王子は初恋を忘れたい




国を背負うには、それに見合った知性と行動力を兼ね備えた者を結婚相手に、と幼い頃から散々言われてきた。

年下の従姉妹が言うには、それが当たり前よ、と言っていた。


今でも覚えている。

幼い頃のお茶会の席で、さらさらの銀色の髪にリボンをかけて、ぱっちりした睫毛に透き通る青い瞳をした、白い陶器のような肌の……まるで妖精のようなあの子のことを。

それまで女と言う生き物が嫌いだった俺が唯一、綺麗だと思った少女だった。

きっとそれは、一目惚れというやつなのだろう。

その彼女は成長をするにつれて、美しい外見はそのまま儚げな印象に成長したが……中身は大分クレイジーな方面に成長してしまった。

……女が嫌いだと普段から言っていたが、彼方も俺の事など毛ほども気にしていないとは。そんなことを言っても女は言い寄ってくる者ばかりだから。

自分が盛大な勘違いをしていたと、今更ながら気付くとは思わなかった。




「……何故だ…!中身もそのままだったら、アイツは完璧だと言うのに」

「や、殿下も中身部分はかのお嬢様と、とんとんですよ?」


にっこり、と折り目正しい服装の青年が笑っている。

黒髪を束ねて一つに括り、金の瞳は此方を呆れたように見つめてる。

彼の名前はミシェル・メテオール。

数少ない王子の幼少の頃からの側近の一人であり、宰相の跡取りと目されている青年だった。


「なんだと!」

「そうですね。まず女嫌いで女性に冷たい、許嫁がいるのに恋人をつくる、しかも、男に走る」

「…性別は関係ないだろう」


普通の人間ならね。とミシェルは呟く。


「殿下は次期国王にならせられる御方。世継ぎのことを考えねばならないでしょう」


うぐ。と王子は言葉につまってしまう。

言葉遣いは丁寧ながらも、歯に衣を着せぬ物言いは、気心を知れたものでないと言えないだろう。


「そもそもですがね。仮にも仕事の場に恋人を連れていって、あまつさえその場で見せつける人に、情など沸かないですよ」

「……あれは、それをネタがどうのと訳のわからぬ事を言っていたが」

「分かりきってる事じゃないですか。あなたの婚約者様は、殿下の事を一ミリも気にかけてないことくらい」


せいぜいこれは義務だと思われてるでしょうね。と駄目押しを押しながらも涼やかに王子を見ているミシェル。

とても重い言葉だと、王子は黙ってしまった。


「それに、あの方がその様な価値観になったのは殿下が悪いのですよ。どこかのタイミングで本音を言って差し上げればまた変わったでしょうに」


まるで、今まで二人で居るチャンスはたくさんあったのに、と言いたそうに言われて王子はふん、と鼻を鳴らす。


「そのようなものはわからん。婚約者になると言うことは、少なからず此方に好意があるからではないのか」

「おや、なんてお花畑な思考」

「そろそろ不敬だとうったえるぞ」


ころころと微笑みながらも、青年は喋ることを止めずに口を開く。


「……では、あなたのお父上とお母上はお互い何も知らない状態で夫婦になられましたよね」


ダニエル王子の両親、ジュリアス王とシャーロット王妃は政略結婚だ。

それも王妃は他国の姫君だった、国同士の取り決めで婚姻を決められた二人だ。

王と王妃の仲はそれなりに上手くいっているようであるが。


「いや、それは」

「貴族の婚姻は恋愛結婚をなさる方が珍しいのです。ですからフェリチタ様もそれをお分かりの上でいるのですよ」

「……」


いいよどむくらいなら、何故彼女を大事になさらなかったのですか?

暗にそう言いたげな従者のミシェルに、

王子の頭の中で、あの一件で従姉妹姫に言われたお説教が思い起こされて、じわじわと後悔をしていた。




******




程よく暖かな空気と明るく日当たりのよい庭園といった場所だった。

ここは王家の所有する植物園(という名の庭園)。黒髪の少年がちょこまかとうろうろしながら、大きな声で叫んでいた。


「おーい、いるんでしょー?深緑のお姫様ー、隠れ姫!」


そんな少年に「うるさい」と声を掛けて来たのは、分厚い眼鏡をした金髪の少女だった。


「いたいた、植物園の隠れ姫」

「酷いネーミングセンスしてるわ」


はあ、と嘆息をしながら冷たく呟くと、少年はトーンを低くさせて少女を睨み付け、声を荒げていた。


「ああん?こっちが下手に出てれば調子に乗りやがってクソアマ」

「ルカ、要件は?」


少年の声にも怯まずに少女…エリーゼは、さっさと済ませようとルカの愚痴をぶったぎって切り替えた。

少年は一瞬きょとんとした。


「あ、ああ。僕の大切な王子様から、エリーゼ様に預かりものだよ」

「そう、いつもありがとう」

「ふん、お礼は王子に言いなさいよ」


少年は王子のお使いで、たまに隠れ姫である少女と話した事があった。

王家の血筋でありながら、王妹である母の醜聞のせいで日の当たる場所に立てなくなった少女。

いまは養子先の家族の元で慎ましく暮らしているが、王家はいまでも少女に植物園の管理を手伝わせていた。彼女の姿を見るものがいないから……隠れ姫と呼ばれる所以である。

封書を受け取った少女は、そっぽを向く少年をじっと見た。眼鏡の奥はよく見えず、感情もあまり読めない。


「な、何?文句でもある?」

「ハーブティーを淹れてるの、良かったら飲んでいって」

「はあ?僕は暇じゃないのに」

「お礼に王子の昔の話を聞かせてあげようと思ったのに」

「是非お願いします!」


それならこっちよ、と少女が庭のエリアからテーブルのある場所へと案内をした。


「座って」


すとん、と椅子に座ったルカは神妙な顔をしていた。

少女が自らポットを手にして、ハーブティーをカップに注ぐと、少年の前に置いた。ここには侍女もいない、自分でやるのが常だからだ。


「どうしたの?」

「仮にも姫様なのに手際いいよね」

「血筋は関係ないと思うわ」


さして気にした様子もなく、自分の分のハーブティーを注いで向かいの席にすわった。

少女は受け取った封書に目を通すと、ふうと息を付いた。


「……あなたをここの手伝いに回すと書いてあるのだけど、本気かしら」

「本気らしいよ。まあ僕がダニエル様の側を離れるのは、けじめみたいなものだから」


けじめ?と首を傾げるエリーゼに、ルカは頷いた。


「一応フェリチタ様に危害を加えた犯人だからさ、僕」

「…そうね」


とはいえ。当の被害者だったフェリチタは、ルカに対して特に処罰を望まなかった。それどころか「王子のそばに私がいたら、邪魔だと思うわよね」とあっさりとした感じで同情的な事を言っている。

何となくあの人には勝てない、とルカは唐突に悟ってしまっていたのだ。


「それに、ダニエル様からは関係を精算しようと言われてさ、冷めてきちゃったんだ」


何とも神妙なルカの言葉を聞いた少女は、眼鏡の奥の目を白黒させて動揺していた。


「え……クソダサ眼鏡で地味な私にさえダニエル様へのヤキモチを剥き出しだったあなたが?」

「自分でいうなよ」


それもそうだが、眼鏡をかけた自分を鏡に写すとその通りなんだもの、とエリーゼは自分でそう思っていた。


「ええ、お義兄様が私を睨むくらいだもの。かわいいと誉めてくれるのはお義母様くらいだわ」

「それはどや顔するところじゃないよ、隠れ姫…」


ルカがちょっと呆れたように言いながら、よしよしとエリーゼの頭に手を置いた。

これは茶化されてると思った少女は、さらりと「はいはい、そうですね」と言って止めさせようとする。

そう構えなくても、と少年は苦笑を溢した。


「魔法で何かするつもりないよ。王子に怒られてしまうから」

「気持ちが冷めてるのに王子を気にするの?」

「嫌いになったわけじゃないもんね」

「むう」


肩を竦める少年の様子を見た少女は、少し考え込んでから彼に言葉を投げた。


「どうして彼女達にあんなことをしたの?」

「……あれさ、実は街で黒いローブを被った人に教えて貰った魔法だったんだよ」


その人からは、『外見が少し変わる悪戯魔法』と聞いてたし、とぼやくルカにたいして、エリーゼの方は怪訝そうに呟いた。


「いかにも怪しげなものを掛けるなんて…」


少女は、顔色を曇らせて心なしか引いているようだった。

ルカも、僕もどうかしてたと思う。と自嘲気味に呟いていた。


「不思議なんだけど、あのローブの人の言う事を何故か素直に聞いてしまったんだよね……」

「……それは妙ね」


話のなかで疑問が出てきたところで、

二人の所に王子の騎士がやって来た。

やはり鋭い視線が少女に向けられている。

少女はきょとんとしつつも、いたって普通に対応をする。


「随分とのんびりしているんだな」

「あら、お義兄さま。そちらもお暇なのですか?」

「ねえ。何でそんな平然と会話してるのかな」


鋭い目線のままの騎士に、怖いと顔を青ざめるルカ。だが少女は特に気にした風もなく淡々としている。


「…必要以上に馴れ合うな。それは王子の婚約者を害した者だ」

「彼は今日からここを手伝う人なので、お話をしないと仕事も出来ないでしょう?」

「あのさ。僕は女に興味ないし、心配しなくても大丈夫ですけど」

「……?何か不都合があるのですか?」


心配…とは?と少女は不思議そうな表情を浮かべている。青年は何とも言い難い表情で、少年へ向いた。


「…ルカ、この通り義妹は色んな物に疎い。あまり余計な話をするなよ」

「デフォで睨み付けてる人に言われたくないんだよねぇ…」


少し心配した素振りをしてるくせに、何でその義妹を鋭い眼光で睨みつけてんのコイツ。とルカは呆れ果てた。


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