伯爵令嬢は猫の手を借りたい


ーーー話は少し、巻き戻る。


王城に隣接している、植物園。

生き生きと育つ木々が飾られたガラス張りの室内の中で、金色の髪の少女エリーゼが枯葉を集めた袋の中に手を翳していた。中身の枯葉や枝はすぐにぼろぼろと崩れていく。崩れたそれは、段々と茶色っぽくなっていく。

その様子を見ていた黒猫は、暇そうに


『一体、何をやってるのソレ?』

「腐葉土作り。腐食の力で落ち葉を分解して土にしてるの」


仁辺もなく答えた少女。分厚い眼鏡の奥の顔はよく見えない。

少女の手元は土で少し汚れていた。土いじりは、上流階級の女性はあまりやりたがらない事だった。


『貴族のお嬢様がやることじゃないぞ?』

「魔法のコントロールする訓練になるし、植物園の木々の肥料になるから。一石二鳥だよ」


それに私には大層な位はないもの。と少女は付け加える。確かに王家からは外されているが、今の家の父上も貴族階級である。

そこまで卑下する必要ないと思うな、と黒猫ことディアブロは考える。


『眼鏡を掛けたままでも、やろうと思えば使えるんだね』

「うん。ところでディー、今日はお義兄さまは仕事でお城にいないはずよね?」


黒猫はぱちくりと目を丸くした。

興味無いことにはクールな対応の少女だが、今日の話なので覚えていた。

それに、黒猫はこっくりと頷いた。


『フェリチタ様の護衛に着いていったからね』


じゃあ何でここにいるの?と言いたそうに、少女は黒猫に訊ねる。

流石にお仕事をしている主人の側を離れるのはどうなんだろう、とエリーゼは考えていたからだ。


「護衛してるなら尚更、ここにいない方がいいよ」


そう話しつつも、いつもよりも何か考えている様子で、ぱっぱっと手に付いた汚れをハンカチで拭いている。

少女の側にいるのは、それが気になっていたから。それと、不器用な主人の代わりに気を回しているだけなのだが。

黒猫はふーむと首を傾げながら


『お姫さん。もやもやしてるなら話を聞くよ』

「してませんよ。……少し、気掛りがあるだけで」

『何かあったっけ?』

「…この前の、フェリチタ様が襲われそうになったとき」

『ああ。倒れた時のね』


そんなこともあったな、と考えている黒猫に、心底複雑そうに少女が呟いた。


「お家の侍女長から聞いたのですが、お義兄さまが連れ帰ってくれたと聞いて。どうしても信じられなくて……」


エリーゼからすれば、自分に感心なさそうな人である。倒れても捨てて置かれそうなイメージしかなかった。

黒猫のディーは、あの時の妙な慌て具合は面白かったらしく、思い出して笑ってしまった。


『あいつにしては酷く慌ててたぞ』

「そう?話してても、そんな素振りなかったですよ」

『んー、王子様絡みの件で忙しいからな。主犯は尻尾を見せないって頭を悩ませてたし』

「……フェリチタ様が暫く王城に訪れてないのも、安全の為なのよね」


エリーゼは少しだけ、ダニエル殿下の事が可哀想に思えてきたが……その元恋人が元凶だと考えたら、やっぱりそんなことなかった。

王子はもう少しまともになってほしい、と思ってしまう。


『あのさ…お嬢は、まだあいつの事が怖い?』

「……悪夢を見るから」


少女の顔色はわからない。ディーに顔を背けて、小さな声で続けた。


「わるいこになった私が、お義兄さまにころされる夢」

『……それ、また見たの?』


そんなあり得もしない夢を見たと言って怯えている。ディーは怪訝そうな顔をして少女の話を聞く。


「夢の中のお義兄さまは口調も性格も違う。でも、殺しそうな視線は同じ……なの」

『……お嬢、それは只の夢だよ』


それは、精神的な物なのか。別の要因から見るものなのか、ディーにはわからない。

なので、黒猫は少女を励ますことしか出来ない。


『それにお嬢は、わるいこじゃないよ』

「……ディーは優しいのね」


ぽつりと溢す少女の言葉に、黒猫はどういたしましてと笑った。



******



その一方、セレステ学園内。

創立記念式典のパーティーが行われているホールから離れた敷地内の一角で、ソフィーの為にティーパーティーが開かれていた。

メイドに扮したステファニアは、各テーブルを回りつつ、給仕に勤しんでいたのだが、ふうと息をつく。

先程から、少し忙しくなっていた。


「はあ。やっぱりアルマとあたしだけじゃ手が回らないよ…!」

「そうか。なら私も手伝おうか」


すっ、とソフィーが席から立ち上がろうとする。それをあたしは慌てて押し止めた。


「ソフィー様は座ってて。今回はあなたをもてなすパーティーなんだから」

「だったら、俺が手伝ってやるよ」


スーのもとに、人懐っこい笑みを浮かべた少年、アンドレアがやって来た。

有り難いが少し困ってしまう。何せ彼は公爵家の人間だ。あたしの様な家柄だけの没落伯爵家の人間が使っていい人じゃない気がして、気が引けた。


「アンドレア様に手伝ってもらうのは、畏れ多いというか。公爵家の人の手を煩わせるわけには」

「気にしないでいいんだよ。これでも家で給仕の手伝いしていたんだから」


にかっ、と笑ってみせた。

あたしは意外な事を言われて、思わず目を丸くさせた。

ええっ、家で給仕の手伝い…?嘘でしょ?!


「何でもこなせないと一人前とは言えない、がうちのポリシーなんだよ。これはどこに運べばいい?」


アンドレア様はひょいっ、とあたしの持っていたトレイをかっさらっていった。


「……じゃあ、右から2番目の所に」

「おう、OK!」


そう言うと、元気よく持っていってしまった。本当に公爵のご子息様を使っていいんだろうか…。


「フォッジャは本当、かざらない奴だね」

「あんなに気さくだったんだ。アンドレア様の事、よく知らなかったです」

「私も今まであなたの……クオーレ伯爵令嬢はクラスメートだが、それだけで実際にはよく知らなかった」


接点もあまりなかったし、それは当たり前だと思う。

こちらはソフィー様が有名だから知っているけど、その他大勢の内の一人なあたしに興味を持つ方が不思議なくらいだ。

あたしは、学園では別の子達と当たり障りのない会話をしたり、誰かの取り巻きの内の一人として生活していたし。


「だが成り行きとはいえ、ここまでしてくれて驚いている」

「いえ……知り合いが落ち込んでいて、ほっとけなかっただけです」


そりゃあ…。ソフィー様が落ち込んでいるとクラスの人達が悲しむだろうな、と思ったし。

個人的にパウロ様には、体型の事でいじられた事もあったから余計ムカついたのもある。


「パウロ様は少々お調子者というか……弱いものに強気になる部分があるからな。成長すれば落ち着くと思っていたのだが、あれは治らなかった」

「パウロ君か…。根が悪い子ではないと思うのだがね」


二人で話していたと思っていたが、いつのまにかジョヴァンニ先生が着席して、優雅にアフタヌーンティーを嗜んでいる。

それが妙に様になっていた。ちゃっかりしてますね先生。


「例え悪くなくても、婚約者がいるのに他の女性に目移りして婚約破棄するのは違うのではありませんか、先生?」


あたしの台詞に先生は、そうだねと頷いていた。続けて怪訝そうに口を開いた。


「彼はとんでもないことをしでかしたようだね。しかも相手は、あのロベルタ男爵令嬢だ」

「……色々と噂は聞いています。何を考えているのでしょうね、彼女は」

「意図が見えないね。貴族の養女になって気が大きくなっているのか、何か目的があるのか……」

「確かに」


ソフィー様も頷いていた。

サーシャが聞いたら、あの子はマリアンヌ様を目の敵にしそうだわ。

三人で神妙な空気になってた所で、遠くからアンドレア様が声を上げて驚いているのが聞こえた。

思わず顔を向けると、そこには見慣れた背格好の騎士がいた。


「!?……えっ、隊長?どうしたんすか、そんな急いで」

「すまない、アンドレア。緊急事態が起きた。手伝ってくれないか?」

「構いませんけど、急ですね」

「一体何があったんだね、レオナルド君」

「ジョヴァンニ先生。ご無沙汰してます」


二人の間にジョヴァンニ先生が入っていった。先生はおにいとも知り合いなんだね。あたしも何があったのか気になったので、ソフィー様をテーブルに残して彼らの方へと向かった。


「実は、フェリチタ様が……」


おにいが、先生にかくかくしかじかと話している。

何者かに雇われた傭兵?にフェリチタ様が拐われてしまったこと、その後を彼女の侍女ヴィスタが尾行していること。

……いやなにしてんの、フェリチタ様を護衛してたのに。


「早く助けないと…!」

「ああ。それでアンドレアを連れていきたいのですが、生徒をお借りしても宜しいですか」

「どうぞご自由に。無茶はしないようにね」

「……それと先生には話したい事が」


と言うと、おにいは先生と内緒話を始めてしまった。……うーん、気になるなぁ。

残ったアンドレア様と顔を見合わせる。


「犯人、一体何が目的で」

「あれじゃん?ダニエル様の……例の」

「……録な事をしないわね、あのクソ王子」

「それなー」


けれど…心配だな。

誘拐って、脅されたりするって言うし。

フェリチタ様が無事に帰ってくるといいんだけどさ。


「変な目に会ってないといいけど」

「んー…フェリチタ様は普段は常識的なんだが、殿下関連になるとバグるんだ。殿下との話を聞いて怒らせてなければ…」


……あの独特な感性を見たら、大抵の人は戦意を削がれるんじゃないかな。と思ってしまう。

アンドレア様とこそこそと響きあって話していると、話を終えたらしい従兄がこちらにやって来た。

少年は騎士に声を掛けた。


「出発しますか、隊長」


それからすぐに、二人は学園から外へと出掛けて行ってしまった。

……あたしは二人を見送った後に、兎に角フェリチタ様の無事を願っておくしかないか、と考えながらため息を一つ吐き出した。




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