第10話 三女は可愛いサイキッカー②

「なんかさー、今日は月白さん、ずっとお前のこと見てなかったか?」


 放課後の教室。クラスでも仲が良かった男子の1人にそんなことを言われてしまった。


「そんなことあるわけないだろ!? 僕達は今日が初対面だぞ! 昨晩、会ったりしてないぞ!」


「初対面なのか!? 同じクラスになって1ヵ月以上も経ってるぞ!? っていうか、昨晩ってなんだ!?」


 思わず声を荒げてしまった僕に、友人──伊達という名字の男子が目を丸くして驚いている。


 しまった。

 どうやら見当違いの反論をしてしまったようである。

 僕はコホンと咳払いをして、改めて伊達に向き直った。


「そりゃあ、アレだよ。隣の席なんだから視線が合うのは不自然じゃないだろ? うん、隣の席なんだからな」


「いや、そりゃあわかるけどさ……月白さんって、一緒のクラスになってから男子とはほとんど話したりしてねーじゃん? 視線も合わせないようにしているから、男が苦手なんだろうなーって思ってたんだけど……今日はやたらとお前の方を見てる気がするんだよなー」


「そ、そうなの……?」


 記憶を思い返してみるが……やはり月白さんと話したりした記憶はない。

 僕の記憶力が悪かったわけではなく、本当に関わりが薄かったから覚えていなかったのだろう。


 すでに時間が放課後になっているため、教室の中にいる生徒の数も疎らになっていた。帰宅したのか、それとも部活や委員会活動にでも行ったのか。月白さんもまた、すでに教室から出て行っている。


「……僕ももう帰るよ。腹減ったから」


「あ、おい!」


「また明日なー」


 これ以上、会話をしていたらボロが出てしまうかもしれない。

 僕は友人との会話を途中で切り上げて、カバンを掴んでそそくさと教室から出て行った。


 学校の敷地から出て家路につく。

 スマホを見ると華音姉さんからMINEのメッセージが届いていた。


『今日の夕飯はごちそうを作りますから早く帰ってきてね(はあと)』


「……まるで新妻からのメールだな」


 華音姉さんが僕のことを溺愛しているのはわかっているが……こんな思わせぶりなメッセージをもらうと、まるで恋愛感情を向けられているのではないかと勘違いしてしまいそうである。


「あんな可愛い奥さんがいたら、きっと残業もせずに真っすぐ家に帰るんだろうな。兄貴だってそうだったし」


 兄の玲一はごく普通のサラリーマンだったが、残業や休日出勤もほとんどすることなく、定時に家に帰ってきていた。

 華音姉さんのようなおっぱいの大きい美人さんが家で待っているのだから、気持ちはとても理解できる。

 弟としてはそんな夫婦のいちゃつきぶりは目に毒というか、若干鬱陶しくあったのだが……いなくなったらなったで寂しいものである。


 兄が死んでからもう1年になる。

 華音姉さんにも随分と明るさが戻ってきているし、兄の死を乗り越えつつあるということだろう。


「お? アレってもしかして、風夏か?」


 考え事をしながら通学路を歩いていると、前方に見慣れた少女の背中を見かけた。

 中学の制服を着た女子生徒……その姿を間違えるわけもない、日下部家の三女である風夏である。

 かつて僕も通っていた中学に通っている風夏が道路の片隅を歩いていた。


 どうやら、風夏も学校の帰り道のようである。

 どうせ向かって行く方向は同じなのだ。一緒に帰るべく風夏に声をかけようと右手を上げるが……そこで予想外の事態が生じた。


 歩いていた風夏の隣に車が停まった。黒色のセダンである。助手席の窓から見慣れない男性が顔を出して風夏に話しかける。


「~~~~~~~~~~」


「~~~~~~~~~~」


 風夏と男が2、3会話を交わしたかと思うと、何故か風夏が車の後部座席に乗り込んだのである。


「ちょ……え、ええっ!?」


 驚く僕の視線の先で、風夏を乗せたセダンが走り去ってしまう。

 僕は呆然とどこかに走っていく車を見送っていたが……やがて慌てて車を追いかけた。


「いやいやいやいやっ!? 誰だ、アイツ! 風夏を何処に連れていくつもりだ!?」


 風夏は自分の意思で車に乗っていた。

 無理やりに車に連れ込まれたというわけではないが……それでも、妙に嫌な予感がする。


 助手席に乗っていた中年男性に見覚えはない。多分ではあるが、日下部家の関係者ではないと思う。

 考えられる可能性としては、友人の父親とかで「家まで送ってあげる」とか言われたのかもしれないが。


「いや……違うな。向かった方向が家の方向じゃない……!」


 黒のセダン車が曲がっていったのは日下部家とはまるで別の方角だった。

 家に帰宅しようとしているわけではなく、どこか全然別の場所に行こうとしているのだ。


「誘拐とか事件性があると決まったわけではないけど……放っておくわけにはいかないだろ!」


 杞憂であったならそれでいい。心配しすぎ、過保護なだけだったというのならば、それでもいい。

 だが……万が一にでも風夏に、妹のように可愛がっている少女に危険がおよぶ可能性があるのなら、放置することなどできるわけがない。

 兄貴として、風夏を守るために全力を尽くさなくてはいけない!


 曲がり角を消えていった車を追いかけると、すでに大通りに出てしまったらしくスピードを上げて離れていく。


「……血のつながらない兄を舐めるなよ。お兄ちゃんパワーを見せてやる!」


 僕は強く地面を蹴り、猛スピードで風夏を乗せた車を追いかけるのだった。

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