入れ替わり令嬢は引きこもり生活がしたい
相生 碧
侯爵令嬢はお部屋にこもりたい
元来の性格はすぐには直せない。だって性分だし、はいそうですね、私ですからとしか言えないもの。
私は小さな頃から引っ込み思案で、屋敷の人間以外の人と話すことが苦手だった。お兄様の後ろをついて回ることがほとんどだった。
それを心配した私の叔母が、少しでも姪の視野を広くしようと、世界中から取り寄せた本を買い与えてくれた。
……それが、よくなかったと思う。
何故かって、その中に紛れていたのだ。私の運命を決める一冊が……!
カリカリ、カリカリ。
その部屋の中から、絶えず紙にペンを走らせる音がしている。時々、紙をくしゃくしゃにしている音も混じる。部屋の主の少女は、一心不乱に机に向かって座っていた。
「……お嬢様、そろそろお昼ごはんですよ。早く出てきて下さい」
部屋のドアをノックの後、侍女の声が聞こえていた。けれども、私には応えている暇はない。一刻も早く書き上げなければと、ペンを走らせる。
だってね、いまネタの神様が降りてきている真っ最中なのよ。そんなときにごはんなんて食べてられるもんですか。
まさに今の自分の状況をネタにしなくていつ話に使うの、ってくらいの経験をしてるし、少し楽しんでる私も何もかもを話にしたかった。
ペンがのってきて徹夜なんてざらだし、ごはんを抜いても一日二日くらい死なないし。
むしろね、お腹いっぱいになって書きかけのまま眠くなってきたら、別の意味で死ぬから。
そんなことを頭の端でぼやきつつ、ペンは紙の上を走り続ける。
時折侍女が何度も、『お嬢様ー出てきて下さいー!』と呼んでいたのもBGMがわりにしつつ、そういえばいつから部屋にこもっているのか、思い出そうとしてやめた。
いや、ほんとうにね。
何日も引きこもって創作活動できて、しかもほっておいてくれるの、最高よね!
本当の私のお屋敷だったら…一日の内に必ず誰かの邪魔が入るのよね。うーん、家族が代わるとこうも違うのか…すごいわ。
どうやら侍女が諦めて帰っていったみたいなので、のっそりと椅子から立ち上がる。
すっごく体が重い。まともに食事を摂ってないせいなのか、身体的なものなのかわからない。
部屋についているドレッサーの鏡を覗き見る。そこに映るのは、見馴れない人の姿。赤いくせ毛に金色の瞳、ぱんぱんだった顔だが今はご飯を食べてないから少し色つやが悪い。
手足も丸くふくよかな体型の少女。
確か名前は…入れ替わった直後の私の事をステファニアと言っていた。
籠りきりでお肉が落ちて少しスリムになってる筈だ。お腹が見えるようになったし、足もほっそりしてきている。
皮下脂肪て便利だったのね、お腹は空くけど食べなくても割と動けるし、ネタを考えてるとお腹空いたってあまり考えないから、私からすると新しい発見だ。
この部屋もはじめ来たときは元の…ステファニア様の趣味なのか、すごくフリフリでピンク一色だった。絵に書いたような女の子の部屋!と言う感じだったが、私には目に痛かった。
あまりに落ち着かなくて、仕方ないから別のお部屋に変えてもらおうとして、家具の色だけ変えてもらった。茶色とクリーム色がこんなに落ち着くとは思わなかったわ。
それから洋服は地味な色の物を選ぶようにして、華美なやつは着ていない。
「私になって楽しんでるなら別にいいけど…」
私の名前は、フェリチタ・ラファータ。
侯爵家の令嬢であり、この国の第一王子、ダニエル様の許嫁として日々規則正しく過ごしてきた。
けれど、ちょっとした事故でステファニア様と体が入れ替わってしまったの。
社交界のパーティーに出ていた時の事、私はステファニア様を巻き込んで一緒に崖から転げ落ちて気を失ってしまった。気がつけば、このクオーレのお屋敷で目が覚めました。
初めはびっくりしましたが、理由は先程までの通りです。私はそこそこ適応してしまいました。
引っ込み思案で大人しい侯爵令嬢の私…フェリチタと、元気が取り柄で王子様を狙っていたらしい伯爵令嬢のステファニア様。
彼女はさぞ喜んだと思います。一応私はダニエル王子の許嫁という立場。様々なご令嬢から良くも悪くも目立っていましたし、見た目は麗しく儚そうな女の子に見えるそう。実は、徹夜明けとか完徹ばかりしててそう見えただけなんですけどね。
あと、彼女は自分の体型と顔がかなりのコンプレックスだったそうで、ぽっちゃりで糸目の顔を化粧で誤魔化していたみたい(彼女の侍女がこぼしてました)
そんな彼女になってしまった私ですが、そこまで落ち込んでいなかったりします。こんな体験、なかなか出来ませんもの。他人の体と入れ替わるなんて!
鏡の中の私…ことステファニア様の顔を見つめる。
やっぱり自分の顔じゃなくて落ち着かないですね。けれど、彼女の顔は特に卑下するような風に見えません。よく見れば可愛らしい顔をしているし、何よりも肌のきめが細やかです。
んー、とそう思いながらも、私はふと。
(可愛い男の子が突然、冴えない青年といれかわってしまうの。入れ替わった彼に恋人を取られそうになると思った彼は、ほんとの恋人は俺だ!と恋人の公爵(♂)にわかってもらう為に頑張る話…入れ替わった方はノンケで、彼に変わってモテようと彼女を作ろうとするわけ。
二人の入れ替りを知らない公爵は、突然恋人が彼女を作ろうとする姿に衝撃を受けるわ、冴えない青年にまとわり疲れるわで気が気じゃないの!)
ベッタベタなストーリー展開だけど、後は細かく考えればいいでしょうか…ええと、はい。私はそっちの話が好きなんです!
あ、引いたらいやですわね。
叔母様が贈って下さった贈り物の中に小説にあったのです。それは、見目麗しい魔性のパティシエ(♂)と、伯爵家の跡取り(♂)の美しくも切ないラブロマンス。
当時の私は衝撃をうけた。頭の先から雷を受けたような(というか、幼い私に雷が落ちて、暫くベットの住人になった。流石に死ぬかと思った)
その時に私は、思い出したのだ。
私はかつて、ここではない世界の日本という国でOLをしていたアラサーで、名前は
それからと言うもの、私は前世の記憶の影響か男の人同士の恋愛物にはまってしまいまして、家族には内緒でそういった読み物をこっそり買い集めていたのだけど……
やっぱりどこの世界でも中々少ないのよね、そういうものって!
喜劇の中のお笑い程度ならまだあるのよ。でも私が求めているのは、美しくて繊細な物語なの。
あとは、……わかるでしょ。読みたいなら自分で書けばいいと思ったわけです。
元々引っ込み思案だった私は、寝る間を惜しんで物語を読み、書く為に更に引きこもるようになりました。
……鍵かけてあるはずだけれど、私の秘密の部屋、バレてないわよね…?
見られたら、色々な意味でマズイわね。
正直なところ、侯爵令嬢の時よりも引きこもっていても邪魔されないし、そこまで容姿も気にしないし、そもそも結婚するつもりもさらさらないし、なんなら修道院に行ったほうが自由かもしれない。
彼女が望むなら、私の代わりに侯爵令嬢をやってくれる方がいいかもしれないと思ってきてしまってる。
王子様の許嫁なのに勿体無いと思われるかもしれませんわね。
しかし、あのお方の婚約者に選ばれたのは、私が本と創作活動にしか興味がなかったから。で、王子は王子で下手なお見合いを避ける為に引き受けたようなものだ。
それにあのお方はもう、真実の愛を見つけているのよね。
真実の愛……それは私には手が出せない領域!寧ろ私は喜んで見守ります!
によによしながら、椅子に座って机に向かい思い付いたことを書き留めようとペンを取る。そんな時だった。
ガチャリ、とドアが開く音がした。
思わず振り向くと。
「いい加減出てこい、引きこもり姫!」
……信じがたい人の声がした。
恐る恐る振り向いて、頭によぎる。
……そんな、いまいいところなのに
「は?あたしの部屋が地味になって……えええ、ほんとに中身フェリチタ様なの?!」
このお屋敷には現れる筈のない人間が、めんどくさそうな顔をして立っていた。この国の王子ことダニエル殿下がいる。
流石、顔だけは私の推しにそっくり。さらさらの金髪に、輝く緑色の瞳!今日も完璧だわ。
ではなくてね、どうしてバレているのかしら?!
その後ろからは、さらさらの銀髪の綺麗な少女…私の元の体に入ったステファニア様が付いてきているのだけど、何故か私に対してとても驚いている。
王子は机に広げていた紙を手にすると、私に構わずそれに目を通した。
「ああ…、この不細工な女……認めたくないが間違いなく中身はフェリだ」
「……あ、あー!勝手に読まないで!こら!返して!」
慌てて手を伸ばそうとする、けれどいまの私はステファニア様の体だったと思い、慌てて「申し訳ありません」と謝る。
そこに、つかつかと
「フェリチタ様、申し訳ありませんでした。すぐに此方へ足を運べばよかったです。まさかこんなに落ち込んでるなんて…!」
ぺこりと彼女が顔を青ざめさせて、頭を下げた。
いえ落ち込んでいませんよ、それよりも何故殿下がいらっしゃるの?
「頭を下げることはありませんよ」
「恥ずべきことですが、元に戻ることよりも、綺麗な人と入れ替わって舞い上がってました。まさかフェリチタ様がお気を病んでるなんて思わず…」
ごめんなさい、と私の顔をしたステファニア様が何度も謝ってくる。
…えーと。なんだか妙な勘違いをされている?
あら、いやだわ。そう言うことじゃないのに、変な心配をさせてしまったのね。
「侍女のアマリアから聞きました。ずっと籠って一心不乱に何かを書き続けていると……」
「いえいえ、病んでいませんわよ!
そうではなくて、こういう物語を書くのが好きなのです」
え、物語……書き物?
みたいな顔されました。本当は隠したいですが、変な誤解をされるよりはましですね。
私はステファニア様にさっきまで書いてた物を見せました。
……彼女は内容に目を通したあと、私を見て目を丸くしています。
「……え、うそ?」
「はい、本気ですわ」
「ちょっとまって、なんだか頭が痛くなってきた…」
はい、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです。まさか、このような形で自分の隠していた趣味を晒すような事になるなんて。
普通は思わないでしょう?
「殿下、ホントにあれが婚約者殿なのか……?」
「あらごきげんよう、ルカ様。貴方も入らしていたのですね」
ルカ様はダニエル様の従者で、優秀な右腕なのです。いつも私をつまんなそうな顔して見ていますが、今は何だか変な目を向けられている気がしますね。
やっぱり引きこもっていて、変な疑いをかけられているのかしら。
「……フェリ。その体は不便だろう、元に戻してやる」
「え?嫌です」
「……は?」
私がはっきりとお伝えすると、殿下は想定外の言葉にぽかんとしていました。
「いえね。今まで私、こんなにのびのびと創作に没頭する暇がなかったの。なので、もう少しだけ部屋にこもって創作をしたいのだけど…」
「却下だ。部屋から出ろ、フェリ」
「この服外出用じゃ……あー、引っ張らないでー!」
そんなわけでして、私はダニエル様に連行されて、そのまま馬車に乗せられて王城まで運ばれる事になってしまった。
久しぶりに馬車に揺られたせいで、酔うかと思いましたわ、ええ。
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