サモナーゲームは終わらない

尾岡れき@猫部

サモナーゲームは終わらない


 神隠し――。

 狐、天狗、妖精に攫われる。古今東西、様々な伝聞が残るが、真相は定かでは無い。ただ、笹原愛理と蔭山颯太が、一年間、忽然と姿を消した。そして一年後、忽然と姿を表した。その事実だけがあった。両人はこの点になると一切口を閉ざした。





🌙






(まいったよね)


 風汰はぼやきたくなる。現実世界に戻ってきてから、自分に寄せられる心配の声はほんの一瞬だった。箝口令でこちらから真実は一片足りとも言えない。それならお国がもっと情報制御してくれたらと、ボヤくことぐらいは許してもらえるだろう。


「本当にお前は何なんだよっ?!」


 感情に任せて拳は振られる。何度目か、颯太の体は無様に転がり、屋上の砂埃を舐める。


 彼らからしてみたら、何の接点もなかった【陰キャ】が空白の一年で、【高嶺の花】にお近付きとなった。蔭山が笹原愛理の弱みを握って――脅迫している。そんな噂が蔓延するまで、そんなに時間はかからなかった。


 何度、嫌気がさしたことか。


 望みもしない召喚遊戯サモナーゲームに強制招待されて。そしてゲームをクリアーした今も、こうやって受難は続いているのだから、本当にクソッタレと叫びたい。


 しゃらん。

 手首のミサンガが揺れる。

 忌々しそうに、彼らはそれを見やる。


「ダセェよ、それ。似合ってねぇ」

 そのミサンガを断ち切るように、風汰の腕に踵を振り下ろした。





🌙





 笹原愛理とは接点はまるでなかった。

 学校では、祝福の女神様と言われている愛理だ。彼女を慕って、輪が産まれ一体感が生まれる。それが自然だった。


 でも召喚遊戯が起動されて、知ったのは。

 ただ一人の女の子という事実で。


 召喚遊戯では、スキルを開発者ゲームマスターから与えられる――否、正確には自分の脳内を実験と称して弄くり回されていた。


 人間の眠っている領域を、無理やり起こされたのだ。


 愛理のスキルは――【世界みんなの希望】


 彼女を信じる人達に女神の祝福をもたらすのだ。自動回復、攻撃力向上、防御力向上、素早さ向上、魔力向上、結界、防壁、磁場、恵みの土壌、とあげたらキリが無い。


 風汰のスキルとは、まるで比べ物にならない。

 でも、愛理は風汰に手を差し伸べた。


 風汰のスキルが開花するのを待ってくれたのだ。

 風汰のスキルは成約がありすぎる。そして、あまりにも限定的だった。


 【世界みんなの希望】が風汰を特別扱いするのだから、周囲の視線は妬みで

埋め尽くされる。どんなに懸命に努力をしても、その後には政治的な駆け引きに翻弄されて――騙されそうになったことも一度や二度じゃない。


 ――あのね、ふー君?

 それでも、愛理は風汰に寄り添う。


 おぞましい感情に晒されながら。何度も何度も、利用されそうになりながら。傷ついているのは、愛理の方だって、そう思う。


 だったら、その愛理の盾にぐらいなろう。

 同郷のよしみだ。


 どうせ、俺のスキルは開花することなんか無い。

 その時、風汰は真剣にそう思っていた。



 風汰のスキルの発動条件は、

 ――最愛に純情を捧ぐこと。


 そんな相手、いるはずがなかった。少なくともこの時の風汰は心底そう思っていた。





🌙






「ふー君っ!」


 愛理の声で、意識を取り戻す。ミサンガは踏み千切られることはなかった。むしろ、無傷そのもので。


 痛みが和らぐのは、愛理の【世界の希望】が起動したからだと実感する。

 かなりムリな作戦だと自分でも思う。


 妬み、憎しみを放つ同級生達の足元から、影がうにょうにょと蠢いた。召喚遊戯の副産物だ。見事に釣ることができたらしい。


 電脳世界のゲームを現実とシンクロさせる。リアル・メタワールドを作る。それこそが、召喚遊戯サモナーゲームの開発者達の思惑だった。つまり、現実世界にゲームのようなエンターテイメントを作る。思い描く万能な世界が、そこにはあった。


 でも、バグが生まれた。


 だって召喚遊戯サモナーゲームは、自分の脳内の眠っている能力を、無理矢理に揺り起こす。


 それは、脳に過度な負担をかけるということだ。

 この同級生達のように、脳の負荷に耐えきれず、感情を剥き出しに這いずり回る。

感情的な死人エモーショナル・グール】が必然的に生まれてしまうのだ。


 もうすでに、この現実なら壊れている。そして【感情的な死人エモーショナル・グール】はもうこの現実すら理解できなあ。


 しゃらん。

 ミサンガが鳴る。

 しゃらん、と。

 愛理のネックレスが鳴る。その細い指がネックレスを撫でる。

 しゃらん、しゃらんと。


「正直、私はさ」


 と愛理が慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。


「どうでも、良いんだ」


 一歩、一歩踏み出しながら。


「ふー君を傷つける人達なんか」


 しゃらん。まるで鎖が鳴るように。


「それなのにね、ふー君は優しいから。こんなあなた達を救いたいって、本気で思うんだよ?」


 クスリ、と愛理は微笑む。


「でも、勘違いしないでね?」


 愛理は一歩、踏み出す。


「ふー君が愛しているの、私だけだから」


 しゃらん、しゃらん、と。まるで鎖で颯太を縛りつけるように。


 一年を召喚遊戯サモナーゲームのなかで過ごした。そんな環境だ。愛理のなかで芽生えた感情は、単なる吊り橋効果でしかないと、今でも風汰は思っている。いつかこの感情は冷める。むしろ冷めるべきだと思ってしまう。


 颯太の手には細身の剣が。ミサンガが剣と絡み。柄から鎖が巻きつき、愛理と繋がる。


「ふー君。スキル起動だよ?」


 そう愛理はにっこりと微笑む。

 スキル――【私だけのヒーロー】


 最愛の人を依代に、標的を定める。対象に向けて、それぞれパラメーターを3割上昇させる。愛理のスキルがさらに、全ての能力を相乗的に向上させる。


 鎖に縛られているのに、体が軽い。


 颯太は、無心で剣を振るう。蠢くバグを切り伏せながら。その腕に、愛理と繋がる鎖が食い込むのを感じながら――。





 電脳世界とリアルが結びついてから、気候の変化もとうの昔に停止してしまったというのに。

 乾いた風が、颯太の頬をさも愛しそうに撫でた。





 風汰はまだ知らない。

 召喚遊戯サモナーゲームが、笹原愛理の初恋から始まったということを――。




(ふー君以外、この世の中からなくなってしまえば良いのに。私とふー君をジャマする人たちなんか、いらないから。ふー君が私のことだけ想ってくれるのなら。そのためなら。私、どんなことでもするからね?)











召喚遊戯サモナーゲームはまだまだ終わらない。





▶︎To Be Continued……。

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