第28話 次女はキュートな魔法少女③


「まさか……嘘だろ、飛鳥姉」


 飛鳥姉が男と会っているのを目の当たりにして、僕は自分でも驚くほどショックを受けてしまった。

 別に飛鳥姉のことを女性として好きとかそういうわけではない。

 ただ……子供の頃からずっと遊んでいた『姉ちゃん』が手の届かない場所に行ってしまったような、胸にぽっかりと穴が開いたような感覚に襲われたのだ。


「そうか……飛鳥姉ももう大学生だもんな。僕の知らないところで、僕の知らない男と付き合うとか普通か。大学生ならコンパとか飲み会とかするだろうし、テニスサークルの顔だけイケメン野郎とテニスコートで玉をつつき合うくらい当たり前か……」


 どうでもいいが、やっぱりテニスサークルに対する偏見が酷かった。

 いや、なんか大学のテニスサークルって、モテるためにやってるようなイメージがあるんだよな。100%完全な思い込みだろうし、真面目なテニサー部員には全力で謝罪させてもらうのだけど。


「やっほー、飛鳥―」


「時間の前に来てるとか珍しいじゃん。今日は雪でも降るんじゃない?」


「む……?」


 ダンボール箱の中でガックリと落ち込んでいると、男と合流した飛鳥姉の周りに数人の男女が集まってきた。


「遅かったじゃん。待ちくたびれちゃったじゃない!」


 飛鳥姉が後からやってきた男女に手を上げて挨拶をする。

 駅前のオブジェの前に集合したのは男女3人ずつ、飛鳥姉を含めて6人のグループである。いずれも大学生くらいの年頃である。


「あれ? ひょっとして……デートじゃなかったのか?」


 男と2人になっていたからデートだとばかり思っていたのだが、たまたま男が先に現れただけで、数人のグループで遊びに行くつもりだったようだ。

 ダンボール箱を被ったまま距離を詰めて会話を聞いてみると……どうやら、飛鳥姉と友人らは同じゼミに所属しているらしく、今日はみんなで街に遊びに来たらしい。


「なんだ……ビックリしちゃったよ。それなら、わざわざ尾行することなんてなかったな」


 僕はホッと胸を撫で下ろす。

 飛鳥姉に彼氏がいないことも安心したが、飛鳥姉が風夏達のように変な事件に巻き込まれているわけでもなかったということもホッとした。

 これなら心配はいらないはず。わざわざ後をつけることもないだろう。


「帰って録画した深夜アニメでも見ようかな……休日の時間を無駄にしちゃったか」


 僕は友人と歓談している飛鳥から離れて、ダンボール箱を被ったまま帰宅しようとする。


「あ、電話だ。悪いけど先に行っててくれるか?」


「わかった。それじゃ、先に例のとこ行っとくからねー」


 飛鳥と友人らが何処かに歩いていき、例のイケメンだけが残された。イケメンはジャケットのポケットからスマホを取り出して耳に当てる。


「ああ、僕だよ。さっき駅前についたとこ。あの女も一緒だ」


「ん……?」


 ふとイケメン大学生の会話が気になり、僕は帰宅を中断させる。

 ダンボール箱を引きずって、イケメン大学生の背後へと回り込んだ。


「ああ、あの女。日下部飛鳥だよ。やっぱり堪んねえなあ、あのデカ乳は! 太腿もむっちりしていて、オレの好みバッチリだよ!」


 イケメン大学生は爽やかな顔立ちには似合わない、ニヤニヤと下品でスケベな表情を浮かべた電話をしている。


「今日は絶対にお持ち帰りしてやるぜ! 他の男子共にはすでに話をつけてあるし、さりげなくグループから離れて2人きりになるつもり。もしも断られたら……お前からもらったあの『薬』を使わせてもらえば抵抗できねえだろうからな!」


「…………!」


「わかってるって。コーヒーとか、味の濃い飲み物に混ぜりゃいいんだろ? モノにしたらお前にもレンタルしてやるから安心しろよ。ヤリサー……じゃなくて、テニスサークルの名に懸けて、絶対にあのムッチリしたエロボディを手に入れてやるよ!」


 イケメン大学生……改め、変態スケベヤリサー男は、得意げに言って電話を切った。

 そして、広場からどこかに行ってしまった飛鳥姉らを足早に追いかける。


「…………やはりそうか、おのれテニスサークルめ!」


 僕はダンボールに身を隠したまま、メラメラと怒りの炎を燃やした。

 悪の組織――ヤリサーの刺客である男が、飛鳥姉に何らかの危害を加えようとしているのは確実である。


「尾行続行だ……悪よ滅びよ。この世からテニスというものを消してやる!」


 絶対に無理である。

 自分でも何を言っているのかわからないが……とりあえず、飛鳥姉に穢れた手を伸ばすヤリサー男は天に代わってお仕置きをしてやらなくてはなるまい。


 スネ〇クは新たな任務を胸にして、ダンボール箱を引きずりながら街を駆け抜けるのであった。

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