第11話 三女は可愛いサイキッカー③


 猛スピードで町の中を駆け抜ける。風を切って、音を置き去りにして、全てを残像に変えて光のごとく駆け抜ける。

 全ては風夏を助け出すため。車に乗って連れ去られた妹の命を救い出すために……!


「……とか言ったら大袈裟だけどね」


 風夏、別に連れ去られてないし。自分の意思で車に乗ってたみたいだし。

 勇者の身体能力を稼働させて車を追跡している。その気になれば追いつくこともできるのだが……風夏が何の目的で車に乗っているのかもわからないし、人との接触事故が怖いので速度は抑えている。

 まあ、それでもかなりの速さだが、人と衝突してしまいそうなポイントでは屋根とか電柱とか道路標識とか、色んな物の上をピョンピョン飛び移りながら車を追いかけていた。

 もちろん『忍び歩き』のスキルを使用して姿は消している。この状況を他人に見られたら、「日本にまだニンジャが残っていたのか!」とか勘違いされかねない。


「うーん……いったい、どこに行くつもりだ?」


 風夏を乗せた黒のセダンは駅前の繁華街を通り抜けてさらにさらに進んでいく。

 どんどん日下部家から遠ざかっており、「車で家まで送るよ」説は完全に消失していた。

 出来ることなら『遠耳』スキルを使って車内の会話を盗み聞きしたいところだが……周りに雑音が多すぎて聞き取れない。

 繁華街には大勢の人々が行き交っており、車の流れも速い。この中から特定の会話だけを耳に入れることはさすがに不可能だ。


「あれ? この道ってひょっとして……」


 そこで僕はふと気がついた。

 大通りをまっすぐ進んでいた車が右折して横道に入り、人通りのない道には行ったことを。

 そして……このまま車が進んでいくと、とある施設に到着してしまうことを。


 どうかその施設にはいかないでくれ──そう願う僕であったが、無情にも車はその施設の駐車場へと入ってしまう。

 絶対に入って欲しくなかったその施設とはすなわち……


「……ら、ラブホテル」


 電信柱の上に着地した僕は、思わず崩れ落ちそうになってしまう。

 そのまま電線で感電したカラスのごとく道路に墜落してしまいそうになるのを、必死に精神力を振り絞って耐える。


「なんてこった……風夏がラブホテルに! 兄である僕をさしおいて変な中年男と一緒にラブホテルに入ってしまうなんて……!」


 子供の頃から本日に至るまで、風夏と過ごしてきた日々が走馬灯のように駆け巡る。


 風夏10歳のとき。初対面なのに「お前」とか呼ばれて。

 11歳。僕の方が年上なのにケンカで負けて子分にされてしまい、延々とお馬さんごっこの馬にさせられて。

 12歳。マンガを描きはじめた風夏の作業を無理やりに手伝わされて、延々とベタ塗りをさせられて。

 13歳の時。風夏が突然の思春期に入り、いつもの感覚で部屋に入ったら「勝手に入るな!」と激怒されて、生まれて初めてレバーを思いっきりどつかれて。


「いやっ!? ロクな思い出がないんだけど!?」


 噓でしょ。もっといい思い出あるよね!?

 子供の頃から風夏に振り回されてるだけじゃないよね!?


「いい思い出……絶対にある。あるはずだけど……」


 そうだ、子供の頃は風夏と一緒にお風呂に入ったりしてたし。イタズラでスカートをめくって怒られたり、一緒に遊んでいて転んだ拍子にスカートの中に顔を突っ込んじゃったり、風夏の着替えをうっかり覗いてしまったり……。


 うん、良い思い出がラッキースケベの記憶しかない。

 どんな兄的存在だ。ただの変態じゃねえか。


「……何か、嫌われてもしょうがないような気がしてきた。風夏が変な中年男とラブホテルに入っちゃったのも、僕が兄として不甲斐なかったせいなのか?」


 日下部姉妹は7年前に登山中の事故で両親を亡くしている。

 華音姉さんが親代わりになり、僕とかウチの兄貴とかも協力して姉妹仲良く生きてきたが……それでも、やはり愛情が足りていなかったのかもしれない。

 男親を亡くしたショックから、中年オヤジと援助交際的なことに嵌まってしまった可能性があるのでは……。


「……よし、いこう」


 一通り落ち込んだ僕は、覚悟を決めて風夏を追いかけた。

 風夏が乗った黒のセダンを追跡して、ラブホテルの地下駐車場へと侵入する。


「……とりあえず、あの中年男はぶっ殺だ。100回くらい叩き潰そう」


 風夏が道を踏み外してしまったのは、兄的存在である僕の愛情不足かもしれない。

 だが……それでも、一緒にラブホに入った中年男だけはガチ殺す。

 中学生をラブホテルに連れ込んだのだから、どんな目に遭わされたとしても文句は言えまい。ましてや、それは僕の妹なのだから当然である。


 姿を消したままラブホテルの地下駐車場に入ると、ちょうど車から風夏が降りてくるところだった。

 その隣には道路で風夏に声をかけた中年男。車に乗っていた時は服装が見えなかったが、ドラマに登場する探偵のようなトレンチコートを着ている。


 さて、どうやって殺してやろうかと忍び寄っていくと……運転席の扉が開いてスーツ姿の女性の姿が降りてくる。

 20代後半ほどの年齢で、キャリアウーマンのような外見の大人の女性だった。


「ん……?」


 そういえば、中年男は助手席から顔を出していたな。

 ひょっとして……ひょっとしなくても、車を運転していたのはあのキャリアウーマンさんなのだろうか?


 女子中学生と、トレンチコート中年男と、キャリアウーマンっぽい女性。

 いや、どういう組み合わせなのだ。どんな集まりなのかまるで想像がつかない。どんなメンバーでラブホに来ているというのだ。


 僕が困惑しながら3人の様子を盗み見ていると……駐車場に停まっていた車からゾロゾロと人が降りてきた。

 どうやら、風夏たちが来るのを車の中で待っていたらしい。3台の車から合計7人ほどの男女が現れて合流する。


 そこに集まっているのは雑多として、まるで共通項の見つけられない集まりだった。

 白衣を着た医者っぽい男性。セーラー服を着た女子高生。作務衣を着た職人っぽい男。ジャージ姿の若い青年。タンクトップを着たマッチョ。髪の毛をチリチリにしたレゲエ風の黒人男性。そして……ゆるキャラ風の着ぐるみ。マイナーな戦国武将をモデルにした市非公認のゆるキャラであり、名前は『義元さん』だったか?


「どういうこと……何の集まりなんだ?」


 異世界を旅していた頃でさえ、こんなにも奇妙な集団を見たことはない。そして、そんな不思議な集まりの中に可愛い妹こと日下部風夏が入っている。


 うん。悪夢だわ。

 事情は全くわからないのだが……今すぐにでも風夏の首筋に当て身を叩き込んで気絶させ、抱えて逃げ去りたい気分である。


「……女子中学生を気絶させて連れ去るとか、そっちの方が犯罪っぽいけどね」


 風夏を含めた10人の謎集団は何やら会話をはじめる。

 スキルを使うまでもなく、この距離であれば何をしゃべっているか耳に入ってきた。


『本当にこのホテルにいるの?』(僕の妹)


『ああ、間違いない。この最上階を貸し切りにして、奴と仲間達が潜伏しているはずだ』(トレンチコート)


『敵はまだこちらの動きに気がついていないはず。捕えるのなら今ね』(キャリアウーマン)


「ん……?」


 予想外の格好をした集団から、予想外の会話が聞こえてきた。


 敵?

 捕らえる?

 いやいやいやいや、ウチの妹は何の話をしてるんだ?


『『キングダム』のボスである奴を捕らえることができれば、他の幹部メンバーの居場所を聞き出すことができるはず』(タンクトップマッチョ)


『敵のリーダーを捕獲すれば、連中の計画も水の泡ね』(セーラー服)


『ああ、奴らに殺された仲間達の仇を討つために。そして……この世界を連中の好きにさせないために、必ず作戦を成功させるんだ!』(着ぐるみ)


 いや、着ぐるみが普通にしゃべるなや。

 無駄にハスキーなイケボイスだし、声を聞いただけでイケメンだということがわかるようなタイプの声だ。


『それじゃあ……作戦を決行します! 奴らを逃がさないために、ここで空間を閉じますよ!』(キャリアウーマン)


 混乱する僕をよそに、当たり前のように謎の会話が進んでいく。

 スーツ姿のキャリアウーマンさんが柏手を打つように「パンッ」と両手を合わせた。


「…………!?」


 瞬間、ブワリと鳥肌が立つような違和感が襲ってくる。

 異世界では何度となく味わった『魔法』や『異能』の気配を感じとり、僕は思わず声が出そうになって口を抑えた。

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