第12話 三女は可愛いサイキッカー④

 キャリアウーマンさんが何かの力を発動させる。

 その瞬間、僕は自分が結界のような特殊な空間に閉じ込められたことを悟った。

 異世界で冒険していた頃に何度か経験がある。結界やバリアーのようなものに囚われてしまった時と同じ感覚だ。


「……神聖術による防御結界。いや、どちらかというと空間魔法に近いのかな?」


 少し離れた場所にいる一団に気づかれないように小声でつぶやく。

 神経を集中させて周囲の気配を探ってみると……どうやら、キャリアウーマンさんが生み出した謎の結界はホテル全域を覆っているようだ。

 勇者の力を使えば結界を破壊できるかもしれないが……力を持たない一般人であれば、ホテルに入ることも出ることもできないだろう。


「……これで奴らを逃がすことはないはずです。私の結界の持続時間は30分ほど。それまでに奴らを捕らえましょう」


「ああ、行こう! この世界を守るために……そして、奴らにやられた仲間の仇を討つんだ!」


 イケボの着ぐるみが拳を振り上げた。

 いや、そんなふざけた格好したお前が指揮るのかよとツッコミたい気分だが……風夏を含めた10人はゾロゾロと連れ立って駐車場の隅にある階段に昇っていく。

 そんな彼らの背中を見送って……僕はそっと『忍び歩き』のスキルを解除する。


「……どうしたものかな。これは」


 妹同然に思っていた風夏が放課後に妖しい一団と接触している。

 それだけでもかなりの大事件な気がするのに……その一団の1人が異世界で見た魔法やスキルに近い『異能』を使っていた。

 この状況で、僕は兄として何をすればいいのだろう。何ができるのだろう。


「……風夏を気絶させるなりして、家まで連れて帰るのは超簡単。だけど、それだと根本的な解決にはならない気がするな」


 そもそも、風夏はどうしてあの連中と関わっているのだろうか?

 彼らは何者で、どんな目的を有した集まりなのだろう……わからないことが多すぎて、判断をくだせる状況ではなかった。


「消極的な案ではあるけれど……しばらくは様子を見るのが正解かな? 彼らが言っていた『奴ら』ってのも気になるから」


 とりあえず『忍び歩き』のスキルを再発動させて、風夏を追いかけて階段に向かう。

 少し遅れて階段を昇っていくと、彼らはホテルの階段をまっすぐ上に登っている。脇目も振らずに階段を駆けていき、やがて最上階に続く金属製の扉の前にたどりついた。


「……奴らはホテルのオーナーや従業員を洗脳して、最上階を拠点として占拠している。空間を閉じたことにも気づいているだろう。ここから出たらすぐに戦闘になるだろう…………いくぞ!」


 ゆるキャラが深みのある声で言い放ち、金属の扉を蹴り開ける。


 次の瞬間、扉の向こうで殺気が爆ぜた。

 扉を開け放ったゆるキャラに向かって、バスケットボール大の炎の塊が飛んでくる。


「フンッ!」


 ゆるキャラが右手を突き出すと、そこに不可視の力場が発生した。まるでロウソクの火のように炎を掻き消した。


「チッ……防ぎやがったか!」


「侵入者だ! 1人残らずぶっ殺せ!」


 扉の向こうで待ち構えていたのは、ヤクザの手下っぽい服を着たチンピラだった。

 10人近い人数のチンピラが最上階に入ってきた風夏たちに襲いかかる。


「ハアッ!」


「ムンッ!」


 風夏の仲間(?)が襲いかかってくるチンピラを迎え撃つ。

 ある者は何もない空間から剣を取り出して、またある者は手から雷のようなものを出して、またある者は目からビームを出してチンピラと戦っている。


「何だコイツら。魔法使い……じゃないよな?」


 後ろで戦いを見守っていた僕は、異能もののバトルマンガのような戦いをしている一団に思いっきり困惑する。

 彼らが使っている力は異世界にあった『魔法』とよく似ているが……魔力が感じられないため、まるで違ったメカニズムによる能力であることがわかった。

 この世界にも魔法のような力があることにも驚きだが……それ以上に困惑させられるのが、その中に風夏が入っていること。

 僕の可愛い妹はいったい何に巻き込まれているというのだろうか?


「ここはオレ達が抑える! 先に進んで『奴』を捕らえろ!」


「わかった……みんな、気をつけて!」


 ゆるキャラのイケメンボイスに応えて、風夏とキャリアウーマンさん、トレンチコートの3人がチンピラの間を縫うようにして廊下を走っていく。


「どうやら、『奴』は奥の部屋にいるようです! このまま向かいますよ!」


「了解!」


 キャリアウーマンさんの声にトレンチコートが応える。邪魔してくるチンピラを撥ね飛ばすように走っていき、廊下の奥にある部屋に向かっていく。


「……盛り上がってきたな。まったくバックボーンが見えないけど」


 僕は姿を消したまま、ワケもわからないままに3人についていく。

 ゆるキャラをはじめとした7人がチンピラ集団と戦っているが……正直、風夏以外はどうでもいい。

 風夏の後ろをついていき、廊下最奥の部屋に飛び込んだ。


 3人(+僕)が部屋に入ると、そこには20代前半ほどの年齢の男性が立っていた。

 部屋の中央に立った男はやせ身で背が高く、着色しているのか虹色の奇妙な髪の毛が特徴的である。

 顔はかなりのイケメンだったのだが……どことなく粘着質で性格のねじ曲がった雰囲気が感じられ、綺麗な模様の毛虫のような男だった。


「やあ、よくぞ来てくれたね、私の愛しい花嫁! 新世界のイヴ……日下部風夏!」


「とうとう追い詰めたわよ! 秘密結社『キングダム』のリーダー。天童時彦!」


 穏やかな表情で3人を出迎えた顔だけはイケメンな男に対して、風夏が噛みつくような声で応えた。


「クフフフ……」


 そんな中学生の少女に対して、『天童時彦』と呼ばれた男はネチャッと鳥肌が立つような粘っこい笑みを浮かべたのである。

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