第14話 三女は可愛いサイキッカー⑥


「日下部さん……」


「2人とも、下がっていてください。この男は私が倒します!」


 トレンチコートとキャリアウーマンさん、2人の大人を押しのけるようにして、中学生の風夏が前に出る。

 数メートル先にいる神童を睨みつける風夏の瞳には、年齢に似合わない覚悟と決意の色が浮かんでいた。


「ようやくデートの誘いを受けてくれるのかい? ボクの可愛いイヴ」


「……アナタの減らず口を閉じさせることができる日がやって来たわ。好き勝手やった落とし前はちゃんとつけてもらうわよ!」


 2人の会話はまったく噛み合っていない。

 というか、天童というナルシスト馬鹿が斜め上の方向に暴走しているだけである。


 風夏は前方にいる天童を見据えて、グッと腰を落とす。


「フッ!」


 そして、走り出した。

 ラブホテルの一等室。広々とした部屋をまっすぐに横断して天童に向かって飛びかかる。


「おっと、怖い怖い」


 天童は慌てた様子もなく、後方へ下がった。

 同時に、何もない空間から先ほどの『人型』――シルバーナイトが現れて風夏の進行方向をふさぐ。


「邪魔!」


 風夏が手をかざすとシルバーナイトは先ほどのように消滅するが……今度はそれで終わりではない。

 1体、2体、3体……いくつものシルバーナイトが風夏の前に現れたのである。


「さあ、ダンスパーティーの始まりだ! 可愛いイヴ、ボクのところまでたどり着けるかな!?」


「邪魔だって言ってるでしょ! どきなさい!」


 風夏は襲いかかってくるシルバーナイトを次々に消し去っていく。

 相手の攻撃をまったくかすらせもせず、掃除機でゴミを吸い取るように作業的に邪魔者を排除する。

 現れたシルバーナイトは秒とかからずに消されていくが……それは風夏の戦闘技術が優れているというわけではなく、天童が『破壊』と呼んでいた能力がそれだけ凄まじいものなのだろう。


「アハハハハハッ!」


「このっ……逃げるな!」


 風夏に次々とシルバーナイトを消されるも、天童は気にした様子もなく部屋の中を縦横無尽に逃げ回る。

 そんなキモイケメンを風夏が必死に追いかけていくが……あと少しというところで追いつけない。


 外野から見ていて気がついたことだが……物体を消滅させる風夏の能力は射程範囲が短いようだ。

 察するに、風夏の手から1メートルほどまでが限界。それ以上離れた場所にある物を消し去ることはできないのだろう。


 それがわかっているから、天童もシルバーナイトを囮にして逃げている。決して、射程距離内に入るようなことはしない。

 どうやら、戦闘技術に関しては天童のほうに分があるようだ。天童は明らかに異能を使った戦いに慣れているようで、対する風夏の動きは拙く大雑把。身体能力もただの中学生女子と変わらないレベルだった。

 徐々に風夏の息も切れていき、疲労の色が見えてくる。


 天童が捕まるのが先か。風夏の体力が尽きるのが先か。

 いったい、いつまで続くのかと思った矢先に……唐突に戦いの終わりが訪れた。


「ッ……!?」


 天童を追いかけていた風夏の身体がグラリと傾ぎ、床に膝をついた。

 その表情には、何が起こったかわからないとばかりに疑問の色が浮かんでいる。


「チェックメイトだ。よく頑張ったね」


「くうんッ!?」


 天童の足元から植物のツタのようなモノが出現して、風夏の身体を拘束した。

 ヌルヌルとした粘液をまとったそれはまるで触手。風夏の腕や胴体をガッチリと縛りつけて身動きを封じる。


「日下部!」


「日下部さん!?」


「おっと、動かないでくれたまえよ」


 風夏の仲間……トレンチコートとキャリアウーマンさんが援護に入ろうとするが、それよりも先に現れたシルバーナイトが2人を捕らえ、床に倒して抑えつける。


「恋人達の語らいを邪魔するなんて無粋だと思わないかい? イヴもそう思うだろう?」


「くっ……誰が……」


 風夏が能力を使って身体を縛りつけるツタを消し去ろうとする。

 しかし、何故か能力が発動する様子はない。風夏の身体はツタに縛りつけられたままだった。


「どうして……!?」


「気づいていなかったようだね、愛しのイヴ。先ほどからボクがこの部屋全体に無味無臭の毒薬を撒いていたことに」


「毒……!?」


「心配せずとも致死性はないさ。身体を麻痺させ、一時的に動きを止める程度の効力しかない。あまり強力な毒を使って、愛する君の身体に障害でも残ったら大変だからね」


「ッ……!」


 大きく目を見開いた風夏に、天童は獲物を嬲るようにペロリと舌を出す。


「超能力――サイキックの発動には強い精神力や集中力を要する。どうやら、君は毒で身体が侵された状態で能力を発動できる高みステージには至っていないようだ。これで安心して君をボクのものにできるよ」


「このっ……卑怯者! 鬼畜の変態! 私の身体に指1本でも触れてみなさい! チリも残さずに消してやるんだから!」


「アハハハハ、怖いなあ。怖いから……こんな手段とか使ってみようかな?」


「ヒッ……!?」


 風夏を拘束していたツタからピンク色の粘液が染み出してくる。

 トロトロとして甘い匂いを漂わせた液体が中学の制服に沁み込み、風夏の身体を妖しく濡らしていく。


「ヒッ……あっ……やだあっ!? なにこれっ!?」


「愛する女性を苦しませるのは本意ではないからね。君がボクを受け入れやすいように、ちょっとだけ君の理性を削らせてもらうよ」


「いやあああああああああっ! 気持ち悪いっ!?」


「その液体は思考を鈍らせて酩酊させる効力がある。身も蓋もない言い方をしてしまうと……『媚薬』というところかな?」


「び、媚薬ですって!?」


 愕然とした表情になる風夏の身体に、エロ同人に出てくる触手と化したツタが薬を塗り込んでいる。

 女の尊厳を踏みにじるような光景を前にしながら、天童はケラケラと愉快そうに肩を揺らす。


「実験では5分もすれば理性を無くして何も考えられなくなったけれど……君はどれくらい保つのかな、愛しいイヴ」


「や、やめっ……やめて! やだやだやだっ……やめてよおっ!」


「さあ、ボクの前で存分に乱れてくれ! ボクと一緒に新世界を生み出す花嫁よ! どうかボクがいる場所まで堕ちてきて……」


「いや、お前1人で堕ちろ!」


「ふべっ!?」


 渾身の力で、笑い転げている変態を殴りつけた。

 握りしめた拳骨を叩きつけられた天童がバキボキと音を鳴らしてラブホの床を突き破り、大きな穴をあけて下の階に消えていく。


「ウチの妹にどんなプレイを強要してんだ! ぶっ殺すぞ!?」


『忍び歩き』を解除した僕は、穴に消えていった天童に向かって思いきり怒鳴りつけたのである。

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