第8話 勇者の夜遊び③
ビルの陰にいるのは僕と同じく、高校生くらいの年齢の少女。
長い黒髪をバレッタで留めており、清楚でお嬢様っぽい雰囲気がある美人さんだ。
対して、彼女を囲んでいるのはいかにも「不良!」「チーマー!」「DQN!」と言わんばかりの格好をした4人組の男。
ニタニタと好色そうな表情をしており、少女を壁際へと追い詰め、集団で囲んで逃げ道をふさいでいる。
「ナンパ……だよな。テンプレな展開だけど」
その光景にすぐに状況を察した。
おそらく、あの少女は駅前で強引にナンパされてしまい、追い詰められている最中なのだろう。
少女の瞳には怯えが浮かんでおり、遠目ながら涙が浮かんでいるのがわかった。
「スキル発動――『遠耳』」
離れた場所の音を聴き取るスキルを発動させると、彼らの会話が聞こえてくる。
『やめてください、困ります!』
『いいじゃんか、ちょっとメシに行こうって誘ってるだけだろ?』
『そうそう、朝までやってるいい店を知ってるからさ。お兄さん達がおごっちゃうよ?』
『朝までオールしちゃおうぜ。帰りたいって言っても帰らせねえけどな。ヒャハハハハッ!』
「……やっぱり、予想通りか。ああいう手合いの連中はどこにでもいるんだな」
呆れ返って溜息を吐く。
会話を聞くに、もはやナンパというよりも誘拐や強姦未遂に近いかもしれない。
『こんな時間で歩いてるんだ。そっちだってその気なんだろ?』
『それともエンコー待ち? せーそな顔でやるじゃんかよ!』
『ち、違います! 塾で遅くなってしまっただけで、なかなか親が迎えに来てくれなくて……』
『親ってパパさんのことかよ。ヒャッフウウウウウッ! 最近の女子高生はやるねえ!』
「……耳障りな連中だなあ。時代遅れっていうか、いつの時代の不良だよ」
平成が終わって令和になった時代に、こんなイケイケドキュンな不良が現存しているとは思わなかった。
逆に感動するというか、絶滅危惧種の珍獣を発見したような気分である。
「とはいえ……さすがに放っておくわけにはいかないね。寝覚めが悪いし……ちょっと、ぶちのめしてから帰るか」
僕はヒラリとマンションの屋上から空中に身を躍らせた。
クルクルと回転しながら自由落下して、シュタッと音を立てて着地する。
フード付きのパーカーを着ていてよかった。
僕はフードを被って軽く顔を隠して、滑るような足取りで少女と不良に接近する。
「殺さないように加減をして…………ヨッと!」
「カッ……」
少女の腕を掴もうとしていた男の首に手刀を叩き込む。
力の調整を間違えていたらギロチン君になっていたところだが、上手い具合に手加減をして最初の男を倒すことができた。
「へ……?」
「はい、おやすみ」
「ぐふっ!?」
倒れた仲間に、不思議そうな顔をこちらに向けた2人目の不良。その腹部に爪先を押し込んだ。
『蹴る』のではなく『押す』のを意識した一撃により、男が地面に崩れ落ちて悶絶する。
「よしよし、これも成功。内臓破裂しない程度に手加減できたぞ」
「て、テメエ! いったいなに……」
「あちょー」
「ッ……!」
虫を追い払うつもりで放った裏拳が顎をかすめて、3人目の男が声もなく倒れる。
「うん、やっぱり僕ってデキる奴。殺す戦いだけじゃなくて、殺さない戦いもちゃんと出来ているね」
「ッ……よくも仲間をやりやがったな!」
4人目がポケットからナイフを取り出して僕に向けてくる。
銃刀法違反。あるいは殺人未遂だろうか。
最後の男はちょっと強めにやっても良さそうである。
「正当防衛ってことでちょっとだけ本気を出して…………あ」
「は……?」
先ほどよりもほんの少しだけ力を入れて蹴りを放つが……途端、男の右耳が消し飛んだ。千切れたのではなく、文字通りに消えた。
「やっべ、うっかり力加減を間違えた!」
「あ、がががががが……」
4人目の男がわけのわからない悲鳴を上げて、バッタリと崩れ落ちる。とんでもないスピードの蹴撃によって三半規管をやられたのだろう。
「うーん、最後は失敗しちゃったけど……4人中3人は手加減が成功してるからな。75点。合格合格」
僕は言い訳するようにつぶやいて、絡まれていた少女のほうを窺う。
「あ……」
少女は腰を抜かしたように壁際に座り込み、呆然とした眼差しをこちらに向けてくる。
怪我はなさそうだが……先ほどのこととかを問い詰められると面倒臭い。
「……ここは退散ということで」
僕は4人目の不良の身体を踏みつけ、同時に回復効果のあるスキルを使って耳を治療する。
消し飛んだ耳が再生したりはしないものの……ダメージはある程度回復させた。日常生活に支障はないだろう。
そして、少女に声をかけられる前にその場から素早く立ち去った。
「あ、あのっ……!」
去っていく僕に慌てて少女が声をかけてくるが、すぐさま『忍び歩き』を発動させて姿を隠す。
ちなみに、『忍び歩き』のスキルは不意打ちには使えるものの、戦闘中に発動させることはできない。本職の暗殺者なら『隠形』という上位のスキルで戦闘中も姿を消すことができるのだが、僕には修得できなかった。
それでも……暗かったし、フードも被っていたから顔までは見られていないだろう。
「危ない、危ない……あやうくフラグが立つところだったぜ」
マンガやライトノベルでは異世界から帰ってきた主人公が不良やテロリストから女の子を助け出し、愛が芽生えるのがお約束である。
あのまま少女に話しかけていたら僕もそうなったかもしれないが……どうにか回避することができた。
「可愛い女の子とお知り合いになるのは嬉しいけど……今は家族との時間を大切にしたいからね」
異世界で5年間も戦い続けて、ようやく家族との時間が持てるようになったのだ。
今は見知らぬ美少女とのフラグを立てるよりも、日下部さん家の四姉妹と一緒にいる時間を作りたかった。
「彼女を作るのはそれからでもいいかな。さっさと帰ろっと」
親が迎えに来るとか話していたし、近くには交番もある。あの美少女はこのまま放置しておいても問題あるまい。
僕は夜の町を駆け抜けて、足早に家路につくのであった。
〇 〇 〇
日本に帰ってきて早々に、不良に絡まれている女の子を助けるというお約束のイベントに遭遇してしまった。
異世界から戻ってきた少年は美少女を助けなくてはいけないという掟でもあるのだろうか。テンプレというか、ありきたりな展開である。
さらにお約束の展開を述べるのであれば……助け出した美少女が実は転校生であり、学校で再会したりしそうなものである。
とはいえ……現実にそんなことは起こらないだろう。
今は5月の半ばという中途半端な時期である。こんな時期に転校性が現れることなどあるまい。
ましてや、それが不良から救い出した美少女だなんて天文学的な確率である。
そんなことを考えて……やってきました月曜日。
週明け、体感で5年ぶりになる高校に通学した僕は、すぐに知ることになる。
「…………転校生っていうか、クラスメイトじゃん」
久しぶりの学校に感動した矢先、教室に当たり前のように座っている昨晩の美少女の姿に、呆然と顔を引きつらせるのであった。
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新作小説――『毒の王』を投稿いたしました。
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