侯爵令嬢は犯人に動じない


クオーレのお屋敷から、着の身着のまま王城へと連れて来られた私…ことステファニア様の体に入ったフェリチタは、客室の一つに通されてダニエル王子と、従者のルカ、それからフェリチタの姿のステファニア様の三人を見てこっそりため息をつく。

もう少しそっとしてくれても良かったのに。

そう考えているとは思っていない様子の王子殿下は、呆れたような口調で呟いた。


「引きこもっていると聞いて来てみれば、趣味に走ってたなんてお前は」

「こんな経験、そうそうないですしね!」


うふふ。好きなだけ引きこもれるのって、楽しいですね!

殿下も「目を輝かせて言う台詞じゃない」と言ってため息を吐かないで頂きたいわ。しかし、どんな表情でもイケメン崩れないのは悔しいわね。

ふーむ、私の作品に活かせるかしら…


悩む私に、「フェリチタ様、聞いてもいいでしょうか?」と、ダニエル殿下の隣に控えていた側近に問われたので、どうぞと答えた。

側近のルカは私を見てとっても不思議そうな、まるで信じられないものを見たような顔をしている。う、だから隠していましたのに。

男性には少々キツイ趣味なのかしら。


「あの、入れ替わってから、一体何を……」

「……しょ、少々趣味に走ってました……うふふ」


いえ、その初めは…多少戸惑いましたし、人並みにどうしようか考えましたよ。

でもね、こうなったら取り敢えず楽しんでみたらと私の中の千華ちかが囁いたのよね。

だから、丁度良い環境だったし趣味に時間を注ぐ事にした。

実際、楽しくて仕方なかったですしね。


「えーと…普通はお知り合いやご家族に助けを求めたりしませんか?!、もしくは、この女に会いにいくとか!!ねぇ!?」


ルカがすごい勢いで私の方に振り向いていたので、ステファニア様の方がびっくりしてるわ。彼は私に何を期待していたのかしら。


「あ、あたしはてっきり、急にブスに変わっちゃって落ち込んでるのかと思ったわ。あたしがブスなのは事実だし?実際引きこもっていたから…」


ステファニア様はごにょごにょとそのようなことを呟いていた。

けれど、彼女は容姿をずいぶんと謙遜されているが、別に言うほどのものでもなくてよ。

少なくとも、もう少し顔がスッキリすれば十分可愛いと思うわ。にきびはバランスの良い食事と洗顔をこまめにして薬を塗ればキレイに治るでしょうし、そばかすはメイクで丁寧に隠せば多少カバーが出来る。


「ええ。ステファニア様の体に入れ替わって驚きましたし、少しは。

ですが、創作するのに自分の容姿は関係ないもの。ステファニア様のお屋敷は適度に静かで書くのに捗るわ。それに……フツメンと美形のカップリングもおいしいのよね…」


実際、とても捗りました。

……おっと本音が、げふんげふん。静かな環境は、話を纏めるのに最適でしたわ。


「途中から何の話してんの?!」


まあ。私は割と真面目に話していますけどね。


「王子……!このお嬢さま、こんな人だったっけ!」

「だから前から言っていただろう。普通の女と違うんだと」

「ええ、大分変わったお方だと思っていましたけど!出来れば知りたくなかったよ!」


ルカにそう言われましてもね。

私も出来れば知られたくなかったですよ。だって恥ずかしいじゃない、と呟くと、殿下はふんと鼻で笑った。


「よく言う。俺にバレた時は一言も恥じらってなかっただろうが」

「いえ、殿下は女性のことミジンコだと思ってるではないですか」

「いや、女嫌いだがそこまでは…」


いえ殿下。女性を見る目線が物語っていますよ。かくいう私の事も対して変わりませんものね。

いくら推し似のイケメンでも、流石に感情が失せますって。


「いいですか?ミジンコと思われてるのに、恥じらってもなんも面白みないじゃないですか」

「人のことを何だと!」

「……うふふふ」


あらいやだわ。言えるわけないでしょう。

まあ、男同士の話だとそれがいいスパイスになるのだけれど…


「……このお嬢さまに嫉妬した自分が嫌だ……」


ルカが急にガックリと肩を落として座りこんでしまった。慌ててそれにダニエル様が肩を軽く叩いて慰めている。

…ふーむ。いいぞ、もっとやれ。


「とにかくフェリ、お前は元に戻ったら暫く俺の公務を手伝え」

「あら。私を巻き込まないで下さる?」

「逃がさんぞ、許嫁殿。悪いがその女ではマナーも礼儀もなってなくてな、使い物にならん」


びくっ、とステファニア様が肩を震わせた。

そう言えば、彼女は先程から黙っていたわ。そう思った私は、努めて優しく声を掛けることにした。


「…ステファニア様、入れ替わっている間に何かありましたか?」

「あたし、フェリチタ様と入れ変わってはじめは幸せだと思っていたんですよね」

「あら?どこかお気に召さなかった?」


そう言うとステファニア様は急に立ち上がり、バンっ!と両手でテーブルを叩いた。

おおよそ私ではしなさそうな動作に思わず目を引く丸くする。


「自分の私室に!許嫁と!恋人を連れてきて!許嫁の前で恋人といちゃつく奴ですよ!控えめに言ってくそ王子!

こんな奴だなんて、知らなかったわ!」


ああ、それはきっついわ。

確かに、殿下と私は一般的には仲がいいと思われているから…まさか婚約者の前で恋人といちゃつくとは思いませんわね。

いえ、私も少しは自重しなさい、とか言えばよかったのかもしれないけれども。

そこまで気にしてなかったのよね。


「あれは、コイツが押し掛けて来るから」

「…いえ、だって普段のフェリチタ様って、僕達二人で居ても顔色一つ変えなかったですし」

「ああそれは。うふふ、趣味が捗りそうだったので敢えて楽しく見てましたの」


品よく呟くと、私の趣味事情を知っている殿下が呆れ果て、ステファニア様は頭を押さえていた。

なんだか失礼ね。私も殿下の事を好きだったら、もう少し別の対応をしていたわよ。


「とにかく、殿下はお返しします」

「気にしないでいいのよ。元々私のものじゃないし」

「否定するな、仮にも婚約者だろう」


いえ、私も入れ変わった状態ですとどうにも出来ないもの。


「うぐ、わかりましたよ。……フェリチタ様に焼きもち妬いた僕が悪かったんだ…」

「だから、コイツを気にしたら負けなんだ…」

「どういうことかしら?」


するとステファニア様が、無言で王子様とルカを見た。何か言いたげなその視線に見つめられて

少しの間の後、ルカが私に頭を下げた。


「フェリチタ様。すみませんでした!」

「え、な、何?!」

「…実はルカは、お前たちを事故に見せかけて、精神が入れ替わる魔術をかけた張本人なんだよ」


あらまあ。

……そういうことでしたか。道理で先程から顔色が悪いと思っていたわ。


「殿下と貴女の婚約を破棄させようとしていたそうです。殿下は女嫌いだから、フェリチタ様からぐいぐい来られれば嫌いになるだろうって……」

「まあ。殿下の苦手なタイプを良くご存知で」

「直ぐにフェリではないと思ったがな」

「まあ。そうなの。でもそれならルカの気持ちも…」


私の台詞に、何故か殿下とステファニア様は顔を見合わせていた。

それから二人して、険しい表情をして私を見て


「少しは怒ってもいいんですよ!」

「少しは怒ってくれ!」


え、え、どうして?!


「え?ですから…ルカは殿下の恋人でしょう?」

「いまは、元だがな」

「でしたら、彼のしたことは焼きもちですわよね。…私としては、ネタを提供して頂いた分で充分お釣りが来ますし」


まあ、これでも驚いていますが。

私も彼をネタにしたりと、あまり言いにくいことをしていますしね。

貴重な体験をしたと思えばいいのかしら。


「だが、それでは…」

「本当にごめんなさい。すぐに二人に掛けた魔法を解くよ。お詫びにもならないけれど……」


ルカが私とステファニア様の二人に向かってぶつぶつと呪文を唱える。

私とステファニア様、二人の体が淡いピンクの光に包まれていく。


「ねえ、ステファニア様」

「はい?」

「あなた、少し顔をスッキリさせるととても可愛くなるわ」


ほら見て。あなたは、決してブスではないのよ。

これだけは伝えたかった。

……他でもない前世の私、千華も彼女みたいにぽっちゃりでにきびとそばかすに悩んでいたのよね。だから、容姿で悩んでいることが何となく解る。


「お二人共、目を閉じて」


何か温かいものに包まれるような感覚がする。

これは、魔法に掛けられた感覚なのかしら。

……そして私達は、そのまま気を失った。


私が次に目が覚めたのは、見慣れた高い天井と、久しぶりのベッドの感覚。

私の…フェリチタの部屋にいた。


「…ここ、は?」

「おはようございます、フェリチタ様」

「お、おはよう。ヴィスタ」


なんだか久しぶりに見る自分の侍女の姿を見たせいか、まじまじと目を丸くして見ていると。

普段クールな彼女は、僅かに微笑んだ。


「やっと、本調子に戻りましたか」

「は…あ?」

「殿下から聞いてますよ。頭をぶつけたショックと魔法に掛かったのが重なって、貴女の人格がおかしくなっていたと。聞けば相手の伯爵令嬢も、部屋に籠もりきりになっていたそうで。

覚えておられないと思いますが、先日王子の呼んだ魔法使いに解いてもらったのです。

魔法を解けばその時の記憶は残らないと殿下が仰っていましたもの」

「……そ、そうだったの…」


あなたも伯爵令嬢の方も元に戻れたようで、安心しましたと言われて、口の端が引き攣った。

殿下…なんて壮大な嘘を…!

そして信じたのね、ヴィスタ…!


「それで殿下は…!」

「殿下でしたら、珍しくお嬢様を送って来られましたよ」


今日の予定ですが…と、ヴィスタが私の予定を伝えていく。

…やはり、私は王城へ行かなければならないようだわ。全く、また新種の嫌がらせなのかしら。

とにかく、支度をしなければと立ち上がり……ふと、ステファニア様の顔が浮かぶ。

彼女には少し話を聞いてみたいし、ちょっと気になる事があるのよね。

そうだ、と私はヴィスタへと口を開く。


「ねえ、ヴィスタ。お相手の令嬢…クオーレ伯爵令嬢を近々お茶へ誘いたいのだけど、手配できるかしら」

「…はい、畏まりました。お嬢様」





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