ。ヴィスタは喜んで彼らの相手をしそうなのよね、レオナルド様もいるし、大事には至らない気がするけれど…油断大敵ですわね。
『おいおい、どーするよレオ。とんでもない話をしているぞ』
「……一旦ここを離れましょう」
彼らも話はついたようで、青年は何処かの建物へ姿を消してしまった。
黒いローブの人は学園の出入口の方へ向かい、残されたマリアンヌは創立記念パーティーの会場へと向かっていた。
………
………………。
豪奢なシャンデリアの下で、きらびやかな正装を見に纏った紳士淑女が優雅にダンスをしている。
またある者は、グラスを手にしながら和やかに談笑を楽しんでいる。
セレステ学園の創立記念パーティーの行われている会場内は、比較的穏やかな雰囲気に包まれていた。スクリーニ家のお坊ちゃんの騒動は、フェリチタが姿を消していた間に収まっていたようでほっとした。
私は来賓客の席に座り、小さく息をつく。その後ろに、王子の騎士が控えていた。
「間に合いましたね」
「ええ。ありがとう……それより先程の」
「……はい。気になる事を」
お題は、私と騎士様の二人で聞いてしまったものについて。後からやって来たヴィスタと共有して、話し合う事になった。
冷静になろうとしているけれど、先程からフィーの意識が動揺しているようで、落ち着いてくれなかった。
うん、大丈夫よ。まだダニエル王子と彼女は出会ってないわ。だから、どうか……
「例の令嬢に関しては、警戒するとして」
「……ねえ、あの口振りだと依頼主は例のモトカレーズじゃないかしら」
「外出先を狙って…か。あり得ない話ではないが……」
「彼らの気持ちは分からなくはないのだけど、段々楽観視出来なくなってきてるわねぇ」
「正直…少しは殿下に苦言を言っても宜しいのでは…?」
「……そうねぇ。けれど、起きてしまった事はどうにもならないじゃない。それならどう乗り切るか、上手くかわしていくか考えた方がよくありませんか?」
こんな事態の対処法は正直経験したことがないが……言い訳するよりもどうトラブルを乗り切るか、ミスを最小限に押さえるかという考え方は、社会人になってから嫌というほど身に染みている。
それに、彼らの計画はまだ起きてないのだもの。色んな事態を想定して何パターンもの対処を考える事が出来るわ。
「……お嬢様はこういう方なのです。ご自身は非力なのにもかかわらず、妙に割りきっておられる」
「まあ。私に『きゃー、こわーい、助けてー』って言って欲しいなら言うわよ」
実際に誘拐されたら、とても怖いもの。
ヴィスタや騎士様達がいるから、恐怖感が薄れているってだけで。
「敢えて拐われて、主犯が分かったところで私を助けるって手もアリよね」
「危険な事はお止めください」
ヴィスタは強く微笑む。
「……いっそのこと、説得や対話が出来ればいいのだけどね」
「対話ですか?」
「ルカとの時みたいに、私は王子との関係は気にしてないと分かってくれれば有難いのだけど……難しいわよね」
スーと入れ替わった時みたいに……まあ、あの時は私の趣味を話さなくては誤解が解けなかったから、……結果オーライだっただけなのよね。
ひっそりとぼやいたつもりだったのだけど、ヴィスタとレオナルド様の二人は顔を見合わせてハッとしていた。
「…それだ!」
「流石です、お嬢様!」
「えっ、なに?どういうこと?!」
それから、三人で細かい相談をして…私達はある作戦を立てたのだった。
………………
………。
それは、私が敢えて拐われるということ。
とてもリスクが高いと思ったが、二人は『フェリチタ様なら大丈夫』だと有無を言わせずに決定されてしまった。
まあ、そのあとに二人の作戦を聞いて、納得してしまったのだけど。
「……あんたが、噂のダニエル殿下の婚約者ってお嬢さんか?」
私の眼前に突きつけられる、銀色の刃。
にやりと笑う、粗野な印象の男がこちらを見ているのが分かる。
大丈夫だ。立ち回り次第でどうにでもなる、落ち着いて……。
腕輪を触りながら、私は頭の中で描くフィーの姿を思い浮かべる。
もしも、彼女がこの場でこの状態になったのだとしたら…
「あ……あなた方は、いったい何処のどなたなのですか?」
深窓の令嬢である彼女なら、突然の事で動揺をする。そして彼らは、フェリチタのリアクションが、そうだと想定している筈だ。
心の奥で、密かにお願いをする。どうか私に力を貸してね、フィー。
「さあ。雇われの何でも屋かね。うちの依頼主がな、あんたに恨みはねぇが、王子様に物申したいんだとよ」
すると、傭兵とか…そんな部類の人間かしら。
続いて粗野な傭兵は、怪我をしたくなかったら、付いてこい。と呟いた。
ナイフを突きつけられながらの脅しに対して、私は頷いた。
安易に逆らって刺激をするのはよくない。
「解りました。ではその殿方の元へ案内して下さいな」
努めて冷静に、怖々と微笑んでみたのだけど、傭兵はぎょっとして変なものをみる様な顔をしている。
半分唖然としている、と言えばいいのかしら。
「……。あんた…物分かり良すぎじゃねぇか。普通はもっと、取り乱したり暴れたりするもんだぜ?」
「私は非力ですもの。力で敵う相手ではないのに、暴れて体力を消耗したくありませんわ」
「……自ら連れていけって言う奴がいるかよ。まあいいか、こっちへ来い」
……何か失敗してしまったかしら。
粗野な印象の男はナイフをしまうと、私を俵担ぎの要領で持ち上げた。
「悪いが、我慢してくれよお嬢さん」
こっくりと頷いて、手首のブレスレットに触る。一瞬だけブレスレットについた宝石から光が点るのを見て、息をつく。
魔道具を使って救難信号を発動させた。これで私の居場所は、リアルタイムで彼方に伝わる筈だ。後は助けが来るのを待つのみ。
さて、待っていなさいな。
本当にあれで、相手を無力化出来るかは私次第だけれども…やるしかないわね。
遥か後方から、侍女の気配を感じつつ私は気を引き締めた。
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