第9話 三女は可愛いサイキッカー①
週明けの月曜日。
今日から5年ぶりとなる高校生活の再会である。
時間どおりに目覚めた僕は学生服に着替えて、買い置きしてあった菓子パンをかじりながら家を出た。
夕食は日下部家とご一緒することの多いのだが、朝食はこうやってコンビニのパンやおにぎりで済ませることにしていた。
以前は朝から日下部家にお邪魔して、華音姉さんが作った朝食をごちそうになっていたのだが……ある朝、寝坊した風夏を起こそうとした際に、うっかり彼女をベッドに押し倒してしまったのだ。
狙ってやったことではない不慮の事故。
むしろ、僕の手を引っ張ってベッドに引きずり込んだのは寝ぼけた風夏なのだが……直後、目覚めた風夏は激怒して朝から大声で怒鳴り散らした。
結果、朝の時間帯は日下部家に出禁となってしまい、朝食は自宅で食べることになったのである。
そんなわけで菓子パンを片手に通学した僕であったが……5年ぶりになる高校。久しぶりに顔を合わせる友人に涙ぐみそうになってしまった。
人前で泣くのを我慢できたのは……足を踏み入れた教室の中に、昨晩、不良から助けた美少女の姿があったからである。
「ブフッ!」
「あ? 何を噴いてるんだよ、八雲」
教室に入るや、さっき食べたばかりのチョココロネを噴き出しそうになる僕に、教室で談笑していたクラスメイトが怪訝な顔で声をかけてくる。
「い、いや……何でもねっす……何の異常もないでやんす……」
「口調に明らかに異常事態が起こってるぞ。朝っぱらからどんだけ動揺してんだよ」
呆れ返った友人にブンブンと手を振りつつ、僕は必死になって混乱を抑えつける。
まさか……不良から助けた美少女がクラスメイトだとは思わなかった。
5年間も異世界にいたせいで、クラスメイトの顔と名前は半分ほどしか覚えていない。
男子生徒であればだいたい覚えているのだが……あまり話したことのない女子生徒などは、顔も名前も忘れていた。
「落ち着け。クールになれ。僕は魔王を倒した男だぞ。こんなの全然、大したことじゃない。あの激戦……ランブル要塞防衛戦に比べればずっとマシじゃないか。こんなことでいちいち動揺するな……!」
「……お前さ、朝から何をブツブツ言ってんだ? 魔王とか聞こえたけど、中二病かよ」
「しまった! 口に出していた!」
うん、僕はアホなのかもしれない。
それとも……久しぶりの学校にテンションが上がりまくっているせいだろうか。
幸い、僕の独り言を聞いた男子生徒は興味のなさそうにアクビをしており、僕の中二病発言を本気にしている様子はない。
僕は深呼吸をして心を鎮めて……拙い記憶を頼りに自分の席を探してイスに腰かける。
「…………」
「…………」
いや……隣の席かーい!
席に着いた僕の隣には長い黒髪の礼儀正しそうな少女が物静かに座っており、机に教科書を広げて目を通している。
今日の授業の予習でもしているのだろうか。昨晩は遅くまで塾にいて帰りが遅くなっていたっぽいし、随分と勉強熱心なことである。
僕達は高校2年生。
まだ受験には時間があるだろうに……真面目なことだ。
勉強をほったらかしにして異世界で勇者やってた僕とは大違いである。
「うーん……早いヤツはもう受験勉強を始めてるんだろうな」
この学校は進学校というわけではない。偏差値もピッタリ50。平均ど真ん中のごく普通の公立高校である。
それでも……大学受験を見据えて、早くも準備を進めている生徒は何人がいた。隣の席の彼女もまた、そんな真面目な学生の1人なのだろう。
「…………」
「ッ……!」
そんなことを考えながら隣の美少女を見つめていると……ふと、彼女が僕の方に目を向けてくる。
目が合ったのは一瞬。僕は慌てて視線を逸らした。
「八雲君って……」
「へ……?」
隣の席に座った美少女がポツリと僕の名を呼ぶ。
僕は動揺を隠して、今気がついたとばかりに何気ない仕草で顔を向ける。
「呼んだ? 僕がどうかしたって?」
「……いえ、すみません。知り合いに似ていたような気がしたもので。驚かせてしまって申し訳ありません」
「そ、そっか。まあ、よく見かける顔だって言われるからな! クラスに5人くらいはいる顔だろう!」
「その理屈だとクラスの男子の4分の1が八雲君と同じ顔になってしまうんですけど……」
隣の美少女はどこか気品を感じさせる仕草で首を傾げた。
それでも、僕が不良から助けた男だとは気がつかなったらしく、怪訝な顔つきのまま勉強を再開させる。
「あっぶね……」
僕はポツリとつぶやいて胸を撫で下ろす。
後になってクラスの男子から確認したことだが……彼女の名前は『月白真雪』というらしい。
上品そうな美しい顔、いかにもお嬢様っぽい礼儀正しい仕草から学校の『三大美少女』の1人に数えられているという男子からも人気の女子生徒である。
「…………」
勉強を再開させた月白さんであったが……どうやらまだ僕のことが気になっているらしい。
机に向かいながら、こちらをチラチラと窺っている。
「ううっ……」
僕は隣から向けられる視線から必死に顔を背けて、ひたすら授業が始まるのを待つのであった。
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