第29話 次女はキュートな魔法少女④


 飛鳥姉とヤリサー男を含む6人の大学生が向かったのは、『マウントゼロ』という名前のレジャー施設である。

 カラオケやボーリング、ゲームセンター、スポーツジムなどが一体になったこの施設は、若者の遊び場として地元でも人気のスポットだ。僕も何度か高校の友人と遊びに来たことがある。


「それでさ、最初は何から遊ぼっか?」


「ボーリングでいいんじゃない? 飛鳥もいいよね?」


 友人……女子2人の問いに、飛鳥姉は軽く手を上げて頷いた。


「オッケー。問題ないわ。1番負けた人はジュースおごりでどう?」


「お、自信満々じゃん。飛鳥ちゃんってボーリング得意なの?」


 ヤリサー男が馴れ馴れしく飛鳥姉に声をかける。

 肩を組むなどの身体接触のあるスキンシップこそしていないが、ヤリサー男のねっとりとした視線はつねに飛鳥姉の胸に向けられていた。


「わりとね。調子がいいときはスコア200はいくよ」


「お、いいねえ。勝負のし甲斐があるじゃん!」


 ヤリサー男は腕を上げて力こぶを作り、顔だけは爽やかそうに笑った。


「だったら、僕も本気でやらなくちゃな。飛鳥ちゃんに良いとこ見せてあげるよ!」


「へえ、楽しみー。見せてもらおうじゃん」


「よし! 行こうぜ!」


 ヤリサー男が先頭に立って、マウントゼロのボーリングコーナーへと向かっていく。


「……ボーリングを通じて、飛鳥姉を口説くつもりか。そう上手くいくと思うなよ」


 僕は飛鳥姉らがいるレーンから少し離れた場所に隠れて様子を見守っていた。


 勘違いをしないでもらいたいが……僕は別に、飛鳥姉を口説くだけならば邪魔をしようとは思わない。

 だが……あのヤリサー男は先ほど電話で、飛鳥姉を誰かにレンタルするとか、薬を使うとか、明らかな最低発言を繰り返していた。

 あんな男に飛鳥姉は渡さない。断じてつぶしてやる。


「よし! それじゃあ、アタシからいくわよ!」


 ボーリングスペースに移動した6人は、ジャンケンで順番を決めてゲームを開始した。

 1番最初は飛鳥姉が投げる番だ。極彩色の派手な色のボーリング玉を手にした飛鳥姉は、右手で思い切り振りかぶってレーンに玉を放る。


「フッ!」


 力強いフォームで投げられた玉がレーンの中心を突っ切って、10本のピンを薙ぎ倒す。最初からいきなりストライクである。


「やった! ストライク!」


「さっすが飛鳥!」


「水泳部のスターは違うわね。アンタってスポーツだけはすごいわよねー」


「『だけ』は余計でしょ! 悔しかったらアンタ達もストライク出してみなさいよね」


 飛鳥姉が女子2人に向かって得意げに胸を張った。ロングパーカーに包まれた豊満なバストが大きく揺れる。


「うっわ……」


「ゴクッ……」


 飛鳥姉の胸は華音姉さんよりは小さいものの、十分に巨乳と呼んでいいレベルである。男3人はそろって魔性の双丘に目を奪われていた。


「これは負けていられないな。最初からアクセル全開でいかせてもらおう!」


 立ち上がったのは忌々しきヤリサー男。

 青の蛍光色の玉を手に取って、レーンに立った。


「フンッ!」


 ヤリサー男が投げた玉はガーターに落ちそうになっていたが、途中でカーブしてピンに突き刺さった。全てのピンがなぎ倒され、頭上のモニターに『ストライク』の文字が躍る。


「うっわ! 酒井くんもすごいじゃん!」


「カッコいい―」


 飛鳥姉以外の女子2人が喝采の声を上げた。どうやら、ヤリサー男の名前は『酒井』というらしい。

 女子から褒め称えられ、ヤリサー男はまんざらでもない顔で戻ってくる。


「へえ……悪くないわね。貴方もかなりデキるのね」


「もちろん、飛鳥ちゃんにも絶対に負けないと思うけど?」


 あからさまな挑発を受けて、飛鳥姉が瞳に炎を燃やす。


「いいわよ。正面から叩き潰してあげるわ!」


「だったら、負けた方が勝った方の命令を1つ聞くってのはどうかな? 飛鳥ちゃんが負けたら、1杯お茶に付き合ってもらうよ?」


「面白いじゃない。貴方が負けたらここの会計は奢りってことでいいわよね?」


「もちろん。面白くなってきたじゃないか!」


 飛鳥姉とヤリサー男がそんな会話をして、勝負することを決めてしまった。


「なるほど……上手いことをやるじゃないか」


 さすがはヤリサー男。女を口説き慣れている。

 今のやり取りでどこが巧みだったかと言うと、ヤリサー男が負けたら命令を訊くと約束を取り付けた際、『お茶に付き合ってもらう』とあらかじめ宣言したことだ。それくらいならば「別にいいか」と飛鳥姉もあっさり了承するだろう。

 仮に命令の内容を言わなかったら飛鳥姉も警戒したことだろうし、後から「ホテルに行こうぜ」などと誘ってもさすがに断ったに違いない。

 ヤリサー男は何やら薬を使って飛鳥姉を落とすつもりなのだ。お茶に付き合わせて、そこで一服盛るつもりなのかもしれない。


 他の4人の男女も順番に玉を投げるが、ストライクを出した者はいない。この勝負は飛鳥姉とヤリサー男の一騎打ちになりそうだ。


「それじゃあ……2投目、いくわよ!」


 飛鳥姉が玉を投げるが……惜しくも、1本だけ残ってしまった。


「くっ……アタシとしたことが……」


 飛鳥姉が再度、玉を投げると……残っていた1本が倒れる。

 モニターには『スペア』という文字が表示された。


「ははっ、さっそく差がつきそうだね!」


「ムウッ……調子に乗って!」


 悔しそうな顔をした飛鳥姉の横をすり抜け、ヤリサー男がボーリング玉を構えた。


「それじゃあ……ストライク2発目!」


 綺麗なフォームで投げられた玉は先ほどのようにガーターになりそうなところでカーブしてピンに向かっていき……


「は……?」


 そのまま勢い余って、反対側のガーターレーンに突っ込んだ。

 予想外の事態だったらしく、ヤリサー男が目を点にして固まってしまう。


「プッ……どうやら、まだ勝負はわからないようね」


「クッ……そうだな。どうやら身体が力んでしまったらしい。ここはスペアで引き分けにさせてもらうよ」


 飛鳥姉の嘲笑に顔面を歪めて、ヤリサー男が再びボーリング玉を投げる。

 ガーターレーンに向かっていく玉がカーブをして…………いや、しなかった。

 蛍光色の玉は曲がることなく、そのまま真っすぐにガーターレーンに落ちていく。


「なあっ!? そんな馬鹿なっ!」


「プッ……くくっ、フフフフフッ! 確かに、さっそく差がついたみたいね!」


「うっわ……さっきのストライク意味ねえじゃん」


「ドンマイ、酒井げんきだせー」


「クッ……この僕がこんなミスをするなんて……!」


 仲間達に笑われて、ヤリサー男が奥歯を噛みしめて拳を握る。

 2回連続でガーターになってしまい、飛鳥姉とスコアに差がついてしまったようだ。


「まだ勝負は終わっていない! ここから逆転するぞ!」


 力強く宣言したヤリサー男であったが……その後もスコアはボロボロだった。


「フンッ!」


 投げた玉は曲がることなくガーター。


「フフンッ!」


 曲がり過ぎてガーター。


「だったら真っすぐ投げれば……!」


 直進した玉がレーン中央で突然カーブしてガーター。


「どうしてガーターになるんだよ!? こうなったら両手で投げて…………ふべっ!?」


 両手で投げようとした玉を足の上に落としてしまい、さらに玉が転がってきガーターレーンへ。

 専用のシューズを履いているとはいえ、ボールが足の甲に直撃したヤリサー男がその場にうずくまって悶絶する。


「酒井……」


「えーと、酒井君? そろそろ真面目にやろ?」


「もう十分だよ。タップリ笑わせてもらったから、それくらいでいいよ?」


 どうやら、飛鳥姉を含む他のメンバーはヤリサー男がわざとミスをして、周りを笑わせようとしていると思ったらしい。

 最初のストライクからずっとガーターばかりが続いているのだから、そんな勘違いをしてしまうのも無理はなかった。


「フッ……無様だな。さっそく天罰が下ったようじゃないか」


 だが……そうでないことを僕は知っていた。

 ヤリサー男は全力で投げていた。ガーターしているのは、僕が隠れて妨害をしているからである。


「スキル発動――『エアブレット』」


 それはいわゆる魔法と呼ばれるもの。ビー玉サイズの風の弾丸を飛ばすという魔法である。

 剣と魔法の世界に召喚されて勇者をしていた僕だったが……残念なことに魔法の才能には恵まれなかった。

 あちらの世界で修得することができたのは下級魔法スキルが数個のみ。そのいずれも威力が弱く、せいぜい相手を驚かせる程度の力しか持たないものだった。

 エアブレットもそんな魔法の1つであり、飛ばした風の弾丸には薄い紙を破る程度の攻撃力しかない。ハッキリ言って、役に立たないゴミ魔法である。


「とはいえ……そんな魔法でも、ボーリング玉の軌道をずらすくらいはできるな。風だから目には見えないし」


 僕は先ほどから、この風魔法を使ってヤリサー男の投球を妨害していた。

 おかげで最終レーンまでいってもヤリサー男のスコアは最初のストライクの『10』で止まっており、文句なしの最下位を爆走している。


「うがああああああああああっ! なんでガーターになるんだああああああああああっ!?」


 最終レーンでもガーターを叩き出してしまい、ヤリサー男は叫びながら崩れ落ちた。

 ボーリングで良いところを見せるどころか、ガーター連発で喚き散らすという醜態をさらしている。


「うっわ……本気で悔しがってる。ひょっとして、わざと失敗してたわけじゃなかったんじゃない?」


「いくら顔がイケメンでも、アレはないわー……」


「恥ずかしいわよね。こんなところで叫ばないで欲しいわ」


 そんなヤリサー男に、飛鳥姉を含む女性陣は冷たい眼差しを向けているのであった。

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