第15話 三女は可愛いサイキッカー⑦


「ゆ……勇治? どうしてここに……?」


「……とりあえずはゴメン。助けるのが遅くなった」


 僕は謝罪しつつ、風夏を縛りつけている触手を手刀で切り裂いた。勇者である僕ならば、刃物がなくてもこれくらいのことは余裕で出来るのだ。

 粘液をまとわせた触手をブチブチと切断して、倒れてきた風夏の身体を抱きとめる。


「助けるつもりでいたんだよ。いたんだけど……すごい話が盛り上がってきてタイミングを逸してしまったみたいだ。許してくれ」


 車に乗り込んでラブホに入っていった風夏を追いかけて。

 何やらおかしな格好をした仲間と合流して。

 ラブホに潜んでいた敵と謎の異能力バトルがはじまって。

 何やら因縁があるらしい敵との決戦が始まって。

 風夏まで正体不明の能力を発動させるのを目の当たりにして……もう途中から完全に戦いを見守るだけの観客になってしまっていた。


 色々と予想外の展開が起こり過ぎて思考停止してしまい、風夏が触手プレイにさらされるまでの間、ポップコーンを抱えて映画を見ている気分で魅入ってしまったのだ。

 媚薬を塗られて喘ぎはじめた風夏の姿にようやく自分の目的を思い出し、遅れながらも助けに入ったというわけである。


「決してエッチな姿になってる風夏に見惚れてたわけじゃないんだ。うん、本当に。確かにベトベトトロトロになって乱れた制服は下着姿よりもエロかったし、媚薬で赤くなった肌はすげえ色っぽくて、触手に締めつけられて胸が強調されて『ああ、風夏も成長期なんだなあ』とか思ったりしたけど……僕は絶対に、これっぽっちもゲスい気持ちになんてなっていないのである!」


「い、言い訳すればするほど逆に怪しいんだけど……ンンッ!」


 風夏が非難がましくこちらを睨みながら、プルプルと小動物のように身体を震わせる。


「おっと……スキル発動――『解毒』」


「ん……!?」


 風夏の身体が緑色の光に包まれた。

 毒を浄化するスキルを使った。これで天童に盛られた毒も消えてはずだ。


「ついでに……こっちも片付けておこうかな」


 僕はさらに戦闘スキル――『魔弾』を発動させた。

 アイテムボックスから取りだした小石を指で弾き飛ばし、風夏の仲間……トレンチコートとキャリアウーマンさんを抑えつけているシルバーナイトの頭部を吹き飛ばす。


「勇治。その力はいったい……?」


「誰なんだ、アンタは? 敵じゃあないよな……?」


 パチクリと瞬きをして困惑する風夏。起き上がってきたトレンチコートの男が警戒を込めた眼差しを向けてくる。

 僕はそんな中年のオッサンをギロリと睨みつけた。


「……正直、アンタらにはちょっと怒っている」


「は……?」


「風夏とアンタらがどんな関係かは知らない。超能力者とか、サイキックとかいう力が何なのかも知ったことじゃない。だけど……僕の可愛い妹を危ない場所に連れてきて、あげくに触手プレイにさらさせたことは許せないな」


「妹、ですか? 日下部さんにお兄さんがいるというのは初耳ですけど……」


 同じく、起き上がったキャリアウーマンさんが怪訝に尋ねてくる。


「血のつながりだけが兄妹の条件じゃあない。僕と風夏は……」


『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 階下から響いてきた轟音。

 大怪獣の鳴き声のような声とともに、下から巨大な『腕』が飛び出してきた。


「ん……?」


「きゃあっ!」


 床を突き破って現れた銀色の巨腕を躱して、風夏を抱いたままラブホの窓から外に出る。

『飛行』スキルを使って空を飛びながら……僕はラブホの屋根を突き破った『それ』を目の当たりにした。


「よくもよくもよくもっ! よくもボクと愛する人との逢瀬を邪魔してくれたな!? ぶち殺してやるぞおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 現れたのは、先ほどの『人型』である。外見だけは。

 だが、サイズが段違い。ラブホの屋根を突き破って現れたのはビルのようなサイズがある銀色の巨人の上半身だった。

 その肩の上には、目を血走らせてこちらを睨みつける天童の姿がある。


「へえ……わりと殺すつもりで殴ったんだけど、思いのほかに丈夫じゃないか。どうやって生き残ったんだか」


 先ほど、天童の頭を殴って床の下まで落としてやったのだが……何故か天童は無傷のようである。

 頭蓋骨が粉々になってもおかしくない威力で拳骨を落としたつもりなのだが、身体能力を強化する力まで持っているのだろうか。


「それとも……あれも『創造』とやらの力なのかな? 自分の身体を通常よりも頑丈に造り直していたとか?」


「許さない、許さないぞ……! 僕の花嫁を、イヴを返せええええええええええっ!」


 天童の瞳は完全に狂気の色で染まっていた。

 頭蓋骨は無事のようだが、気取った髪の毛はざんばらに乱れており、仕立ての良いスーツもホコリやら何やらでグチャグチャに汚れている。

 そして……銀色の『巨人』を操り、風夏を抱きかかえた僕に向かって攻撃を仕掛けてきた。


「叩き潰せ! 『キング・アーサー』!」


「うおっと」


「ひゃんっ!」


『キング・アーサー』と呼ばれた巨人の拳が迫ってくる。

 悲鳴を上げる風夏の身体を抱き直して、空中移動して攻撃を躱す。


「それなりに速い攻撃だけど……この程度なら、問題なく避けられるかな?


 スキル発動――『魔弾』」

 キング・アーサーの巨腕を躱して、カウンターで石の弾丸を放った。

 天童の頭部にまっすぐ突き進む弾丸であったが……キング・アーサーの肩の一部が盾のように形状を変えて防がれてしまう。


「クフフフフッ、これでもう手出しはできまい!」


 天童の身体が底なし沼に沈むようにしてキング・アーサーの中に埋もれていき、姿を消した。

 どこにいるのかサッパリわからない。これでは攻撃のしようがなかった。


「へえ、考えたじゃないか。身を隠されると手が出せないな」


「感心してる場合じゃないでしょ!? んんっ……勇治、これからどうするつもりなのよっ!」


「どうするって……わっ!」


 キング・アーサーが右腕で殴りつけてきた。

 当然、向かってくる巨腕は躱してやるが……空振った二の腕部分から無数の針が突き出してきて、僕達の身体を貫こうとする。


「うわわわわっ!? 今のはちょっと危なかった!」


「勇治! 前、前!」


「わあっ!?」


 針をすんでのところで躱したものの、今度はキング・アーサーの左腕が迫ってきた。

 しかも左腕の手首から先の部分がテニスラケットのような形状になっており、攻撃面積が広がっていたのだ。


「スキル発動――『鉄壁』!」


 攻撃を回避しきれないと判断するや、僕は防御スキルを発動させる。ハチの巣状の模様の緑色の球体が僕達を包み込んだ。


「きゃああああああああああああっ!」


 風夏が悲鳴を上げながら僕に抱き着いてくる。

 防壁に守られた僕達の身体に変形した巨腕が叩きつけられ、まさにテニスボールのように弾き飛ばされた。

 そのままラブホテルを覆っていた結界のようなものに衝突してバウンドするが、防御スキルのおかげでダメージはない。


「とはいえ……このスキルは連続では使えないんだよな」


『鉄壁』スキルはあらゆる攻撃を1発だけ完全防御することができる代わりに、発動後にクールタイムが存在する。連続発動はできなかった。


『ボクのイヴを返せ! 下等な旧人類めが!』


 銀色の巨人は身体を変形させながら僕達を追い詰めてくる。

 変態イケメン男の異能によって生み出されたその怪物は決まった形があるわけではなく、粘土のように形を変えることができるのだろう。

 反撃する暇もなく、次々と放たれる攻撃に防戦一方に追いやられる。


「うーん……ひょっとしたら、これって結構ピンチなのかも」


 そんなことをボヤキながら『飛行』スキルを駆使して攻撃を回避していると、腕の中にいる風夏が服を引っ張ってくる。


「はあ、はあ……勇治、ここからは私が戦うわ」


「風夏?」


「アイツに近づいてちょうだい。私の能力で消滅させて見せるから」


 風夏はかなり疲労しているらしく荒い呼吸をつきながら言ってくる。


 いや、無理だろ。

 風夏の使っている異能がどんな力かは知らないが……とてもではないが戦えるようなコンディションではなさそうだ。


「はあ、はあ、はあ……アイツはここで倒さなくちゃいけないのよ。あの男はサイキッカー以外の人間を皆殺しにしようとしている。異能者のための世界を創るためになら、手段を選んだりしない……だから、ここで倒さなくっちゃみんなの犠牲が無駄になってしまう……!」


「人類滅亡ね……中二臭い目的だけど、それを聞いて安心した。そういうことなら勇者の力を使っても大丈夫そうだな」


「え……?」


 キョトンとした顔の風夏に、力強く頷いた。

 もっと早く全力を出せよって話だが……僕はスキルではなく、『勇者の力』を解禁して戦うことを決めた。

 どうやら、あの天童とかいう変態イケメン野郎は僕が勇者の力を出して潰すだけの『悪』であるらしい。


 僕は片腕で風夏を抱いたまま、もう一方の手を頭上に掲げる。


「ここからは遠慮なしだ! 女神の加護――『正義の聖剣モード・ミカエル』!」


 僕の叫びに応えて、掌から1本の剣が出現した。

 勇者の力。女神の加護。かつて魔王の身体を打ち砕いた絶対無敵の武器が現れたのである。

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