侯爵令嬢は憧れを捨てられない


それは些細なきっかけ。

あの時、彼女が泣いていたから。


私の人生は、とっても平凡でありきたりな……何でもないもの。

ごく普通の…子煩悩の父としっかり者の母と、年の離れた姉と私。家族関係も良好で、趣味の合う友達もいたし、彼氏がいたこともあった。

私は周りの人々と同じように、平坦のない人生を歩んでいた。まあ、30歳くらいになったら今の彼氏と結婚をして、親や姉のように穏やかな家庭を作るんだろうな、と考えていた。


だからこそ、物語の世界や創作をするのが楽しくて仕方なかった。

だって物語の世界なら、彼らの波乱万丈な人生を追体験できるのだから!

物語の世界なら、悲劇的な過去の少年を幸せになることも、平凡な少女が奇跡を起こしてシンデレラストーリーをかけ上がることも。

波乱万丈なことに無縁な私でも、物語の中なら色んな人生に触れられる!!

そう、私は大人になっても空想の世界への憧れを捨てられなかった。


けれどあの時。私の呆気ない人生の終わりに、おじいちゃん神様に呼ばれたあの場でフィーに出会った。

…私の抱いていた幻想は、粉々に砕け散った。

そう。彼らはみんな幸福な訳ではないのだ。

いくらファンタジーの住人でも、彼らは真剣に生きて、人生の壁に悩み、どうにもならない事実に苦しみ、現実の辛さに傷つくのだ。

悲しみに暮れて、涙を流すのだ。


唐突に悟った。

確かに私の読んだ主人公達は、幸せを勝ち取っていたけれど、その周りで不幸になったもの達は、どうなった?

空想に憧れているばかりの私は、そんな些細な事に気付いていなかったのだ。


でも、それなら私に出来る事…何かあるかしら。

平凡で、なんの取り柄もないアラサー女子の私が……何か出来るだろうか。

私は、この子の心に寄り添って生きたい。平凡でも幸せになれるって事を、フィーに見せてあげられたら。


もうあの子のような、寂しいままの女の子を一人にしないためにも。



******



「フェリチタ様。お会い出来て光栄ですわ」

「ステファニア様とはどのようなご関係ですの?」

「このような場を開催して下さり、感謝していますわ」


見知らぬご令嬢達が、私の周りに集まってきて口々に挨拶や思い思いの事を投げ掛けてくる。それに対して私は、公務用の微笑を作ってにこにこと対応していた。

あああ、このキラキラ具合が私には眩しすぎるわ!今の人生は学校の制服に縁遠かったし、少し憧れもあるけれど……どちらかと言ったら、前世を思い出して懐かしいって気持ちになるのよね。

千華だった頃からオタ活してきた私だけれど、高校も大学も普通に過ごしていたし。

それなりに部活したり、友達とファミレスでダベったり、イケメンの先輩にはしゃいだり…、レポートはいつもギリギリまで手をつけないで、前日に必死で纏めていた。

彼氏が出来て喜んでいたら、サークルの姫に取られた事もあったっけ。

あの時は酷く凹んでいたけど、思い返せば彼の何処が良かったのかわからないし…。

……おっといけない、これじゃ懐古厨だわ。


彼女たちも眩しいのだけども、目の端に写る少年達のじゃれつきの方も気になる……ああっ!少年の肩に手を掛けて持たれながら話してる!

リアルの光景が尊い……関係性オタクの血が滾ってくるわぁ…ほんとありがとうございます


「君達、一気に話し掛けたら答えづらいだろう」

「ソフィー様」


私が戸惑っていると思われたのでしょうね。凛とした声音のソフィー様が私達の元にやって来た。

彼女の集まっていたご令嬢達は、一様にお辞儀をして去っていく。


「あらまあ。久しぶりにご学友と話していたのでしょう?」

「ええ。彼らとはいつでも話せますので」


キリッとしている印象のソフィー様が、心なしか明るくなっている気がする。

お友達と話していて、スッキリしたのかもしれない。


「全く。珍しい方がいるからと…」

「フェリチタ様と話せると皆が色めき立ってるみたいなんですよね」

「あらまあ」


私は普段、あまり社交界に顔を出していない。そのせいか、たまに出席すると紳士や淑女にやたらと話しかけられる。

この機会に侯爵家の令嬢とお近づきになりたいと、誰しも思うのでしょうね。

話すことは構わないし、「これも淑女の嗜み」と母にぴしゃりと言われているし…諦めているけれど。

まあね、事前に話せる時事ネタは勉強していくのだけど……ついつい頭の中が趣味モードになってしまっていた。

いけない、侯爵令嬢モードに戻さないと。


「ダニエル殿下の婚約者といえば、深窓の令嬢と名高いラファータ侯爵令嬢ですもの。

このような場所で会えるなんて滅多に無いことですし、仕方ないと思いますよ」


うんうん、とスーも頷いている。

私は珍しい生き物か何かなのかしら…。


「あら。私は皆に感心を持たれる様な、出来た人間ではなくてよ」

「謙遜する必要はありませんよ。あの麗しの王子を射止めた侯爵家のお姫様なのですから」


謙遜、ねえ……するに決まってるわ。

私達の婚約は、予め決められたもの。

お互いが好きで婚約した訳じゃない。大人達の事情や利益、様々な要因が重なった結果なのだ。

ダニエル様も同じ気持ちだと思う。でなければ、女嫌いの殿下が今回も前回も婚約者を作らない筈だもの。


まあ、ね。個人的には、ダニエル様は私の前世の推し、ヒューリック様にそっくりなのよ!

いつも推しの供給ありがとうございます!尊みの極み……てぇてぇ…とか思ってる婚約者よ……私は!

一介のファンの私が、謙遜しないわけがないわよ!


「ダニエル殿下が出席されるのを楽しみにしていた生徒もいたようですがね」

「そうですね。……ジョヴァンニ先生。ごきげんよう、お久しぶりです」

「こんにちは。あちらのテーブルのスコーンは食べましたか?」

「いえ、ですが私のいたところのクッキーが…」


ジョヴァンニ先生とソフィーは、その後にどのテーブルのお菓子が美味しいか、と会話に花を咲かせていた。

私は思わず目を丸くしてしまう。


「誰とでも話せるのねソフィー様、まさに委員長タイプって感じね」

「学年次席ですから。品行方正ですし、こんなに人が集まるくらいには慕われていますね」

「あの対人スキル。羨ましいわ」


ソフィー様の事を話しているスーは、少し誇らしげで、なんだか微笑ましい。同級生が誉められて嬉しいのかしら。


「ところで、フェリ様。あの王子様は公務を任せて何をしているのですか?」

「それが、アベル様が今日こちらに戻ると連絡があったらしいのよ」


急な連絡だったようで、忙しい父王に代わり、ダニエル様が王城で出迎えをする役目になったそうだ。


「アベル様って、辺境で静養中の第二王子様ですよね」

「そのお陰で、こうしてお茶会を開けるわけだけど……」


本当は別の場所でお茶会をする筈だったのだが、まだ先の襲撃犯の主犯が捕まっておらず、お茶会を開くのに若干不安だった。

そこで、殿下の代わりに訪れる話になったので、いっそ学園の中ならばある程度安全じゃないかという話になった。

セレステ学園は貴族の子女の通う場所。生徒達を守るために、セキュリティもしっかりしていると思ったのだ。

それはいい、いいのだけど…


「フェリ様?」

「……兄弟の再会、私もこの目で見たかったわ!」

「そこまで悔やむことですか?」


それはもう!


「推しの変化は、一秒でも目に焼き付けておきたいのよ!」

「……ええ……」


どうして少し飽きれ混じりなのよ。

というかスーも、殿下の事をお慕いしていた筈じゃなかった?

……あれ、私の勘違いかしら?


「…フェリチタ様、こんな所にいたのですか」


そんな私達の所に、祝祭用の服に剣を下げた青年が私達の方にやって来た。

ふむ、やっぱり彼を完全に撒いて来れないか。影武者にヴィスタを置いていた筈なのに、失敗したみたいね。


「あらレオナルド様。ここにいるのがバレてしまいましたわね」

「貴女が会場から逃げたと聞いて、探してみれば……何をしているのですか?」

「んー。だってパーティーに出れない生徒達は蚊帳の外らしいじゃない。それはつまらないでしょう」


真剣な顔の青年に対して、私は何てことない風に返した。すると私の側に、ヴィスタがひらりと舞い降りてくる。


「お帰りなさい、ヴィスタ」

「お嬢様。やはり私に貴女の役は荷が重いです」


そうなのかしら、と聞けば「お嬢様は唯一無二ですから」と最もらしい理由を言われたけれども、……誉められているのか複雑な気分ね。

あらま。騎士様は今度はスーの方に向いていったわ。


「ステファニア。もしかして、これが開きたかったお茶会というやつなのか」

「そうだけど……おにい、どうして学園にいるの!」

「殿下の代理で創立記念式典に招かれたフェリチタ様の警護で来ている」

「まじか。……うーん、そっか……」


スーの顔が、明らかにまずい物を見た顔つきになった。

……あとで騎士様にはスーを叱らないように言ってみましょうか。


「フェリチタ様を護衛している方ですね。初めまして、ソフィー・フェノールと申します」

「ああ。あのときの。お元気そうで何よりです、ソフィー様」


そう言ってから、騎士様はソフィー様に名前を名乗っていた。

あの時はソフィー様がすぐに気を失っていたから、こんなふうに挨拶する余裕がなかった筈だものね。


「助けて頂き、感謝しています」


ソフィー様は、折り目正しい動作で騎士様に助けられたお礼を述べていた。


「ソフィー様は騎士の名家の生まれで、剣術を嗜んでいらっしゃるのよ」

「そうなのですか……ではなくて、フェリチタ様」


騎士様は私の方に振り向くと、

すっ、と私に手を差し出して来た。

……こ、れ、は?


「これから式典の行事が始まります。出席をして下さらないと」

「……わかりました。公務が終わったら、ここに戻ってきてもいい?」

「式典に出てくれるなら、構わないですよ」


観念した私は、差し出された手を取った。

まさかの騎士様にエスコート(というか連行)されて会場に戻ることになってしまった。

……んー、エスコートされたらもっと嬉しい気分になる筈なのだけど、何故かドナドナされていく気分だわ。



………………

………。


式典の行われている会場へと向かっていく騎士とお嬢様。彼らの姿を見送っていたのは、残されたステファニアとソフィーの二人だ。

連れていかれるフェリチタの顔が、少し諦めた表情をしていて、二人とも苦笑していた。

とはいえ、精悍な騎士と儚げな令嬢の二人である。その姿は絵になってもおかしくはないとスーは感じていた。


「王子でも姫でも様になるのだな、フェリチタ様……」

「そうですね。それよりも朴念仁の従兄がごめんなさい」

「いや、職務が優先なのは仕方ない」


ソフィーはさっぱりとした口調で答えた。「自分の口からお礼を言えてよかった」と。そんな話をしている二人に、茶髪の少年がいつの間にか駆け寄ってきていた。二人の同級生、アンドレアだった。


「あー。隊長な。あの人頭が固すぎて泣いた女性が数知れないんだと」

「そうなのか……」

「どこ情報なのよ、それ」

「メテオール卿」


それは冗談半分で、女性の気持ちがわからない奴だと揶揄されているのでは?とスーは考えてしまった。


「何なら、今度うちの団の見学に来る?あんたならそこそこ強いし、体を動かすとスッキリするかも知れないぜ」

「ああ、一理あるな」


いつの間にか二人とも楽しそうに笑っていた。

それを見たスーは何となく、女騎士の格好をしたソフィーを思い浮かべてみた。

その彼女の横に、いつの間にかヴィスタが立っていた。


「ステファニア様。空想もそこまでに」


クールな彼女の一言によって現実に引き戻されたステファニアは、お茶会の給仕に戻る事にした。



………………。

………。



ヴィスタからのお小言も結構凹むのだけど、たまに別の人から貰うお叱りも、それはそれで心にくるものがある。


「自由になさるのは構いませんが、あまり派手な行動は慎んでいただきたい」

「はい。ごめんなさい」


私の前を歩く騎士様。彼についていく形で私は歩いている。

エスコートには馴れているけれど、あまり嬉しくないのは、お小言を食らっているせいかしらね。


「わかっていますか?……あなたが無事で良かったのですが……どうしました?」

「私の心配をしてくれたのね。ありがとう」


お礼を述べると、おもいっきり変な顔をされたのだけど。


「そう思うなら、少しは自重をして頂きたい」

「そうは言っても。公務中は模範的に振る舞ってますわよ」

「……あなたは、たまに見た目にそぐわない突飛な行動をされますし」

「まあ、それは誉めているの?」


自慢じゃないけど、フィー……フェリチタの見た目は儚げな美人だものね。中身が私だからちぐはぐなのだけど、本来は大人しくて可憐な女性。

……今更な話だけど、私がフィーの評判を下げてないか不安になってきたわ。


「……。殿下は今頃、アベル王子のお出迎えをしている頃でしょうか」


……あらこの人、誤魔化すのが下手ね。

表情はあまり出てないけれど、バレバレよ。まあ……お小言も聞き飽きたし、その話に乗りましょうか。


「第二王子がこちらに戻ってくる日と、公務の日程が重なるなんてね。偶々なんでしょうけど、少し残念だわ」

「ああ。フェリチタ様はアベル王子をご存知なのですか」


それが、度々会っていたみたいだけど全く覚えていないのよね。


「私は幼い頃で全く覚えてないのだけど、お会いしたことがある様なのよ。レオナルド様はどうなの?」

「遠くから姿を見たことは、何度かありますね。王妃様によく似た容姿でした」

「ふむ。…儚げな美青年とみたわ。うふふ……」

「今は公務ですから、それは程々にして下さいね」


少しくらいはいいと思わない?

……あら、ダメなのね。そう……。


「もう!……あ、そうだわ。隠れ姫はもう元気になった?」

「数日休んでましたが、良くなっています。ご心配をお掛けしたようで、すみません」

「いえ、元気ならいいのよ」


この前の事は、私と行動しなければ巻き込まなかったわけだし。若干の罪悪感というものがあったのだ。

……あとで、また植物園へ様子を見に行けばいいかしらね。


「……まだ、この前の主犯は見つかってないのよね」

「逃げ回っているようです。

…ですから、今日は特に一人にならないように。貴女を守りきれなくなってしまいます」


微笑で聞いていたけれど、急に真顔で言われると、リアクションに困るのよね。

それ多分、私にじゃなくてもっと大切な人に言う台詞では……?!

んー……多分だけれど、この人他の人にも言っていそうなのが想像がつくわ。

……あ、閃いた。


「ねぇ、それ殿下にも言ってるの?今度私の目の前で殿下に言ってみない?」

「なぜそんな話に」

「私の趣味が捗るからよ!」

「……丁重にお断りさせていただきます」


だってね、殿下の前で言っているシチュを考えたら、妄想が捗りそうなんだもの!


「あらま。残念」

「フェリチタ様、お静かに。人の気配がします」


折角楽しかったのに。

……騎士様は足を止めると、学園の建物の影に隠れて辺りをうかがっていた。

私はその後ろから、小さな声で訪ねる。


「…また例のモトカレーズのけしかけた奴ら?」

「いえ……あれは」


固まる騎士様を余所に、青年の影からにゅっと現れた黒猫は、軽い身のこなしで私の肩に乗ってきた。

そうして、すいっと視線をある場所に向ける。そちらを見て、ということだろう。

騎士様の横から顔を出して、ちらりとそちらを見ると…そこにいたのは黒いローブの人と少女が何か話している姿だった。

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