第6話 勇者の夜遊び①
日下部家の四姉妹との夕食を終えて、僕は隣家にある自宅へと戻ってきた。
華音姉さんからは泊まっていくように勧められたが……さすがにそれは辞退する。
中学生で思春期爆発の風夏が露骨に嫌な顔をしていたし、四姉妹の下着姿やら裸やらを連続して目の当たりにしてしまい、色々と気まずくなっているからだ。
「……この状況で『一緒に寝よう?』とか『お風呂に入ろう?』とか言われたら、自分を抑えつけられる自信はないって。いくら家族とはいえ、僕だって年頃の男の子なんだから」
風夏は死んでもそんなことは言わないだろうが……華音姉さんは普通にベッドに誘ってきそうだ。いやらしい意味ではなく純粋な慈愛として。
飛鳥姉だって面白半分に誘ってくる可能性があるし、美月ちゃんは子供だから僕と同衾したり風呂に入ったりするのは抵抗がなさそうだ。というか、ちょっと前までよく一緒に寝てたし。
日下部家から出て、兄と暮らしていた家に入ると……途端に寒々しい沈黙が襲ってきた。
まだ温かい季節だというのに、気温が急に下がったような気がする。
「…………」
僕はわずかに表情を顰めながら……とりあえず、仏壇のある和室に入る。仏壇には両親と兄の遺影が置かれている。
僕は仏壇の前で正座をして、瞳を閉じて軽く頭を下げた。
「……ただいま戻りました。長いこと、ほったらかしにしてごめん」
僕は5年間も異世界に行っていた。
とはいえ……この世界では1分も経っていないのだから不思議なものである。
僕は瞳を閉じて、心の中で異世界での冒険について兄と両親に報告をした。
「よし……報告完了」
家族への報告を終えて、僕は5年ぶりになる自分の部屋へと戻った。
脱ぎ散らかした服。読みかけのマンガ。半分だけ食べて残してあるコンソメのポテトチップス。
全てあの頃と同じ。何も変わっていない。
しいて違う場所があるというのなら、ポテトチップスがちょっと湿気っていることくらいだろうか。
「うっわ、懐かしい……ずっと気になってたんだよな。このマンガの続き」
読みかけのコミックスを手に取ってしみじみとつぶやく。
ちょうど悪魔の指を10本食わされたことで主人公の中にいるモンスターが目覚めたところで、これからどうなるのかとハラハラしていた場面だ。
僕はベッドに寝っ転がり、しばしマンガを読みふける。読み終わって次の巻。そのまた次の巻のコミックスに手を伸ばしたところで、ちょうど時計の短針が頂点を指していることに気がついた。
「おっと……いけない、いけない。やることがあるのを忘れてた」
マンガを置いてベッドから身を起こして、あちらの世界から持ち帰ってきたアイテムを確認する。
僕は異世界転生でお馴染みのスキル──『アイテムボックス』を修得しており、そこに金品や日用品、薬などを収納していた。
頭の中で「アイテムボックス」とつぶやくと、すぐに中身がリストのように思い浮かんでくる。
「うん、魔王城に乗り込んだ時と変わっていないね。使っちゃったポーションが減っているくらいか」
異世界から持ち帰ってきたアイテムには傷を治癒することができるポーションの他に、魔物の死骸や素材も入っている。
角の生えた兎の死体とか、巨大なドラゴンの残骸がそのまま入っていたりするのだが……これをネットオークションとかで売りに出したら、世間はどんな反応するだろうか?
作り物だと決めつけられて鼻で笑い飛ばされるか、それとも異世界の存在が確認されたことで狂喜乱舞してくれるか。
「面白そうだけど……目立ってもしょうがないしな。自重自重」
そういえば……女神様が魔王討伐の報奨金をアイテムボックスに入れておくと言っていたが、どうなっているのだろう。
こっちの通貨で受け取れるようにするとか言っていたが……まさか偽札じゃないだろうな?
「ん……何だコレ?」
報奨金よ出ろ──そう念じて出てきたのは小さな封筒である。糊付けされた封筒を開くと、中には1枚の紙が入っていた。
「これって……口座番号か?」
紙に書かれていたのはとある海外のネットバンクの名称とURL、口座番号と暗証番号らしき数字の羅列だった。ご丁寧に名義は僕の名前になっている。
まさかと思って机に置かれたパソコンを起動させてURLを打ち込んで、ネットバンクのサイトを開く。口座番号と暗証番号を入力すると……それはちゃんと実在している口座だった。
口座に入っている残高を調べてみると、その金額には見たことがない数の『0』が並んでいる。
「一、十、百、千、万、十万、百万、千万…………………………100億!?」
数え間違いじゃないかともう1度確認するが、口座に入った金額は間違いなく日本円で100億円だった。
一般的なサラリーマンの生涯収入の平均は2億円ほどだと聞いたことがあった。つまり……僕は一生を50回遊んで暮らせるだけの金額を手に入れたことになる。
「すごい金額……いや、そうでもないのか!? 魔王倒して世界を救ったんだし!?」
100億円というのは庶民にとってはドリーミー過ぎる金額であったが……国家予算から考えると、それほどでもないのかもしれない。
世界を救った英雄への報酬として、はたして適当な金額なのだろうか。世界を救うのは初体験なのでさっぱりわからない。
「……今度、お隣さんになんか奢ってあげよう。トロとか。ステーキとか」
100億円を手に入れて頭に思い浮かぶ高級料理がトロとステーキしかない。
そんな自分の金銭感覚の庶民具合に哀しい気持ちになりつつ……僕は四姉妹を連れて外食に出ることを心に誓ったのである。
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