伯爵令嬢は玉の輿に乗りたい
「……お前は誰だ?フェリはその様な事は言わない!!」
温度のない、冷ややかな表情だった。
麗しの王子様と言われていた殿下の思いも寄らないそれに、それ以上何も言えなかった。
……あたしが彼女ではないと見抜かれていた。
そんな馬鹿な。美しい容姿ならば、どんな人にもモテるんじゃないの?
何よりも、目の前の現実が信じられなくて。
あり得ない事実の連続で、もう耐えられなかった。
「……っ!!」
気付いたらあたしは、部屋を飛び出して駆け出していた。
******
赤いくせ毛の髪に、金色の目。
あたしと同じ要素を持つ妹は、スラッとした手足とスリムな姿で可愛らしい目鼻立ちをしていた。身内の目から見ても美少女だった。
対して私は、にきびとそばかすだらけの顔で、瞼もぱんぱんで糸目になっていて、控えめに言ってぽっちゃり体型……。
お父様もお母様もそんなあたしを可愛いと言ってくれていたが、それは身内の欲目でしかない。周りはいつも妹とあたしを見て、妹ばかりをちやほやしていた。
それを見るたび、美人なら誰にでもモテる、なんであたしはブスなの?と思うようになっていった。
そのうちに、あたしはすっかり美人を僻むようになっていた。
容姿が違うだけで、どうしてこんなに扱い方を変えるのか、理不尽だと思ってた。
そんな妬みの塊のようなあたし…ステファニア・クオーレにも、僻む気持ちが失せる相手がいた。
それが、フェリチタ様だ。ラファータ侯爵令嬢にして、儚げな美しさと賢さを兼ね備える、貴族の憧れの方。人に慕われていて、誰にでも優しくて…この国で一番幸せなお姫様と噂されていた。
彼女の婚約者は、麗しの王子様と呼ばれている第一王子のダニエル様。
どんな身分の国民にも優しく、慈善活動を惜しまず貴族の方々からも評判がよい。それに、何よりもとっても整った顔立ちで美しかった。
…貴族令嬢達は皆、殿下にお近づきになりたがっていた。あたしもその一人。
お二人が並ぶ姿は、とてもお似合いだった。初めて生で二人の姿を見た時に、貧乏貴族のあたしには無理だと悟った。
完璧過ぎて、僻みもなにも出なかった。
そもそもクオーレ家は、伯爵家と言っても栄華を誇っていたのは昔の話。
現在は落ちぶれてしまっていて、爵位はあるがそこそこ歴史のあるお家、といった感じなのだ。
お父様も元々は爵位を継ぐ予定ではなく、伯父様が亡くなられて仕方なく…従兄弟が引き継ぐまでの期限付き。
そのせいか妹は、今のうちに婚約者を見つけようと躍起になっている。両親も、引き継ぎ終えたら二人で旅をしながら過ごそうか、なんて能天気に話している。
家族の中であたしだけなのだ、将来の目標もないのは。
だから、焦っていたのだと思う。
とある日出席したパーティーで、よろけた拍子にフェリチタ様を巻き込んで崖(バルコニーの下が崖だった)を転がり落ちてしまったのだ。
バルコニーの手すりが脆くなっていたのか、あたしの重みに耐えきれなかったのか、そこは知らない。
手すりが脆くなっていたのだと思う、きっと!
その時、奇跡が起きた。
次に目覚めた時、あたしの世界は一辺していた。
「起きてください、お嬢様」
目をあければ、見たこともないクールな美女と、豪奢な天涯付きのベッドが視界に入る。
どこに来たのかも分からずにふと、自分の手を見る。白くすべすべの肌に、スラッとしていた。
目の錯覚なのかと鏡を見たら……そこに銀髪の美人が写し出されていた。
「……っなんでええええ?!!」
びっくりして、口から変な声が出てしまった。
……そのあと目眩がしてきた。
ナニコレ、いや夢でしょ?
あたしが僻み過ぎて、神様が願いを叶えてくれちゃったの?でもあたしが美人になれるなんて嬉しいー!
それからクールな侍女……ヴィスタさんから話を聞く限りでは、崖から落ちたフェリチタ様は、幸いにも相手の令嬢が下になったお陰で擦り傷で済んでいた、とのこと。お医者様の診察を受けて異常なしと言われて帰ってきた、そうだ。
ぽかんとして聞いているしかなかった。
あたしは、フェリチタ様と入れ替わっていたのだった。
まあ、でもこれは…「ダニエル様とお近づきになれるチャンスでは?!」とか考えていた。それに、あのフェリチタ様だ。さぞスゴい交遊関係があるのだろうと、全く違う生活が始まるのに内心わくわくしていた。
……そう、思ってた時期があたしにもありました。
「お嬢様、今日のスケジュールは…午前からレッスン、お昼をはさんで午後は講義です」
「……ええ…。今日もですか?」
「これも次期王妃になるための勉強でございます。それと…」
あたしがカップを持つ手を、ヴィスタさんがちらりと見ている
「最近、少したるんでおりますね。マナーも覚え直ししますか?」
ひえっ!
……こ、侯爵家の令嬢の方々は皆、綺麗な所作だと思っていたけれど…あれは努力をして覚えていたのね…勝手に身に付いてるものだと思っていたわ。
フェリチタ様の生活は毎日何かしらの勉強や講義をしていて、とても忙しかった。そのような日常の中に、彼女を誘う友人の連絡等は全くなかった。
てっきり、毎日優雅にティータイムを楽しんでいて、お友達と噂話に花を咲かせているものだと思っていた。なんなの、これ。
あたしの考えていた生活とは違う。
だって、美人になれば何でも手に入るって…そう思っていたのに。
「……事故のショックで忘れてしまったのかもしれませんね。お相手のクオーレ伯爵令嬢は、あれから引きこもっておられるそうです」
「そう、ですか…」
……そうよね。
あたしよりも、フェリチタ様の方がショックを受けているわよね。
だって、あたしの体だし……。
「それとお嬢様、そろそろダニエル様ともお会いしないと。心配されておられるかもしれませんし」
「……そうですよね!」
心の中でやった!と思い明るく答えると、ヴィスタさんは怪訝そうにあたしを見つめた。
「あら、お嬢様珍しいですね。ダニエル様に会うのを喜ぶなんて」
「え?!…いえ、久し振り…なので!」
「…そうですか。くれぐれも侯爵家の品位を落とさないようにお願いしますね」
…さらっと重いことを言うのよね、ヴィスタさん。
何となく関わるうちに分かったことだけれど、フェリチタ様とヴィスタさんは長い付き合いだそうだ。
それなのに、案外不振がられないものなのね。
それから数日後、あたしはとうとう近くで王子様と対面することに!
……いつも、二人はどんな会話をしているのかしら。
ボロが出ないように、でもフェリチタ様らしく…品よく儚げに。よし、やるわ!
ラファータのお屋敷を出る時から結構緊張していて、お見送りの人たちに今さら何で?と言われそうな顔付きをされていた。
だ、だってあたしは、ほぼはじめましてだし。それに相手は麗しの王子様…!
どんな顔をして会えばいいの!?
ぎくしゃくしながらも、王城の中を案内されて……特に怪しまれることもなくダニエル殿下の私室の前に来た。
「…来てしまった……!」
それでも、意を決していかなくちゃ。
コンコン、とノックをして、「入れ」と反応があるのを確認してドアノブを捻って扉を開ける。
「……な、に…?」
部屋の様子が飛びこんで来る、その光景を見てぎょっとした。
そこには。
美形な王子と、その側で王子の腕にくっついている小柄な少年がいた。
漆黒の艶のある髪を後ろで一つに括り、澄んだ青い目をした、一見かわいい感じ。
くっついてる、てものじゃない。なんか親密すぎるというか……腕を絡めて手を繋いでいるし。しかも、あたしを見て鼻で笑ってるし。
……この少年、何なの??
「何をしている、……お前?」
「ひえっ、……いえ、失礼します」
とにかく、部屋の中に入った。
「えーと、そのお隣の方は?」
「あっれー、忘れちゃったの?僕は殿下の従者のルカだよ、…ねぇ?」
「そ、そうですよね」
…なんかちょっと距離感がおかしいと思うんですけど?!従者の少年は、明らかな敵対心をこっちにバシバシと向けているし…
まるで、ライバルに対する敵対心みたいな…。
「…おい。もういいだろう、離れないか」
「えー?いやですぅ。だって僕…殿下と離れたくなーい」
「そう言うな。後で相手をしてやるから」
「本当に?…絶対ですよ?」
ルカと言う従者は、そっと離れていった。
……あたしは、何を見せられている?
何だか男同士じゃなければ深い仲の恋人のようなやり取りにも聞こえてくる。
どういうこと?
だってフェリチタ様と王子様は、仲睦まじく過ごしていると聞いて…
「…ど、どういうことですか!?」
「!?」
だんっ!
と令嬢らしからぬ動作で、あたしはヒールを大仰に鳴らしてダニエル王子の元へ詰め寄っていく。
「あなたは、婚約者を差し置いて…その従者と…男と何してるんですか!」
そのまま、目の前にある綺麗な顔を睨み付ける。
「何って…僕達は恋人同士だから、だよ?」
あたしの横に、ひょっこりと顔を出すようにしてにやにやと笑うルカが、おかしそうに囁いた。
「……は?」
「前に言っていたはずだが?俺は女が嫌いだ。あんな権力と欲に媚びるだけの醜い者共など…それなら、同性の方が余程気が楽だ」
「……だから、男の恋人を作るって…!」
……コイツ、信じられない!
私達の憧れをこんな呆気なく、あっさりと踏みにじるなんて!女の子が嫌いなら最初から声高に主張しといてよ!
ルカは論外ね、文句なしで嫌いだわ。
ぶるぶると震えていると、「それよりも…」
と王子があたしを鋭い視線で見ていた。
「……お前は誰だ?フェリはその様な事は言わない!!」
温度のない、冷ややかな表情だった。
麗しの王子様と言われていた殿下の思いも寄らない声音に、それ以上何も言えなかった。
……あたしが彼女ではないと見抜かれていた。
そんな馬鹿な。美しい容姿ならば、どんな人にもモテるんじゃないの?!
何よりも、目の前の現実が信じられなくて。
あり得ない事実の連続で、もう耐えられなかった。
「……っ!!」
気付いたら、部屋を飛び出して駆け出していた。
必死にあの場所から離れたくて。
走って、走って……
息を切らして走り続けて…
気づいたら、大きなお庭にたどり着いていた。
「な、なにここ。庭園?」
「違うわ。ここは、王家の管理する植物園よ」
背中から、少女の声がした。
ばっと振り向くと、そこに分厚いレンズのメガネをかけた、金髪の少女が立っていた。
「あなた、ここの人?」
「ええ。私はここを手伝っているわ。……付いてきて」
その少女の後を付いていくと、少し拓けた場所についた。テーブルには、ティーポットとカップとお菓子が置いてある。
「ねえ、あなた、名前は?」
「エリーゼ。……あなた、クオーレ伯爵令嬢、ステファニア様ね」
「…?!何で…分かるの?」
だって、今のあたしの体はフェリチタ様のものだし…とごにょごにょさせていると、エリーゼと言う少女は事もなげに、あっさりと返してきた。
「今のあなた、フェリチタ様の持つ魔力の波長とは違ったから」
「でも。あたしはエリーゼと会ったことはないわよ」
「私は、貴女を見たことがある。…ロザリア様の再婚祝いにいたでしょう。私、その再婚相手の娘だから」
「……おばさまの、じゃあ…」
と、そこへがたいの良い人間がやって来た。
あたしのお父様に少し似た色合いの髪をした、従兄の姿だ。
「フェリチタ様……!」
何故ここに…?と思い、はっとなった。
従兄のレオナルドは、王子を護衛する騎士をしていると聞いている。
「隣の部屋に控えておりましたが、急に飛び出されて驚きましたよ」
……ああ、これは。心配して追いかけて来てしまったやつだわ。
「あら、お義兄さま」
「…何故、お前が……」
こっちは何だか、殺伐としているんだけれど…!
目つきの鋭い従兄がメガネの少女をギロリと睨みつけている。
……ねえ。なにがあったのあなたたち。
「…おにい、エリーゼの事を知ってるの?」
「!?…おにい…?」
「お義兄さま。彼女の中身はステファニア様です。魔力の波長がフェリチタ様のものではありません」
「……お前も、王子と同じことを」
さも当然、と言いたそうなエリーゼと、その彼女を鋭い目付きで見つめている青年騎士の図。
おばさまの息子の従兄に、その彼を兄と呼ぶ少女。だとすると…この子が言っていたことは嘘じゃなさそう。……いえ、それでもね
「仮にも義兄妹なのに、殺伐し過ぎなんだけど?」
「別に睨んではいないが?」
「お義兄さまはいつもこうよ。それよりそっちの席に座って」
少女は小さな手で、あたしに座るように椅子を引いてくれた。
三人が座った後で、少女は小さな唇を動かして話掛けてきた。
「あなたたちに何があったの?聞かせてくれるかしら」
彼女に促されるままに、すべてを話した。
するとあたしの話を聞いていたエリーゼは、メガネの奥の目を密かに光らせていた。
「そ。…殿下。あれだけ隠してと言ったのに…」
それからの流れは怒涛の勢いだった。
まず彼女は、従兄にどうにかお願いして王子の元に行くと、勢いのまま叱って「貴方の愛しの婚約者を元に戻したくないの?」と脅しをかけつつ元に戻す方法を調べさせていた。
その勢いを見て恐れ慄いた(引いてた)ルカが犯人は自分だと吐き、事故に見せかけた魔法だから、すぐに解きますと言ったので…
それで、クオーレの屋敷に王子とルカ、あたしの三人で乗り込んだ訳である。
「道理で、殿下だけじゃなくてルカも大人しかったわけね」
あたしの話を聞き終えたフェリチタ様は、紅茶を一口飲んでから、納得がいったわと呟いた。
あの一件から一週間程過ぎた頃、あたし…ステファニアはラファータのお屋敷へと招かれた。
何故かと言うと、あたしの口からあのときの話を聞きたかったから、だそうだ。
なので話してみたものの……説明下手だし、ちゃんと伝わったのか自信がない。
フェリチタ様は、とても聡明でお綺麗なのは変わらずなのだが…
「…結局、あのエリーゼというメガネの少女は何者だったのか、わからないんですけどね」
「無理もないわ。彼女は隠れ姫ですもの」
身内以外に姿を見せる事が珍しいの。ステファニアはラッキーだったわね、とフェリチタ様は言っていた。
あれ?でも彼女は従兄の事を義兄だと呼んでいたような……?後でおにいに聞いてみよう。
「私も直接お会いしたことないのよ。…そうね、レオナルド様を連れて行けば出てくるかしら」
そんな理由で殿下が護衛を貸さないのでは…?と思う。フェリチタ様は、変わらず綺麗に微笑んでいた。
「貴女、少し顔周りがスッキリした?」
「はい。流石にフェリチタ様にお会いするのにこのままじゃだめだって思って…」
そうなの。ほっぺたがスッキリして、心なしか瞼のぱんぱん具合が落ち着いてきたの!
まだまだぽっちゃりしてるんですけどね!
そう、元に戻された後に自分の体を見てびっくりしたのだ。
少し体がスッキリしていた事に。
それは後から侍女から聞いたのだが、フェリチタ様がご飯を抜いてまで部屋に籠もっていたから、というだけだったのだけれど。
しかし、それをうちの両親と使用人はあたしが無茶苦茶なダイエットをしていると思っていたようで、あの後「無理なダイエットは止めて!健康的にやりましょう!」と言う話になり…
家ではいま、無理ない範囲でダイエットをし始めた所なのだった。
すぐにスリムになれるわけないのは分かってるけれど。
「スー。私、あなたの事気に入ったわ!」
「へ?…ありがとうございます」
「どうかしら、ヴィスタ!彼女は見込みありそう?」
「そうですね。最低限の礼儀作法はありますし…本人次第かと」
二人はあたしを見ながら何事かと話している。
…え?一体何の話なのだろう。
若干背中がひやっとしてるのは、気の所為じゃない気がする!
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