第7話 勇者の夜遊び②
「さて……次は能力を確認しておこうか」
ネットバンクの金額に衝撃を受けた僕は、今度は自分の能力を確かめることにした。
異世界に勇者として召喚されたことで、僕は超人的な能力を身に着けている。その気になれば、デコピンで人間を死に至らしめることだってできるはず。
力加減を間違えて事故を未然に防ぐためにも、改めて自分の力を確認してみたいと思う。
タンスから引っ張り出したジャージに着替えて、そっと玄関を開けて外に出る。
隣家を見上げると、すでに明かりが落とされていた。日下部さん家の四姉妹は早寝早起き、マンガ家を目指している風夏が時々夜更かしをしているが……今日はもう眠っているようだ。
「好都合だな。夜遊びに出るのを見られたら面倒だから」
美月ちゃんはともかくとして……飛鳥姉や風夏は何処に行っていたのかしつこく聞いてくることだろう。
華音姉さんは怒ることはないだろうが、2度と夜中に出歩いたりしないように日下部家で寝泊まりすることを強要してくる可能性がある。
「それはそれで幸せだろうけど……理性が保たないからね。美人姉妹と同居とかエッチなマンガみたいじゃないか」
華音姉さんのことだ。一緒に風呂に入ろう、同じ布団で寝ようと誘ってくるに決まっている。爆乳お姉さんと同衾までしたら、イケナイ欲求に流されてしまいかねない。
「よし……それじゃあ、まずは軽く走ろうか」
手足を伸ばして体操して……僕はアスファルトを蹴って駆けだした。
いきなりトップスピードにすることはしない。全力の10分の1ほどの速さに抑えたものの、それでも陸上選手並みのスピードで走ることができた。
幸い、地方都市の片隅である町にはそれほど人通りはない。誰かに見咎められることもなくランニングをすることができた。
「うん。1割の力でアスリートレベル。向こうの世界と変わらないな」
普段からこれくらいに力を抑えておけば、超人扱いされることなく生活することができるだろう。
運動部からスカウトされかねないが……その辺りは上手く誤魔化すとしよう。
「よし……じゃあ、今度はスキルを試してみるか」
僕は異世界に召喚されて3つの力を手に入れた。
1つ目は超人的な身体能力であり、2つ目が『スキル』と呼ばれる特殊能力だ。
スキルは特定の条件を満たすことで得られる能力であり、あちらの世界では才能の有無に関わらず、訓練をすれば誰だって修得することができた。
「スキル──『忍び歩き』」
スキルを発動させると、自分の気配が希薄になるのがわかった。
ちょうどサラリーマンらしきスーツを着た男性が道を歩いていたため、小走りで走り寄る。
「ばあっ」
「…………」
スーツの男性は立ち止まって不思議そうに左右を見回すが、すぐに何事もなかったように歩き出す。
すぐそばで変顔をしている僕に気づくことはなかった。
スキル『忍び歩き』の効力は姿を消して気配を薄くすること。
透明人間になったような状態だが、これには身体から発せられる音や匂いも含まれている。足音や体臭でバレることもない。
「うん、こっちも問題ないな。姿を消したことだし……ちょっと本気で走ってみるか」
僕は先ほどよりも少しだけ身体能力を引き出して、道路わきの塀や民家の屋根、電柱などを足場にして跳び歩く。
電線に引っかからないように注意しながら、まるでアメリカンヒーローのような立体的な動きで町を進んでいく。
宙高く飛びあがると、街の明かりが眼下に広がってキラキラと輝いている。
自分が生まれ育った町。5年ぶりに戻ってきた町並みを空から見下ろしながら、飛ぶような足取りで駆けていく。
そのまま10分ほど町の上空を駆けて気が済んで僕は、駅前にあるマンションの屋上に着陸した。
「ふう……排気ガスで汚れた空気。街灯でほとんど見えない星空。日本に帰ってきたって感じがするな」
中世ヨーロッパ的な文化圏だったあちらの世界では、空気は澄んでおり、夜空には宝石箱のように無数の星々が散らばっていた。
向こうに比べると随分と環境が悪いが……それでも、この町こそが生まれ育った故郷。懐かしき古里である。
僕はマンションの屋上にあるフェンスの上に座り、ブラブラと脚を振りながら満足げに息をつく。
「明日は月曜日。学校か……ははっ、面倒だなあ」
などとボヤキながらも、やはり5年ぶりの高校は楽しみでもある。
クラスメイトの名前と顔も親しかった数人しか覚えていないが……みんな元気にしているだろうか?
「……って、元気に決まってるよな。こっちじゃ1日も経ってないんだから」
独りで言って、独りで笑って……僕は軽く腕を伸ばして、帰宅することにした。
すでに時間は深夜である。
勇者として活動していた頃には不眠不休で三日三晩戦い続けたこともあるため、寝不足でコンディションが悪くなるということはないが……それでも、早く眠るに越したことはない。
家に帰ってシャワーでも浴びて、さっさとベッドに飛び込むとしよう。今夜は久しぶりに安眠できそうだ。
僕は自宅に向けてマンションの屋上を飛び出そうとするが……そこでふと、目に飛び込んでくるものがあった。
「ん……?」
駅前に並んだビルの陰。
そこで自分と同年代の少女が、ガラの悪そうな青年達に囲まれていたのである。
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