私だけの特別な彼女
砂鳥はと子
私だけの特別な彼女
実家が建て替えすることになり、荷物整理のために私も家族に呼び出された。部屋の中を片付けて、いらない物を捨てていく。
押入れの奥に追いやられたダンボール箱を引っ張り出すと、学生時代の思い出の品がたくさん出てきた。
私はつい品々を取り出して、懐かしい気持ちにひたる。大きな封筒を開けてみると、小学生の時に書いた作文が出てきた。
「よくこんなに残ってたなぁ」
関心しつつ、片付けの最中なのも忘れて紙の束をめくる。
そして一つの作文が目に入った。
タイトルは「私のヒーロー」
振り返れば5年生の時にこんなお題で作文を書かされたな。私はDIYが大好きで、何でも手作りしてしまう祖父のことを書いたんだっけ。
もし今この作文を書くことになったら、私は迷わず彼女の
祖父は今でも大事な家族だけれど、私には家族以上に大切な人ができてしまった。
一つ年下で、私よりも30センチも背の高い、かっこいいようで、実はめちゃくちゃ可愛くて、愛しい大好きな彼女。
乃愛ちゃんには今でも助けられっぱなしだけれど、それは大学時代から続いている。
まだ乃愛ちゃんと知り合って間もない頃。季節は初夏。ゴールデンウィークに入る直前だった。
私は通学のために満員電車でもみくちゃにされていた。身長が145センチしかない私は、満員電車にでも乗ろうものなら、ほとんど自分よりも高い人たちに囲まれることになる。
ぎゅうぎゅうに寿司詰めにされた車内で人に押されて、前の人のカバンがおでこにぶつかって、ともかく通学は大変だった。
上手く席に座れることなんて滅多になくて、せっかくきれいに整えた髪も、アイロンをかけたスカートも、ぐしゃぐしゃ。
そんなのが毎朝の私の光景。
やっとこさ降車駅に着いたら着いたで、降りてきた人にぶつかって、前のめりに転ぶ。
「ガキが邪魔なんだよ」
明らかに私に対して言われた言葉が上から落ちてきて、顔を上げたらそれらしき人はもういなくて。
(ガキじゃないもん)
何だかしょっぱい気持ちのまま、よろよろと立ち上がろうとした時だった。
「
聞き覚えのある声に振り返る。そこには後輩の乃愛ちゃんがいて。目が合うと慌てたように駆け寄って来た。
(かっこ悪いところ、見られちゃったな)
気まずいまま、私は作り笑顔をへらへら浮かべてた。
「乃愛ちゃん、おはよう。同じ電車だったんだね」
転んで地べたと仲良しになってると、背の高い乃愛ちゃんがより高く見えた。でも不思議と威圧感が全然ない。
きっと乃愛ちゃんの表情が優しいからだ。
「おはようございます、紗雪先輩。大丈夫ですか? 立てます?」
「うん、大丈夫」
乃愛ちゃんが当たり前みたいに手を差し出すから、自然と私もその手を取っていた。
「怪我とかしてません?」
心配そうに乃愛ちゃんが私を見ている。
「全然平気、平気。いつものことだから。朝の電車だとすぐもみくちゃにされちゃって」
「満員電車は仕方ないですよね。先輩、同じ沿線に住んでるなら、明日から一緒に行きませんか? 私このとおりでかいですから、傍にいたら少しはガードできるかも」
「そんな、何か悪いよ⋯⋯。でも乃愛ちゃんとは通学したいかも」
「それなら決まりですね」
ひょんなことから私と乃愛ちゃんは一緒に通学することになった。
翌朝、私は電車が来る前にどの車両に乗るかを、乃愛ちゃんにメールした。すぐに了解の返事が戻って来る。
私は人でいっぱいの電車に乗る。そこから三駅目。乃愛ちゃんが使っている駅に到着。私は開いたドアの方に視線を向ける。
どっと乗って来た人たちに押されて流されて、反対のドア前まで来てしまった。
同じ車両に乗れてもここまで人が多いと会えないかもしれない。そう思うと急速に気持ちがしぼんでゆくのを感じた。私、思っていた以上に乃愛ちゃんと通学するのを楽しみにしていたみたい。
ドアの窓ガラスにうっすらと映った私がため息をついている。
その私の後ろに映る背の高い影に、私ははっとして振り返る。
「紗雪先輩、おはようございます。よかった。会えて」
他の乗客の合間をすり抜けて、乃愛ちゃんが現れた。にこって笑う彼女の笑顔がぬくもりに溢れていて、どうしてだか涙が出そうになった。
「乃愛ちゃん、おはよう。会えないかと思ってた」
「紗雪先輩見つけられてほっとしてます」
電車が走り出す。目の前には乃愛ちゃんが着ている薄水色のパーカー。
身長差がもっと少なかったら、ちゃんと顔が見られるのに。ちょっとそれを残念に思いながら顔を上げる。
電車が大きく揺れて、真横にいた人がこちらに倒れかかったので、避けようとしたら、乃愛ちゃんが私を引っ張って抱き寄せる。
「大丈夫ですか、紗雪先輩」
「う、うん。ありがとう」
乃愛ちゃんの柔らかなぬくもりを感じて、私は安心感に包まれていた。
こうして乃愛ちゃんが一緒にいてくれるのが、予想よりずっと心強いことに気づく。
そして何より乃愛ちゃんの腕の中にもっといたいって思ってる。
(私って甘えん坊なのかな)
なんて当時は幼い自分に呆れたけれど、もしかしたら私はあの頃からすでに乃愛ちゃんに惹かれていたのかもしれない。
また別のある時。
あれは真冬の寒い時期で、東京でも珍しく雪がちらついていた。
私は家を出る時にマフラーを忘れてしまって、首元が寒かった。
震える私に乃愛ちゃんは自分がしていたマフラーをほどいて
「紗雪先輩、私のやつですけど、よければ使ってください」
まだ温かなマフラーをかけてくれたことがあった。
「乃愛ちゃんだって寒いのに⋯⋯」
私は受け取るのを拒否しようとしたけれど
「私はけっこう頑丈ですから大丈夫ですよ。それより紗雪先輩が風邪引く方が辛いので」
乃愛ちゃんはしっかりと私の首元にマフラーを巻いてくれたのだった。
私は体が小さいせいかあまり体力もなくて、風邪を引きがちだった。そのせいで大学やバイトを休むこともあったし、乃愛ちゃんももちろんそれは知っていた。
だからこそ心配してくれたんだと思う。
「乃愛ちゃんっていつも私のこと助けてくれるよね。優しいね」
「そうですか? 普通だと思いますよ」
乃愛ちゃんはそっぽを向く。その横顔がほんのり赤くなってて、照れくさいんだなって分かった。そんな乃愛ちゃんがとても可愛かったことを今でも鮮明に覚えている。
乃愛ちゃんは私が風邪で寝込んでる時に家に来て、私が食べたいって言った鍋焼きうどん作ってくれたことがあったな。卵を二つ入れてくれて。看病してくれたのが、本当に心にしみて、あったかい気持ちになった。
道を歩いてる時に転けそうになったら、体を支えてくれたり。バイトで変なお客さんに絡まれた時も、店長より先に助けてくれたし。
お気に入りのキーホルダーを落としてしまって、一緒に探して見つけくれたこともあった。
本当に乃愛ちゃんにはずっと助けられてきている。
私は乃愛ちゃんにちゃんと助けてもらった分を返してあげられているだろうか。
片付けの最中に思い出にひたっているところを、電話の着信で呼び戻される。
椅子の上に投げ出しておいたスマホを手に取ると、乃愛ちゃんからだった。
「もしもし」
『紗雪、ごめんね。今忙しいかな? どう、片付けは進んでる?』
「今ちょっと手が止まってたところ」
『サボってたの?』
「もう、サボってないよ。ちょっと、ちょこっとだけ休憩みたいになってただけだよ」
私の言い訳に乃愛ちゃんがからからと笑う。その笑い声が耳に心地いい。
『紗雪、今日は家に帰って来るんだっけ? 実家に泊まる?』
「どうしようか迷ってて。多分、すぐ片付くし乃愛ちゃんのところに戻るよ」
それにね、何だか私は乃愛ちゃんに会いたくてたまらないんだよ。数時間前に離れたばかりなのに。
『OK、戻るのね。了解。夕飯の買い出しは二人で行く? 私が一人で行ってもいいんだけど、どうする?』
「乃愛ちゃんと一緒に行く! 今すごーく、乃愛ちゃんに会いたいモードだから」
『どうしたの、急に』
「大学時代のこと色々思い出してね。乃愛ちゃんって、私にとってのヒーローだなって。いつも助けてくれるから」
『そんな大それたことしてたかなぁ』
「乃愛ちゃんにとっては大したことなくても、私はすごく助けられてたよ。私だけのヒーローなんだから、乃愛ちゃんは」
『紗雪だけのヒーローか。いいね。私、紗雪しか興味ないしね。助けるのは紗雪限定です、なんてね』
「もう、乃愛ちゃん、急にそんなこと言うなんてずるいよ」
のほほんとしたところに不意打ちのストレートを入れられた気分だ。心臓に悪い。
乃愛ちゃんの言葉が脳内でリフレインして、嬉しくてどきどきしている。耳が熱くなってきた。
『えー、それはこっちのセリフだけど。私も紗雪に早く会いたいモードになってきた』
二人で過ごして来た時間は長くはないけど、けして短くもなくて。
それでも毎日一緒にいたくて、会いたくなる。
だからこそ私は乃愛ちゃんが愛おしい。
「早く片付け終わらせて、会いに戻るからね」
来年も再来年も十年後も、いつでも一緒にいたいと思ってもらえる存在でいたいし、私もそうでありたい。
だって乃愛ちゃんは私だけの特別な
私だけの特別な彼女 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko
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