[1-6]親父の馬鹿野郎ぉぉぉぉ!
紆余曲折はあったものの、僕たちはゼレスを休ませることに成功した。
ローズの子守唄で見事に眠り込んだ過労狼は、僕たち三人にに見守れながら兵士たちに寝室へ運ばれていった。あのガタイがいい男を、僕やヴェルの力じゃとてもじゃないけど運べないからね。
さて、大人しくゼレスが眠っている間に僕たちは次の仕事に取りかからなくては。そう、山積みになっていたたくさんの書類を検分するのだ。
「これからどうするんだ、ノア」
「とりあえず散らばった書類を全部拾い集めよう。それから緊急性の高い書類とそうでない書類を仕分けしていこうか」
「わかった」
床に散らばった紙を二人で集めてから、僕とヴェルはグループごとに仕分けすることにした。
眠れないほど仕事が山積みになっているのなら、まず優先順位に振り分けることが必要だ。まずは緊急性の高いものを先に処理していけばいい。——そう思っていたのだけど、今回の問題はそう単純に片付けられるものではなかった。
カミルとゼレスがどうして二人だけで仕事を抱えようとしていたのか。書類を一枚一枚確認していくうちに、その理由が少しずつ見えてきたのだ。
かつて僕の実父は圧政を敷き、主に
父は
あれから三年。政変によりノーザンの玉座を奪い取ったカミルは国内の治安をなんとか落ち着かせた。僕はそう思っていたけど、どうやら少し違ったらしい。それだけでなく、虐げられ破壊された
「こっちはカルスタ連山地方にある
「復興関係だけじゃないよ。同じダグラ森にあるルエル村から警備人員の要請もきてる。あそこは生き残った数少ない
「え? 友好的ってどういうことだよ」
ヴェルは意味をつかんでいないようで、首を傾げている。
あきれた。あいつの、父のしでかしたことの深刻さをまだわかっていないのか。
「なに寝ぼけたこと言ってんの。現在、ノーザンでは王命により他種族狩りを禁じている。けど、布告を出してからたった三年しか経っていない。幸い
可能なら、平和を維持するためにも同盟を結びたいところだけれど、僕たちが前王と血の繋がりのある前王統である以上——、いや、
僕たちが今置かれている現状、事の重大さを理解したのか、ヴェルは愕然とした。端正なその顔がみるみる悪くなっていく。
「じゃあ、ゼレスが睡眠を削ってまで仕事してたのは、その仕事が親父がやらかしたツケの尻拭いだったからなのかよ」
「そう。つまりは父——あの獰猛な闇の猫が残した爪痕のせいだね」
僕たちの父は
僕も弟も父の部族を受け継がなかったけど、猫じゃなくてよかったと心から思える。
「それにねヴェル、知ってるかい? 最近、ノーザンの南にエレーオルという
「あっ、それ新聞に出てたな。今、世界で
「なに言ってるんだよ。イージス帝国の隣にだってシャラール国があるだろ。あそこも
「けど、シャラールは一度、イージスに攻め入られてるだろ。今あるシャラールは今年できたばっかの新生国家じゃねえか」
「それは、そうなんだけどさ……」
いずれにしても、
「ヴェル、僕たちは
「ってことは、場合によってはウチに攻めてくるってことか?」
「そういう可能性はあるだろうね。たぶん、カミルやゼレスとしては他種族には無害な
おかしいと思ったんだ。別に仕事大好きなわけじゃないのに、ゼレスが血眼になって仕事してるなんて。
早く問題を片付けないと、カミルや僕たちの安全が危ぶまれるからだったんだ。
「うわあああ、マジかよ。コレどっから手ぇつけたらいいんだよー!? 親父の馬鹿野郎ぉぉぉぉぉ!」
ついにヴェルは頭を抱えて叫んでしまった。
もう死んでしまったひとに怒ったって届くはずはない。けど、怒りをぶつけたくなる気持ちはわかる。
正しく対処しないと、これノーザンが滅亡する危機だ。
あ、滅亡といえば。
「ただでさえ空大陸でイージスがシャラールを滅亡させたのはつい四年前だしねぇ。噂では最近、イージスで活動しているレジスタンスが復興させたらしいけど」
「よく復興させたよな」
「そうだよねぇ。強力な支援者でも味方につけたのかな」
とにかく今の時代、世界レベルで
「それにしても、どこから手をつけようかな。どれを優先したらいいのかわからないや。そういえば、ヴェルって政務の経験はあるの?」
「あるわけねえだろ。親父が俺にやらせるかよ。ノアはどうなんだよ」
「答えがわかってるなら聞かないでくれるかな。継がせる気がなかったのに、あいつが僕に政務を手伝わせるわけないだろ」
またしても、父がやらかしたことのツケが再び舞い込んできた。
最低暴君で部族主義だった父親は
たとえ父が僕を継がせる気はなくても、僕はいつでも政務に関われるよう勉学に励んできたし、剣の腕だって磨いてきた。けど、学んだことを実践する機会は与えられなかったから、経験は皆無に等しい。
仕事を一から教えてもらうにしても、今はその時間を割く余裕さえない。膨大な仕事量が文字通り山となって積み上がっているのだ。
ゼレスを眠らせてしまった手前、もう起こすことはできない。カミルだってしばらく眠っていないだろうし、一秒でも早く眠らせてあげたいのが本音だ。
僕は思っていた以上に、後先を考えていなかったのかもしれない。
カミルとゼレス、二人がせっかくノーザンのためにがんばってくれているのに、僕には手伝うだけの力さえないのか。ひどくもどかしい。
やっぱり父が生きている間に、一発殴っておけばよかった。
なにがなんでも抵抗して、無理やりにでも力づくにでも国の仕事をさせてもらえばよかったのに——。
「あーあ、どっかに俺達みたいな王族貴族で、政務の経験があるやつがそのへんにいねえかなー」
ずしんとした大きな鉛を抱えているような気持ちになっていたら、ふいにヴェルがこう言った。
長い両腕を頭の後ろで組み、天井を仰ぐ弟を見て、思わず吹き出してしまう。
「そんなの都合のいい人材、いるわけないじゃん」
肩をすくめてみせると、ヴェルは「だよなー」と乾いた笑みを浮かべる。
ほんとうは笑っている場合ではないのだが、もう笑うしかない。
ひとしきり笑ったあとは、ほぼ同時に二人でため息をついたりした。その時だった、扉をノックする音が聞こえたのは。
「ノア、ここにいたのか。ずいぶん探したぞ」
「ノクト!」
僕の姿を見ると、嬉しそうに微笑んでノクトは室内に入ってきた。
背は高くて細身な彼は、カミルと同じ
ノクト、正確な名前をノクトゥスという彼は大切な友人であり、僕の護衛についている専属の
普段通りゆったりとした歩調で歩いてくる彼が、今の僕には違って見えた。
後光をさしているわけでもなく、いつも通りの姿。その姿勢のいい立ち姿は、僕たちにとってもはや救世主に等しかった。
ノクトは大切な友人であり、僕専属の
「ここにいたじゃん! 僕たちみたいな王族が!!」
「は? 一体どうしたんだ、ノア」
「ねえ、ノクト。ひとつ聞いてもいいかな」
目を丸くするノクトに、僕は迫るように近づいた。
彼がうなずくよりも先にこう切り出したのだ。
「シャラール国にいた時、政務の仕事ってしたことある?」
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